47 真実3
「あの……先生。もしかして、その呪いを解く役目。私でもできるんじゃないですか?」
守護者になる必要がないならば、浄化魔法を使える者さえいれば可能のようだ。
ただ、さきほどの浄化魔法の魔法陣は完全形ではなかったので、聖女と同じく四属性の精霊を集める必要はある。
授業で出会った精霊たちの話によれば、モニカは属性に関係なく精霊と契約できるそうだ。つまり、かつての女神が四属性と契約したように、モニカもそれができるということになる。
「今の話を聞いていなかったのか? 寿命が縮むんだぞ」
(それは、そうなんだけど……)
寿命が惜しくないのかと言われたら、あればあるほど安心できるに決まっている。
けれどモニカの前世は、十七歳で幕を閉じた。寿命という言葉は本当に曖昧で不確かなものだ。
それよりも、いつ尽きるかもわからない寿命に怯えて、後悔はしたくない。
「私にとっては、それだけの価値があります」
カリストにも、この世界がどのような姿をしているのか目に焼き付けてほしい。色彩豊かで綺麗な景色もそうだが、日常の些細なことも。
女子学生の多くが、カリストに対してどのような表情で見惚れているか。それを知れば、自らを『オヤジ』などと表現はしないだろう。
それに、色気には自信があると冗談でモニカをからかっていた彼も、鏡に映った自分を見れば、行き過ぎた冗談であったと自覚するに違いない。冗談では済まされないほど、彼は魅力的なのだから。
モニカはずっと考えていた。
攻略対象の中でも上位の容姿であり、性格も明るく堂々としている彼が、なぜか攻略対象の中ではあまり人気がないことを。
それは初心者向けキャラであり、ガイドの役目があるので、保護者的で恋愛要素が薄いから。ゲームの設定ではそうだが、カリスト本人の人間性としてはどうだろう。
ヒロインに好意を寄せながらも保護者であろうとする姿は、教師という立場を貫こうとしているよりも、自信のなさの表れに見える。
保護者というポジションでいられたら、少なくともヒロインには必要とされるから。
そんな、カリストにとっては枷となっている呪いを、この世界の彼は外したいと希望すら持っていない。そんなの悲しすぎる。
「俺の大切な生徒が、俺より先に寿命を終えたら一生、悔むじゃないか。気持ちだけ受け取っておくよ」
カリストは優しいので、罪悪感を感じるようだ。そんな彼だからこそ、モニカは手を差し伸べたくなる。
「ですが。私はその……女神ですし」
「今度は自分で言うんだな」
くすりと笑われて、モニカは顔が赤くなる。やはり自分から名乗るには、恥ずかしすぎる名称だ。
「とっ……とにかく、聖女様より浄化能力に優れているかもしれませんし。先生もおっしゃいましたよね? 私のほうが崇高な雰囲気だと……」
聖女よりも浄化能力が高ければ、それだけ寿命が縮む心配も小さくなるはずだ。
しかしカリストは、暗い表情でうつむく。
「それでも俺は……。モニカにこの話をしたのは、呪いを解いてほしいからではない。女神にも守護者が必要だということを、伝えたかったからだ」
(私に守護者?)
先ほどの説明では、勇者が女神の守護者だったという。
カリストの呪いを解くために四属性の精霊と契約するつもりだったが、守護者は予定外だ。
カリストに手を握り直されて、モニカの心臓はとくとくと音を立て始める。
このシチュエーションには、既視感がある。かつて、画面越しに見た光景にそっくりだ。
「モニカ。俺を守護者にしてくれないか?」
彼の口から紡がれた言葉は、やはりモニカの想像どおり。
(先生が私の守護者に……?)
一番初めに浮かんだ言葉は『嬉しい』だった。
カリストは精霊を通して世界を見ているので、ゲームの設定に影響されることなくモニカを見てくれる。
『モブ』から『ルカの幼馴染』に昇格した際でも、カリストの態度がまったく変わらなかった。モニカがこれからどう変わろうとも、きっと彼は変わらずにいてくれる。けれど……。
「先生のお気持ちは嬉しいのですが、私はその……。女神として活動したいわけでは。聖女としてリアナちゃんがおられますし……」
モニカが守護者を得てしまうと、ゲーム内の設定がまた変わってしまうかもしれない。守護者を得る行為は、このゲームで最も重要な要素だから。下手をしたら、ヒロインが変わってしまうかもしれない。
「乗馬の際にも言ったが、モニカが誰かのために遠慮する必要はない。ましてや、聖女は女神の代理人だ。女神が再来したのだから、役目を引き渡すべきだろう?」
カリストの意見は、歴史的に見ても最もな考え。
ただ、ここは乙女ゲームの世界でもある。モニカが大好きな推しがいる世界。
「ですが私自身が、リアナちゃんが聖女として活躍する姿を楽しみにしていますし、ルカ様や殿下やロベルト様が守護者になる過程も見守りたくて……」
今やルカだけにとどまらず、リアナとその攻略対象全員に愛着がある。いつもモニカを巡って騒がしい人たちでもあるが、ハイキングを通して一段と結束力が高まったように思う。
これから彼らは精霊と契約して、正式にリアナの守護者となる。楽しい毎日が待っているというのに、モニカが女神として登場してしまったら皆はきっとがっかりする。
(あとで、浄化魔法の言い訳も考えないといけないわ……)
「ですから私は、陰からこっそりお手伝いしたいんです。先生お願いします! 私が女神だということは秘密にしてくださいっ」
こんなお願いを寝たままするのは申し訳ないが、起き上がるほどの力はまだ戻っていないので仕方ない。その代わりモニカは、カリストの手を自分のほうへと引き寄せ、神に願うように両手で包み込んだ。
その願いが通じたのか、カリストは諦めたような笑みを浮かべる。
「モニカは本当……、他人のためのわがままが多いな」
「……そうですか?」
「そうだ。ハイキングの誘いだって本当は、何か思惑があったんじゃないか?」
「ど…………どうでしょう?」
リアナとカリストを仲良くさせよう作戦はバレバレだったようだ。
「ならば、こうしよう。ひとまずモニカが女神であることは秘密にする。だがその力は、こっそり手伝うために使いたいのだろう?」
「はい……」
お願いも三度目ともなると、モニカのわがまま具合も手に取るようにわかるのだろうか。カリストは何か案を出してくれるようなので、モニカは素直にうなずいた。
「それを黙認する条件として、安定的に力を使えるよう、俺から指導を受けること。モニカが守護者を望まなくとも、これだけは譲らないからな」
(もしかして、先生の本当の目的はこれだったのかしら?)
守護者になるのはあくまで手段であり、カリストはモニカがまた同じ目に遭わないように気を遣ってくれているようだ。先ほど目覚めた時に見たカリストは、随分と後悔している様子だったから。
モニカとしても、力を使うたびにこのようになってしまうのは困る。力の扱い方を指導してもらえるのはありがたい。
それにモニカが力を自在に使えるようになれば、彼も安心して呪いを解く気になるかもしれない。
「私としてはありがたいですが、先生のご負担になってしまいませんか?」
これは刺繍とは違い、何か月も何年もお世話になるかもしれない。
「何の因果か、俺の家系は女神と縁があるようだ。モニカの世話を焼くことは、俺の宿命なのかもな」
モニカのお願いを拒否することは諦めたような口ぶりだが、その目は思いのほか優しいもので。
まるで、愛おしいものでも見ているかのように、モニカの目には映った。





