44 いないはずのもの3
『も~! 時間停止魔法は負担が大きいんだから、気をつけてよねっ』
呑気な声色とともに、ぽんっとモニカの目の前に現れたのは、赤い色をまとった火属性の精霊だった。
その容姿には、見覚えがある。これで会うのは三度目になる、あの火属性の精霊だ。
「精霊さん……?」
「力がもったいないから、手短に話すよ。あれを倒すには、女神さまも浄化魔法を使うんだ!」
精霊が指さした先には、先ほどモニカが見た光景が。
しかし、それは静止画のように止まっている。
リザードマンに刺されそうになっているルカも。それを阻止しようと短剣を伸ばしているロベルトも。浄化魔法が解けて悲鳴を上げそうな顔のリアナも。
モニカと精霊以外の全ての時間が止まっているようだ。
(そういえばさっき、時間停止魔法とか言っていたような……)
理由は不明だが、精霊が魔法を使ったらしい。
とにかく今はまだ、ルカは無事のようだ。モニカは少しだけ安心するが、事態はまだ解決していない。時が止まっているということは、ここからの対応が重要になる。
「ですが私、浄化魔法なんて使えませんわ……。女神様ではありませんもの」
「いいから、いいから。ものは試しってね。女神さまもさっき、聖女にそう言ってたじゃない。早くしないと、時間停止魔法が切れちゃうよ?」
「えええっ!」
また適当な発言で遊ばれているのではという疑念が湧くが、それを追及している暇はないようだ。
「ほっ本当に、私に浄化魔法が使えるんですか?」
「はーやーく。はーやーく」
精霊は答えてくれもしない。ルカを助けるためには、精霊の言うとおりにするほか選択肢はないようだ。
モニカは半信半疑ながらも、手を組み合わせてお祈りを始める。
(お祈りの言葉は確か、礼拝で歌う讃美歌と同じだったわよね)
「ごー! よん! さん!」
カウントダウンまで始める精霊に追い詰められながら、モニカは心の中で賛美歌を歌い始める。人間その気になれば、めちゃくちゃ早口で歌えるものだ。
そのかいあってか、モニカの目の前には魔法陣が出現する。その魔法陣は、リアナが出現させたものよりも、少しだけ完成度が上がっているものだった。
モニカには守護者などいるはずがないのに、なぜ。
そんな疑問を感じる暇さえ、今は残っていない。
「にー! いち! はっしゃ~!」
「 浄化! 」
その少し前、迎えにきたブラウリオと一緒に、カリストは馬で山道を駆け下りていた。
「あの先に魔獣の気配がある。急ぐぞっ!」
「はいっ!」
カリストはそう伝えながら、辺りを精霊の目でくまなく見渡した。
この辺りに結界の穴ができたという報告は、受けていない。ならば魔獣の出現は、人為的におこなわれたことになる。
「二時の方向に二人いる」
「その者たちが……?」
「恐らくな。魔獣は俺が始末する。お前は、このまま突っ切って騎士を呼んでこい」
「承知しました、カリスト先生」
犯人を追いたいのはやまやまだが、今は先に魔獣を倒さなければモニカたちが危険だ。
カリストは、リザードマンが見えたと同時に馬から飛び降りる。そのまま風魔法で飛行しながら、リザードマンに魔法攻撃を仕掛けようとした。
しかしその直後、リザードマンの奥から聖なる光が溢れてきた。その眩い光に当てられて、徐々にリザードマンの気配が薄れていく。
守護者をまだ得ていない聖女が、これほどの力を持っていたとは。カリストはそう驚きつつもしかし、その浄化魔法を使った者がリアナではないことに気がつき、息をのむ。
「…………モニカが、なぜ」
自ら、モニカを特別だと認識していたカリストですら、この状況は信じられないものだった。
仮にモニカが聖女だったとしても、リアナのように聖女としての修行もしていない者が、このような力を使えることはあり得ない。
けれど、それを手助けした者がいる。
今ならわかる。モニカと契約状態にある火属性の精霊の気配。
燃え上がるようなその気配を、今までカリストにすら隠してきたとは。精霊とは、どこまでも侮れない存在だ。
リザードマンを完全に浄化して消し去ったモニカは、力尽きたようにその場に倒れ込んだ。
「モニカ!」
その場にいた全員がモニカに駆け寄る中、カリストが膝をついてモニカを抱き寄せた。
「この症状は……」
これは精霊と契約したものが、魔法に失敗した時に起こる症状に似ている。モニカは恐らく、一度も聖女としての力を使ったことが無かったのだろう。
今すぐにでも学園に戻って治療が必要だ。カリストは、モニカを抱き上げながら立ち上がった。
「先生! モニカは!」
「モニカちゃんは大丈夫!?」
「モニカ嬢がなぜ、浄化魔法を……」
ルカやリアナ、冷静なロベルトまでも困惑した表情でカリストを見つめている。当然の反応だが、今は話している暇はない。
カリストはモニカを抱えたまま、空中へと浮上を始めた。
「まずは治療が必要だ。俺はモニカを連れて学園へ戻る。――モニカの為にも、今のことは口外するな」
三人がうなずく姿を確認する暇もなく、カリストは学園へと向かって飛び去った。
時を同じくして、森の中に潜んでいたイサークとその部下は、モニカが放った浄化魔法を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしていた。
「イ……イサーク様……。聖女が二人いたなどとは聞いておりませんよ!」
「…………っ!」
イサークは作戦が思わぬ事態で失敗したことに対して、徐々に怒りがこみ上げてくる。





