04 モニカの環境2
『お父さまは、ぼくのことが嫌いなんだ……』
厳しい特訓をそう捉えていたルカは、寂しさゆえに一人で泣いていたのだという。
熱心に構ってもらえるだけ、良いじゃないか。
忘れられがちなモニカは、その時そう思った。
けれど彼には彼の気持ちがあるので、押し付けは良くない。
モニカは、少しでも彼の気が紛れたらと思い、ルカにバケットサンドを分け与えた。
『これ、おいしいね』
『わたしが作ったのよ』
『おじょうさまなのに? キミもいじめられているの?』
『ちがうわ。みんな忘れっぽいだけなの。あなたのお父さまにも、理由があるかもしれないよ』
『うん……。そうだといいな……。キミのなまえは? また遊びにきてほしいな』
昔を思い出したモニカは、ついつい顔が緩んでしまう。最愛の推しの幼少期に出会っていたのだ。
やんちゃな彼も好きだし、大人びた彼もドキドキするが、幼少期の気弱で寂しがり屋なルカも愛おしい。さまざまな面がある推しは最高だ。
モニカは改めて推しの素晴らしさを確認しつつ、多めにバケットサンドを作った。
ルカはお腹が空いていなくても、必ずこのバケットサンドを食べたがる。お昼に差し入れたらきっと喜ぶはずだ。
美味しそうに食べるルカの顔を思い出しつつ、バスケットにバケットサンドを詰めたモニカは「あら……?」と首を傾げる。
(このお弁当、イメージアップアイテムに似ているわ……)
イメージアップアイテムとは、攻略対象の『信頼度』や『好感度』を上げるためのアイテムだ。
基本的には、ストーリーを進めることでその二つを上げることができるが、選択肢を間違えて得られなかった分の補充用だったり、ストーリー内でも渡すよう指示される場面がある。
(ルカ様にこれを差し上げて、ストーリーに影響しないかしら……)
ヒロインの邪魔をするつもりはない。モニカは心配になったが、すぐにゲームの仕様を思い出す。
イメージアップアイテムにはゲーム内アイテムと、課金アイテムの二種類が存在する。
課金アイテムはゲームを有利に進められる便利アイテムだが、ゲーム内アイテムはごく少量しか数値を上げられない。
信頼度や好感度を上げるためではなく、受け取った攻略対象の反応を見て楽しむ要素が高いのがゲーム内アイテムだ。
(このバケットサンドも、ゲーム内アイテムだから大丈夫よね)
朝食を終えて、邸宅の外へと出たモニカの目に留まったのは、馬車の準備を整えている御者の姿だった。
彼は最後の仕上げとばかりに、御者台の前に『貴族学園』と書かれた木札を下げる。
その様子をモニカに見られた初老の御者は、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「おはようございますお嬢様。いやぁ。歳は取りたくないもんですね」
彼は以前に一度、モニカを送迎していたことを忘れてしまい、出先から一人で帰ってしまったことがある。そのことが相当ショックだったようでそれ以来、忘れないようあのようにして木札に行き先を書いている。とても仕事熱心な御者だ。
(ごめんなさいっ。それはたぶん歳のせいではなくて、私がモブだからよ……)
「ごきげんよう。いつも安全に送り届けてくれて感謝しているわ。これからは毎日の送迎で大変だと思うけれど、よろしくお願いね」
「もったいないお言葉です……お嬢様。この老いぼれを見捨てず雇い続けてくださり、ありがとうございます」
潤んだ瞳で感謝され、モニカは良心が痛む。今日の放課後は、一緒に美味しいものでも食べに行こう。そう決意しつつ馬車へと乗り込んだ。
馬車に揺られながらモニカは、改めてゲームの設定を思い出していた。
この乙女ゲームは、四人の守護者からの『信頼度』を得つつ、その中から結婚相手となる恋愛対象一人の『好感度』も得なければならない。
恋愛対象ばかり攻略していると守護者を得られず、バッドエンドとなり。逆に守護者四人をずっと平等に扱っていても、恋愛対象の気持ちが離れてしまう。人間関係のバランスが難しいゲームだ。
(けれど前世の私は、たった一人だけに夢中だったのよね……)
それは、今のモニカにとっては幼馴染である、ルカ・フエゴだ。
騎士団長の息子として生まれた彼は、幼い頃から肉体的にも精神的にも厳しく育てられる。
その厳しさが苦痛となり少々擦れた性格となるが、ヒロインの優しさに触れることで考えを改め、守護者として彼女を守ろうと成長する。
やんちゃだったルカが包容力たっぷりのイケメンに変化する様に、前世のモニカはキュンとし夢中になった。
ゲームを一度クリアした後は、ルカとのエピソードばかり繰り返しプレイしていたほど。
そんな『推し』がいる世界へと転生したモニカは、実は生まれた瞬間から前世の記憶を維持していた。
大好きな推しと出会えるかもしれない幸運を手にしたというのに、モニカは歓迎パーティーの日までそのことを、忘れていたのだ。
モニカの存在を忘れがちなのは、周りの者だけではない。モニカ自身ですら自分のことを忘れてしまっていた。
それがゲームの強制力によるものであると、階段から落ちた時にモニカは理解せざるを得なかった。
(モブなのは残念だけれど、これからは毎日のようにルカ様にお会いできるのね。それだけでも幸せだわ)
モニカは割と、登場回数の多いモブだ。それはつまり、ストーリーを間近で見学できるということ。
ヒロインが誰を攻略するかはまだ分からないが、いざとなれば全力で推しを応援するつもりだ。
学園の門で馬車を降りたモニカは、門の奥にそびえ立つ校舎の時計塔を見上げた。
「わぁ! やっぱり、前世の記憶と同じだわ」