42 いないはずのもの1
カリストは時々、変な冗談を言う。さっきまでの素敵なアドバイスが台無しだ。モニカはくすくすと笑いながらも、不思議と気分が晴れたような気持ちになる。
カリストとの乗馬を終えて皆のところへと戻ってきたモニカは、すぐにカリストが指摘したことが本当だったのかもしれないと実感する。
皆は、モニカが乗馬へ出発した時のまま、椅子に座っておしゃべりを楽しんでいた。
てっきりモニカは、皆も遊びに出かけた後だと思っていたが、そうではなかったようだ。
「モニカちゃ~ん! おかえり~!」
モニカたちに気がついたリアナが、笑顔で手を振ってくる。
カリストはモニカを馬から下ろしながら、「ほらな」と囁いた。
「モニカちゃん! 次は何をしたい?」
「モニカがしたいことをしようぜ」
「僕たちに遠慮する必要はありませんから、先ほどみたいにおっしゃってください」
「今日はモニカ嬢が主役だからね」
モニカのもとへと集まってきたみんなは、口々にカリストの指摘を肯定するような発言をする。
(本当に今日は、私のために……?)
友達が待っていてくれることだけでも、モニカにとっては心が熱くなるほど嬉しいことだ。今までそういった経験をできずに来たから。
そんな皆が、自分のために集まってくれたというなら、今日くらいはゲームを忘れて楽しみたい。
「私――、次は皆様と一緒にゴンドラに乗りたいですっ」
こんな素敵な友達と一緒に、綺麗な景色の中に浮かぶことができたら、きっと夢みたいに幸せになれる気がする。
そうして、全員でゴンドラに乗る希望が叶ったモニカは、絶景を皆と一緒に楽しむことに。
水底まで見えそうなほど澄んだ水に囲まれ、皆の笑顔が輝く光景は、スチルよりも魅入ってしまうほど素敵だった。
その後は皆で釣りをして、初めて釣った魚をキャンプファイヤーで焼いて食べるという経験もしたり。
食後は周辺の散策がてら、カリストに薬草について教わったりして、充実した時間を過ごすことができた。
(あと、していないことは……)
ここにある全てを楽しむつもりのモニカは、ふとロベルトのテントが目に留まる。
(中には、ベッドがあるって言っていたわよね)
それを思い出した途端、モニカは急に身体の疲れを思い出して、眠気がやってきた。
「ロベルト様、テントで少し休ませていただきますね」
「どうぞ。中にあるものはご自由にお使いください」
「ゆっくり休んでねモニカちゃん」
「疲れが取れなかったら、帰りは俺が背負ってやるからなー」
「ふふ。ありがとうございます」
皆に見送られてテントへと入ったモニカは、満たされた気分でベッドの上へと寝ころんだ。
(はあ。楽しかったわ。本当に夢みたい……)
今日は、ゲームのどのエピソードよりもわくわくして、楽しさが尽きることがなかった。
ゲームのヒロインとしてプレイしている時とは、また違う感覚だった。
それはモニカの元に集まってくれた者たちが、モニカにとっては攻略対象ではなく友達だからだろうか。
恋の駆け引きをしなくて良い分、皆で純粋に楽しめた。
(はしゃぎすぎて、疲れてしまったわ。下山のためにも少し寝ておこう……)
それにしても、皆の体力がありすぎるのか、モニカの体力がなさすぎるのか。
今日は、他人との体力の差に大きな違いがあることに気がつかされた。
今まではモブだったので気がつかなかったのだろうかと疑問に思いながらも、モニカがうとうとし始めた頃――。
テントの外から突然、リアナの悲鳴が上がった。
「リアナちゃんっ?」
飛び起きたモニカが急いでテントの外へ出てみると、思いもよらぬ光景に、身体が凍りついたように動けなくなる。
(リザードマン…………!)
そこにいたのは、男性の二倍近くの大きさがあり、人のように二足歩行するトカゲの魔獣。
その魔獣が、テーブルの上に置いてあったルカの食べ残しのお弁当を食べていた。
赤い鱗は火属性である印。このラバ山自体が火属性の地ではあるが、今はまだ先代聖女の結界が残っている時期だ。魔獣など入り込まないはずなのに、なぜ……。
「モニカ裏へ回れ」
ルカが剣を構えながらモニカを庇うように、前へと出る。
モニカはうなずきながら、ルカと一緒に後退してテントの裏へと隠れた。
幸いリザードマンは、バケットサンドを食べるのに夢中で、こちらには気がついていない様子。
避難したテント裏には、カリスト以外の全員が身を潜めていた。
リアナは、初めて見る魔獣に恐怖しているのか、ブラウリオの後ろで震えている。
「リザードマンは食べ物に夢中のようだから、今のうちに下山しよう。ロベルトは、リアナとモニカ嬢を誘導して。ルカは、剣を持っているから殿を頼む」
「はい」
「おう」
ブラウリオは二人に指示を出しながら、リアナをロベルトへと預けた。リアナは不安そうにブラウリオを見つめる。
「ブラウリオは……?」
「俺はカリスト先生を探してくるよ」
「私も一緒に……」
今のリアナにとっては、ブラウリオが唯一の精神安定剤なのだろう。離れたくない様子で彼に手を伸ばすが、ブラウリオは珍しく首を横に振った。
「リアナに何かあったら、国民が心配するだろう? 今はそれぞれが最善を尽くそう」
いつもはリアナ至上主義のブラウリオだが、やはりこんな時は王子として頼りになる。
カリストはどうやら薬草を探しに行っているようだ。
モニカが休むまで遊びに付き合ってくれたために、カリストをこのようなタイミングで行かせてしまった。無事に戻れるよう、モニカは祈るような気持ちでブラウリオを見つめる。
「殿下、先生をよろしくお願いいたします」
「任せて。モニカ嬢も不安だろうけれど、リアナをよろしくね」
「はいっ」
モニカはゲームで何度も魔獣と対峙している分、リアナよりは冷静でいられる。このゲームのリザードマンは知能が高いわけでもない。このまま気がつかれずに下山できれば、きっと大丈夫なはずだ。
「モニカ、あんま無理すんなよ」
「大丈夫ですわ。先ほど少し休みましたし」
心配するルカに向けてモニカはにこりと微笑んで見せたが、正直なところ皆に合わせて急いで下山できる自信はない。
それでも今は、足手まといのならないよう頑張るしかない。
「いざとなったら、僕がモニカ嬢を背負いますので」
「だっ……大丈夫よ、モニカちゃん。私が支えるから安心して……」
ロベルトに加えて、震えているリアナまでもモニカの世話を焼こうとしている。
頼りなさ過ぎな自分に悲しくなってくるモニカだが、震えているリアナの活力剤にはなっているようだ。
リアナと手を繫いで、お互いに頑張ろうと励まし合いながら行動が開始された。





