43 いないはずのもの2
リアナと手を繫いで、お互いに頑張ろうと励まし合いながら行動が開始された。
ブラウリオが素早く森の奥へと入っていくのを見守ってから、ロベルトを先頭にリアナとモニカが山道へ入る。少し離れた後ろをルカが剣を構えながら着いてきた。
「どうやら、見つからずに山道へ入れたようですね」
しばらく歩いてからロベルトは、安心した様子でモニカたちに振り返った。
その様子を見たリアナも、緊張の糸が途切れたように笑みを浮かべる。
「もう……ほんとびっくりしちゃったよ。でも案外、簡単に逃げられて良かったね」
「はい。リザードマンはあまり頭が良くないので、食べている間に私たちのことは忘れてしまったのだと思いますわ」
「そーなんだ。モニカちゃんって物知り!」
「さすがモニカ嬢、博識ですね」
リアナとロベルトに褒められて、モニカはひやりと汗をかく。
(これは、三年生で習うんだったわ……)
うっかり、ゲームの情報共有に熱心なオタクの思考回路で話してしまった。属性無しのただの令嬢が魔獣に詳しいとは、不自然すぎやしないか。
「この前に読んだ本に、たまたま書いてあったもので……」
曖昧な笑みを浮かべていると、急に小鳥が一斉に空へと羽ばたいていった。
そして、徐々に聞こえてくる、地面を叩くような振動。
(まさか……)
モニカが胸騒ぎを感じた直後、後ろから「逃げろ!」とルカの叫び声が聞こえてきた。
後ろを振り返ると、リザードマンが走り寄って来るのがはっきりと目に映る。
(うそっ……。こんなに離れているのに?)
ゲームの仕様的には、あり得ないことだ。
しかしモニカが知っているリザードマンの知識は、ゲーム内のもの。この世界のリザードマンは、もしかしたら異なる部分があるのかもしれない。
そう考えている間にも、リザードマンとルカの剣がぶつかる。そして、ルカは大きく跳ね飛ばされた。
騎士団長とも張り合えるほどの腕前を持つルカだが、人間と魔獣では大きな差がある。その差がこれほどとは、モニカも想像していなかった。
「ルカ様っ!」
「ルカ!」
駆け寄ろうとしたモニカとリアナの前に立ちはだかったのは、ロベルトだ。彼は懐から護身用と思われる短剣を取り出した。
「お二人とも、下がってください」
ロベルトはそう言い残して、リザードマンに向けて走っていく。
「お待ちくださいっ!」
ルカの剣が通じないならば、ロベルトが攻撃しても結果は同じだ。
モニカは必死な声で彼を引き留めたが、ロベルトの走りは止まらない。
そして、素早い動きでリザードマンの懐へ入ると、彼は短剣を心臓に突き立てた。
「ロベルトすごい!」
リアナが歓声を上げたのも束の間。
硬い鱗に覆われた心臓を貫くことは叶わず。そしてロベルトは、リザードマンの鋭い爪で掻き切るように跳ね飛ばされた。
(やっぱり……)
「ロベルトが……。どうして……モニカちゃん……」
「ロベルト様はまだ、精霊を宿しておりませんから……」
「あっ……そうだった……」
この世界で魔物を倒せるのは、精霊と契約した者、または聖女の浄化魔法のみ。例え腕の良い剣士が魔物の首を跳ねたところで、精霊と契約していなければすぐに再生されてしまう。
これはすでに、授業で習った部分だ。
リザードマンは辺りを見回すと、リアナに目を留めてから、ニヤリと笑みを浮かべる。
(リザードマンは、リアナちゃんを追ってきたの……?)
魔獣は普通、聖女がまとっている聖なるオーラを嫌うもの。威嚇するならまだしも、魔獣が笑みを浮かべていることにモニカは寒気を感じた。
(もしかして、リアナちゃんが作ったバケットサンドを食べたからかしら……)
あれは効果がないと思っていたが、実はそうではなかったのかもしれない。
再び走り寄ってきたリザードマンに、リアナが悲鳴を上げる。
「させるかっ!」
その後ろから、再びルカがリザードマンの背中に向けて剣を振り下ろした。硬い鱗とこすれ合って嫌な音が響いた。
ルカとロベルトが交互に攻撃を仕掛け始めたが、鱗は硬いし、やっと傷をつけてもすぐに再生されてしまう。これではらちが明かない。
(こうなったらあとは、リアナちゃんに賭けるしか……)
リアナもまた、守護者を得ていない状態だが、戦っている二人よりはリザードマンに対抗することができる。
「リアナ嬢! 浄化魔法を!」
ロベルトも同じ考えに至ったようだ。けれどリアナは、震えながら首を横に振る。
「わ……私には無理よ。守護者もいないのに……あれを倒すなんて……」
「足止めするだけで構いません! その間にモニカ嬢が、麓にいる騎士を呼んできてください!」
今はそれしか方法がない。麓までたどり着けるか不安ではあるが、モニカは力ずよくうなずいた。
「モニカちゃん……行かないで……」
とうとう泣き出したリアナが、モニカに抱きついて引き止めようとする。恐怖と不安に加えて、責任まで圧し掛かってきたので、限界にきたようだ。
(初めてだもの。誰だって怖いわよね)
ゲームで馴染みがあるモニカですら、リアルの魔獣はやはり怖い。
モニカは安心させるように、リアナの背中をさする。
「リアナちゃんならきっとできますわ。浄化魔法を発動させるまでは、私も見届けますから」
「でも……私、自信がなくて……」
「失敗しても大丈夫です。何回か試しているうちに、殿下と先生が戻ってくるかもしれませんし。まずは試してみましょう」
「ブラウリオが……?」
ブラウリオがもうすぐ戻って来ることに希望が見えたのか、リアナは涙を腕で拭ってから、こくりとうなずいた。
「わがまま言ってごめんね……モニカちゃん。私やってみるから、もう少しだけ隣にいてね……」
「はい。リアナちゃんが成功するまで、ずっと隣におりますわ」
決心がついた様子のリアナは、お祈りに集中するために、手を胸の前で組み合わせて目を閉じた。
あれだけ怖がっていた彼女だが、お祈りを始めると急にヒロインらしく頼もしいオーラをまとい始める。
(さすがヒロインね。これなら浄化魔法も成功しそう)
「 浄化! 」
リアナがそうつぶやくと、彼女の目の前には魔法陣が現れる。そこから聖なる光が、リザードマンに向けて放出され始めた。
「グオオオオ……」
急に動きが鈍くなったリザードマン。守護者を得ている状態の浄化魔法のように身体ごと消え去ることはないが、少しは苦痛を感じているようだ。
「わあ! おめでとうございますリアナちゃん。成功ですわ!」
「これが浄化魔法……」
魔獣に向けて初めて使用したリアナは、自分の力に驚いているようだ。
「傷の治りが遅くなってんぞ。連続で仕掛ければ、倒せんじゃね?」
「さすがにそれは、厳しいかと」
ルカとロベルトにも話をする余裕が出てきたようだ。モニカは少しだけ安心してから、リアナに視線を戻す。
「モニカちゃん……、気をつけてね」
「はいっ。行ってきます!」
リアナの浄化魔法も、いずれは力の限界が来るはず。あとはモニカが、どれだけ迅速に騎士を連れて来られるかにかかっている。
転げ落ちてでもたどり着く気持ちで走り出したモニカだが、すぐにその走りは止まってしまった。
なぜならリザードマンが、耳を塞ぎたくなるほど大きな唸り声を上げたから。
驚いて振り返ったモニカの目に映ったのは、リザードマンの剣がルカの心臓へと向かう光景。
「止めてぇーーー!」
ルカがこの世から消えるなんて絶対に嫌だ。
モニカが悲鳴に似た叫びをあげた瞬間、心臓がドクンっと波打った。モニカはその衝撃で立っていられずに、胸を押さえながら膝から崩れ落ちる。
『も~! 時間停止魔法は負担が大きいんだから、気をつけてよねっ』
呑気な声色とともに、ぽんっとモニカの目の前に現れたのは、赤い色をまとった火属性の精霊だった。





