45 真実1
イサークは作戦が思わぬ事態で失敗したことに対して、徐々に怒りがこみ上げてくる。
当初の作戦では、ルカに致命傷を負わせ騎士として再起不能にしてから、聖女を助け、イサークこそが守護者に相応しいと聖女に認識させる予定だった。
しかし、なぜこのような事態になったのだろうか。浄化魔法でリザードマンを消し去ったのは聖女ではなく、確かルカの幼馴染であり、騎士団長補佐官の娘。
「イサーク様……。作戦は失敗しましたが、約束は守ってくださるんですよね?」
部下は、欲と焦りに満ちた醜い笑みで、イサークに訴えかけてくる。ろくな魔獣も召喚できなかったくせに、権利だけは得ようとは。
イサークは無能な部下に対してさらにいら立ちを覚えるが、いつものように人当たりの良い笑みを浮かべる。
「もちろんですよ。俺が騎士団長になった暁には、卿に副団長を任せるつもりです」
「ほっ、本当ですかっ!」
救われたように表情を明るくさせる部下に対して、イサークは笑みを納めた。
「ただし、卿の精霊が許したら、の話ですが」
「へ……」
部下が間抜けな声を上げた瞬間、彼の精霊が暴走を始める。部下は一瞬にして暴走の渦に飲み込まれた。
聖女の結界により守られているこの国へ魔獣を入り込ませるには、結界の穴を探すか、精霊の力を借りて召喚するしか方法がない。
この辺りに結界の穴はないので、先ほどは部下が魔獣を召喚した。
けれど、魔獣を召喚するなどという行為を、女神側の存在である精霊が許すはずもない。無理強いされた精霊が契約者に対して報復するのは、目に見えていることだった。
部下は、自分ならば完璧に精霊を御せると思っていたようだが。
「馬鹿なやつ」
そう呟いたイサークはその場を離れようとした。しかし、ずきりと心臓が痛み出す。
「おまえ……!」
どうやら部下の精霊の怒りは、契約者に対してだけでは収まらなかったようだ。心臓が焼けるように痛い。
「せっ……精霊! あの精霊の攻撃を防げ!」
イサークは自らの精霊にそう命令すると、急いでその場から逃げ去った。
モニカが目を覚ますと、既視感のある天井が目に入った。
ここはカリストの研究室。まるで、階段から落ちて前世の記憶を思い出した時のような状況だ。
(また、先生に助けられたみたいね……)
しかしその時と違うのは、カリストがモニカの手を握りながら心配そうに顔を覗き込んでいること。
モニカは嬉しくて、力なく微笑んだ。
「先生……、ありがとうございます」
「礼など言うな。気づいてやれなくて済まなかった……」
カリストはこの状況を悔いているように、握っているモニカの手を自らの額へと当てる。
「先生のせいでは……。私……その。秘密にしていたことがありまして……」
秘密というよりはモニカ自身、ずっと信じられずにいたことだ。けれど、先ほどの浄化魔法を見てしまったので、さすがに精霊の言葉を受け止めるほかない。
「状況から見るに、モニカはそそのかされたのではないか? ――そろそろ出てきたらどうだ。モニカの精霊」
カリストが空中を睨みつけると、そこにポンっと火属性の精霊が現れた。
「バレちゃった。えへへ」
「笑いごとではない。いつからモニカに寄生していた。俺の精霊の目をすり抜けていた理由も教えてもらおうか」
「引きこもり精霊には、言わないでってお願いしたの。おいらたち、仲間だからっ」
引きこもり精霊とは、カリストの精霊のことのようだ。カリストの目に住み着いているので引きこもり。確かにあのグレーの瞳は、落ち着いた色合いで居心地が良さそうだ。
モニカがそう思いながらカリストの目を見つめていると、カリストは大きくため息をついた。
「どうやら俺の精霊は、俺の味方ではないようだ。契約を解消するか?」
「引きこもりが、ここから出たくないって言ってる」
「ならば家賃だと思って、真面目に働くんだな」
「引きこもりが、これからは同族を裏切る所存って言ってる……おいら泣いちゃう」
「火属性の精霊、お前は裏切られて当然のことをしているのがわからないのか?」
カリストにしては、随分ときつい口調だ。
「あの……先生。こちらの精霊さんは、ルカ様を助けてくださったんです。それに精霊さんは、私がどのような存在か教えてくださったのに、私はそれを信じられなくて……」
モニカはこれまでの経緯をカリストに話して聞かせた。初めて精霊と出会った日に女神だと告げられたことから、先ほどの浄化魔法を使ったところまで。
思い返せば、精霊はいつも一方的で、どちらかと言えば自己中心的だった。人間が怒りたくなるのも理解できるが、彼らは人間とは違う。
本来は人間が従えることなどできないほどの、強大な力を持った存在。女神が精霊と契約したことで、今は人間と親しくしてくれているだけ。
人間の枠に当てはめて常識を押し付けて良い相手ではないことは、教師であるカリストならよく知っているはずだが……。
「モニカが、女神……」
「先生も信じられませんよね? 人間が女神の生まれ変わりだなんて」
この世界には魔法や精霊など不思議なもので溢れているが、それでも女神がこのような身近な場所にいるなどと誰が思うだろうか。
けれどカリストは、理解したように軽くうなずいた。
「いいや。これで納得できたよ。やはりモニカは、特別だったんだな」
「特別……ですか?」
「俺の精霊がずっとそう認識していたんだ。俺の精霊は呪いの対処に忙しくて直接は聞けずにいたが、モニカの話でやっと理解できた」
(呪いなんて、このゲームに出てきたかしら?)
はて? と考えているモニカへ、カリストは少し戸惑っているような視線を向ける。
「女神であるモニカには、話すべきだろうな……。俺の目と、この国の葬られた歴史について」





