31 フエゴ公爵家の後継者1
「公爵の代理? 騎士団長の代理ではなくてですか?」
その言葉にイサークは爽やかな顔をこわばらせた。
「あっ……はい。騎士団長の代理で報告に……参りました」
「やはり。騎士団の制服を着用されているので、そうだと思いました」
ブラウリオはにこりと微笑んだ。
同じルカの父親から受けた用事でも、公爵の代理と、騎士団長の代理では意味合いが大きく変わる。それについて即座に見抜いたブラウリオに、モニカは羨望の眼差しを向けた。
(殿下がルカ様を守ってくださるなんて! もうそこまでの友情が芽生えているのかしら)
事実を見抜かれたイサークは、悔しそうな顔を隠すかのように、即座にブラウリオへ頭を下げた。
「誤解を招く発言をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「誰でも、言い間違うことはあります。けれどここは王宮ですので、誤解を招くような言い回しには気をつけてください」
「はい……。ご指摘に感謝申し上げます」
ブラウリオに許されて頭を上げたイサークは、それからまるで八つ当たりでもするかのように、ルカを睨みつけた。
「ルカ。最近は騎士団の訓練すら、サボるようになったじゃないか。遊びもほどほどにな」
その態度が不自然に思えて、モニカは首をかしげる。
彼は人当たりの良い性格を最大限に生かして、今までルカよりも優位に立ってきた。
ゲームでの騎士団長襲撃事件も、彼にとっては追い詰められておこなった行為ではなく、ルカに決定打を与えるためのもの。
イサークはずっと、ルカを手のひら上で転がすように楽しみながら、爵位を奪う準備をしてきたのだ。
彼の化けの皮が剥がれたのは、襲撃事件の真犯人として捕らえられた時。それまで彼はずっと、人当たりの良さを維持してきたのに。
(人前でこんな態度を取るなんて、どうしたのかしら……)
「うっせーな。定期試験の勉強で忙しいんだよ……」
ルカのその言葉に、イサークはさらに苛立たし気な顔になる。
そこでモニカは気がついた。イサークは焦っているのだと。
イサークがルカに対して、最も優位に立てることといえば知力。公爵家の後継者として最重要な部分だ。
そこをルカに補われてしまうと、剣術では勝てないイサークは形勢が一気に不利になってしまう。
だからあれほど、わかりやすい態度に出ているようだ。
「勉強会を開いているんです。後継者同士、将来的にも協力し合う仲なので」
ロベルトは淡々と、そう説明する。
彼にその気はないのだろうが、追い打ちをかけるような発言により、イサークは恥を掻いたように顔を赤くする。
(ロベルト様の発言って、的確すぎるのよね……)
彼は合理的な性格なので、的確な発言が多い。その代わり、周りへの配慮に欠けるというか、空気が読めていないというか。
これでは「イサークは後継者ではない」と言っているようなものだ。
けれどイサークも、ここで癇癪を起こすほど馬鹿ではない。取り繕うように笑みを浮かべる。
「そうでしたか……。素敵な友情ですね。それでは失礼いたします」
イサークが去った後。モニカはほっとしながらブラウリオとロベルトを交互に見つめた。
「お二人とも、ルカ様を守ってくださりありがとうございます!」
モニカがお礼を言うのも変な話だが、大切な推しを守ってくれた英雄たちには称賛せずにいられない。
「別にルカのためではないよ。あのような者をのさばらせておくと、貴族の秩序が乱れるからね」
「僕は勉強会の説明をしただけです」
二人らしい返答に、モニカは思わず笑みをこぼす。そうは言っても、ルカに興味がなければ口は挟まなかったはずだ。
「えっ? 今って、何が起きたの?」
貴族社会の事情に疎いリアナは、今の状況を理解できていなかったようだ。ロベルトが説明する。
「つまりリアマ男爵はルカ卿を差し置いて、自らがフエゴ公爵に認められた後継者だと、印象操作しようとしていました。それを殿下が見破ったのです」
「なんてひどい人なの! ブラウリオ、ルカを守ってくれてありがとう!」
「これくらい、大したことではないよ」
モニカの感謝は否定したブラウリオだが、リアナの感謝は素直に受け取るようだ。この落差も、ヒロインへの愛ゆえか。モニカはニヤニヤしながら二人を見つめる。
それからリアナは、ルカへと視線を向けた。
「ルカも、あんな人の言うことを気にしちゃだめよ」
ヒロインはしっかりと、ルカへの配慮も忘れていないようだ。
(ここは信頼度が上がる場面かもしれないわっ)
弱っている時にヒロインから元気づけられたら、きっとルカは心を動かされるはず。
けれどルカは、沈んだ様子で一人、歩き始めていた。
帰りはルカが送ってくれることになっていたので、モニカは彼と一緒に馬車へと乗り込んだ。
ルカは落ち込んだままのようで、車内はシンっと静まりかえっている。
(ルカ様、さっきのことがよほどショックだったのかしら……)
先ほどはイサークの印象操作だったとはいえ、フエゴ公爵家では常にイサークのほうが後継者として期待されている。
イサークの用事が騎士団長からのものだったとしても、ルカの父親がイサークを信頼していることに変わりはないからだ。
(ルカ様を慰めて差し上げたいけれど……)
この問題は、今のルカにとっては人生で最大の悩みであり、簡単には解決できないもの。
下手な気休めの言葉をかけたところで、ルカの心が楽になるとは思えない。
このような時、乙女ゲームなら気の利いた選択肢を選べるけれど、モニカは脇役。都合よく良い言葉をひらめいたりはできないようだ。
せめてゲームにこのシーンがあれば良かったのに。
モニカが悩んでいると、ルカが思いつめた様子でモニカの顔を覗き込んできた。
「……モニカ。甘えられんの好き?」
(……へ?)





