41 ハイキング3
(まさか、食べてもらえないなんて。ルカ様の攻略、ゲームよりも難易度が上がっているわ……)
どちらにせよ、バケットサンド作戦はあまり効果を得られなかったようだ。残念ではあるが、攻略対象たちが用意してくれたサプライズがたくさんある。今日はまだまだ、これからだ。
そんな食事会が終わるころ、カリストが最初に席を立った。
「俺は薬草でも採ってくるよ」
「カリスト先生は一緒に遊ばないのですか……?」
カリストの言葉に真っ先に反応したのは、ブラウリオだった。彼を慕っているブラウリオとしては、一緒に遊びたかったようだ。
「悪いな。この辺りには貴重な薬草があるんだ」
「……そうでしたか。せっかくの機会を邪魔はできませんね」
「馬は好きなように使ってくれ。帰るころには戻るから皆、はしゃぎすぎるなよ」
(先生……)
ブラウリオの言うとおり、せっかくの機会は有効活用してほしいが、モニカは残念な気持ちがこみ上げて来る。
カリストが用意してくれた馬に乗ることを、楽しみにしていたから。
「ねえねえモニカちゃん、私たちはゴンドラに乗ろうよ」
「それじゃ、俺が船頭を務めるよ」
「モニカ、それより俺と釣りしようぜ」
「モニカ嬢はお疲れなのでは? テントの中にベッドをご用意してありますよ」
モニカのそんな気持ちをよそに、それぞれ次の予定を提案し始める。
(またこの展開……)
このあとどうなるかは、だいたい予想がつく。ルカとリアナが揉めて、ブラウリオがモニカへの不満を募らせ、ロベルトが打開策を提示することになるだろう。
そうなれば、リアナが目的の攻略対象と自由に親睦を深められないかもしれない。
リアナは、モニカがいるとそちらに気が散ってしまうようなことを言っていた。モニカという、本来はいないはずの女友達がいるために、リアナは守護者攻略に集中できなくなっている。
「あのっ……私」
「モニカちゃん、どれにする?」
「モニカが決めろよな」
リアナとルカが、にこにこと顔を覗き込んできた。
それにモニカはやはり、カリストが気になる。薬草も大切だが、今日はモニカを祝うために来たはず。そんなカリストと、思い出の一つも作れずに終わりたくない。
(どうしよう……。先生が行ってしまう前に早く決めなきゃ)
「わっ……私、先生と乗馬がしたいですっ!」
思い切って希望を述べると、皆ぽかんとした顔になる。いつも決められないモニカが大声で叫んだので驚いたようだ。
森へと向かいかけていたカリストも、同様に振り返った。
「モニカ。今日は、デートではないんだろう?」
「そっそうですよね……」
希望どおり、馬に乗せてもらったモニカは、カリストの腕の中で縮こまっていた。
初めて乗る馬は、思いのほか高くて不安定。しかもモニカはスカートなので、横乗りというさらに不安定な乗り方をしなければならなかった。
必然的にカリストと密着することになり、彼の体温がほんわか伝わってくる。しかもモニカは、落ちないか心配なのでカリストの服にしがみついていた。
(これ……。思ったよりデートだわ……)
さまざまな状況に配慮したつもりだったが、大失敗である。カリストが乗馬を提案しなかった時点で、気がつくべきだったのかもしれない。
先生の言うことはよく聞きましょう。モニカは初めて、この言葉を身に染みて実感した。
「俺は、モニカへの一位の祝いとして参加したんだ。別に気を遣う必要はないんだぞ?」
「先生と乗馬がしたいと思ったのは本当ですよ。――それに、このほうがリアナちゃんのためになるかと思いまして……」
「なぜ聖女が出て来るんだ。今日はモニカへのご褒美と言っていなかったか?」
表向きはそうだが、これは『ラバ山小旅行』というゲーム内イベント。すべてはリアナのために存在しているものだ。
「……今日は、リアナちゃんが守護者候補の方々と、より親密になっていただけたらと思いまして、私が行き先を決めたんです。ですから私は、邪魔にならないようにと」
「確かにあいつらは守護者の有力候補らしいが、今日に限って言えば、モニカのために集まったように見えたが」
「でも……。サプライズはリアナちゃんのためのもので……」
ほかの攻略対象のサプライズ内容はモニカは把握していないが、少なくともルカのサプライズはゲームと同じだった。
唯一、リアナとの小旅行だとは知らなかったカリストだけが、モニカへのサプライズを用意してくれた。
その点から見ても、やはりこのハイキングはリアナのためのものだ。
「そうか? さっきの会話を聞く限りでは、モニカのために思えたが」
「それはどういう……?」
「ブラウリオが皆のために船頭を務めるなんて、珍しいだろう?」
カリストはブラウリオの性格を熟知しているのか、思い出したように微笑む。
(確かに……、リアナちゃんが私をゴンドラに誘ったのに、殿下は不満そうではなかったわ)
それに、いつもはあまり話しかけてこないロベルトも、休んではどうかと気にかけてくれた。
リアナとルカも、言い争うことなくモニカの希望に耳を傾けようとしていた。
(私ったら、いつもの展開になると思って、皆のことをよく見ていなかったわ……)
ゲームを意識しすぎて、今日をゲーム内イベントだと思い込んでいたのはモニカ一人だけで、皆はちゃんとモニカの一位を祝うために集まってくれたというのか。ストーリーには関係のないモニカのために。
「聖女が早く守護者を得られるよう協力したいという気持ちは、貴族としても友人としても素晴らしいものだ。だが、聖女のためにモニカが遠慮する必要はないと思うぞ。友達なんだろう?」
(友達……)
リアナやルカとは友達だとは思っているが、何をするにも、ルカが守護者になれるか、リアナが無事にゲームをクリアできるか、が心配で自分との関係は二の次になっていた部分がある。
(そういったしがらみを気にすることなく、皆と接することができたらどんな気分かしら……)
リアナのように、素直に自分の希望を述べて、時には意見の合わない者と張り合ったりして。自分の思うままに気持ちを伝えられたら、皆ともっと仲良くなれるかもしれない。
「それにな」と、カリストは子供に言い聞かせるかのように、モニカの頭をなでながら話を続ける。
「あいつらは将来、国の要になる者たちばかりだ。今からなんでも言い合える仲になって、二つ三つ恩でも売っておけば将来、役に立つぞ」
「っもう。先生ったら」
カリストは時々、変な冗談を言う。さっきまでの素敵なアドバイスが台無しだ。モニカはくすくすと笑いながらも、不思議と気分が晴れたような気持ちになる。





