48 真実4
その後は、カリストが馬車で家まで送ってくれることになったが、モニカの身体は思いのほか言うことを聞いてくれず。結局は馬車までカリストに運んでもらうという羞恥を味わった。
(今日が休日で良かったわ。それにもう日も暮れているし)
こんな姿を誰かに見られでもしたら、あらぬ噂を立てらねかねない。
「先生、お世話になりっぱなしで申し訳ございません……」
馬車の椅子に座らせてもらったモニカが謝ると、カリストは隣に腰を下ろしてから、モニカを支えるように抱き寄せながら微笑んだ。
「気にするな。三日くらいは安静に寝ていろよ」
「はい……」
(先生がすでに守護者みたいだわ……)
手取り足取り世話を焼いて大切に扱う姿は、ゲームの中の守護者そのものだ。
それにカリストは大人のせいか、動作がいちいち洗練されていているせいで、ついドキドキしてしまう。
同じ抱き寄せられる行為でも、マブダチのように扱ってくれるルカとはまた違う感覚だ。
「――ところで、こいつはどうするつもりだ?」
カリストは、目に前で浮遊していた火属性の精霊を、人差し指でぴんっと跳ね飛ばした。
「え~ん、女神さまぁ! 人間にいじめられたよぉ~!」
精霊は遠心力でくるくると回転しながら、器用にモニカの首元に隠れた。
(そういえば先生は、この精霊さんに不満があったみたいね?)
同族に裏切られて当然だと叱っていたが、どういう意味だったのだろうか。
「えっと……。こちらの精霊さんはずっと私のそばにいたのですよね?」
「モニカとそいつは今、契約状態にある」
「えっ! 私、契約した覚えはありませんわ……」
この精霊と最後に会ったのは、ルカがモニカに見せるためオーブで召喚した時だ。その後、カリストに「精霊の気配がある」と指摘されたので、この精霊は召喚された時からずっとモニカと一緒にいたようだ。
本来、精霊と契約するには決まった手順がある。あのオーブで召喚してから、お互いに合意を得られたら契約となる。ゲームでは何度もオーブを訪れて、精霊にお願いするのだ。
そもそもあの時に召喚を試みたのはルカなので、精霊との交渉権はルカにあった。百歩譲って精霊に触らせてもらったモニカも交渉権を得ていたとしても、契約する話など精霊とはしていない。
「こいつは、俺の祖先との間に交わされた盟約を破ったんだ」
カリストは盟約の内容をモニカに話して聞かせた。
・お互いの合意がなければ人間と精霊は契約できない。
・契約者同士はお互いに、度を越えた要求をしてはならない。
その他にも細々とあるようだが、その内容を人間側の代表としてカリストの祖先である勇者が、そして精霊側は四属性の精霊王たちが代表となり盟約が交わされた。
授業では、精霊と契約する際の注意事項として習う部分だ。
「女神さまは、女神だもんっ!」
反論するように、火属性の精霊が叫んだ。彼としては、女神であるモニカはその盟約の枠には入らないと主張したいようだ。
「だが、今のモニカは人間だ。もしあの場に俺が駆けつけていなければ、モニカはどうなっていたか……」
カリストは、モニカを抱いている手に力を込めた。
モニカは目覚めた時の彼の表情が、再び思い浮かぶ。カリストには本当に心配をかけてしまったようだ。
「おいらは、女神さまが喜ぶかと思って……」
モニカの肩の上では、精霊もしょんぼりと座り込んだ。
精霊に悪気が無かったことくらいは、モニカにもわかる。あの時のモニカは、神に祈るような気持ちで叫んだ。ずっとモニカに気づかれないようにしていた精霊が、あの時だけは助けようと姿を現したのだ。
「先生……。精霊さんはあの時、本当に緊急事態だから姿を現したんです。それまでは、私も気がつきませんでしたし」
妙に体力が減っていたのは精霊の影響な気はするが、これは秘密にしておいたほうが良さそうだ。
モニカは、肩の上にいる精霊を持ち上げて手のひらへと乗せた。
「お礼がまだでしたね。あの時はルカ様を助けてくださり、感謝申し上げます」
にこりと微笑みながらお礼を述べると、精霊はぱっと表情を明るくさせながら、モニカの手のひらから浮かび上がった。
「へへっ。これくらい、どうってことないもんねっ」
精霊は欲望に忠実ではあるが、意図して誰かを陥れるような種族ではない。困った状況になったとしても、それは精霊の善意であることがほとんどだという。
この精霊は欲望余ってモニカと契約状態にしたようだが、モニカが声を上げるまでずっと身を潜めていた。モニカの気持ちは尊重してくれる子ということだ。
「……モニカはその精霊を気に入ったようだな」
「はいっ。だめ……でしょか?」
何より、この精霊はルカの危機を救ってくれた恩人だ。感謝こそすれ、追い出すつもりは毛頭ない。
「順序は逆になったが、お互いに合意したなら俺が口を挟む余地はない。――それに、これからは俺の精霊が監視してくれるだろうしな」
「女神さまぁ~! あの人間こわいっ!」
「嫌なら、さっさとモニカの前から消えろ」
泣きつく精霊を指でよしよしなでながら、モニカは苦笑する。
この『監視』には、モニカも含まれているのだろう。精霊と一緒に無茶しないよう、これからは彼のチェックが入るようだ。
カリストがどれほど心配したかを考えると、これは受け入れるしかない。
モニカから言えるのは「お手柔らかに……」とお願いするくらいだ。
「ところで精霊さんのお名前は? 私は、モニカと申します。これからは女神ではなく、モニカと呼んでくださると嬉しいですわ」
気分を変えるように自己紹介すると、精霊は一瞬で気持ちが晴れたように、モニカの頬にぺたりとはりついた。
「わ~い! モニカ、モニカ! おいらは名前がないからモニカがつけて!」
(ふふ。人懐っこくて可愛いわ)
こんな精霊には可愛い名前をつけてあげたい。
(人懐っこくて、火属性といえば……)
モニカにとって、その二つで思い浮かぶのはひとつしかない。
「『ルー』はいかがでしょうか?」
「ルー! おいらがルー?」
「はい。今日からルーです」
「やった~! 名前ができた!」
名前がついて嬉しいのか、大はしゃぎルーはモニカの周りをくるくると回り始めた。
ひたすら可愛いルーがこれからはいつも一緒だと思うと、モニカまで嬉しくなる。
「モニカ、その名前……。あいつから取ったな?」
「きっ 気のせいでは?」
仕方ないではないか。オタクは推しを中心に世界がまわっているのだから。
「ならば、『カー』でも良くないか?」
なぜか、真剣な表情でカリストが提案してくる。その姿がおかしくて、モニカはくすくすと笑い出した。
なぜかカリストは、いつもルカに対抗したがる。
「カーは、風属性の精霊さんに相応しい名だと思います」
「やはりあいつから取ったんだな」
「そっ……それより、お二人にご相談したいことがあるのですが」





