30 勉強会2
(ルカ様……、『男のプライド』どうしたんですか!)
女の子に教えてもらうのは恥と考えているはずのルカが、なぜこのような行動に出ているのか。
急な推しの心境の変化についていけず、モニカはペンを走らせる手を完全に止めて固まっていた。
(でも……、これは良い変化よね)
もしかしたらルカは、このメンバーになら恥を晒しても良いと思えるほど、気を許せるようになったのかもしれない。
それならばきっと、モニカの計画も実行できる。ちょうどルカが勉強しているのは、女神と精霊の授業の歴史部分。
「女神と精霊の授業でしたら、リアナちゃんが一番お詳しいですわ。一緒に教えていただきましょう」
貴族の勉強についていけていないリアナだが、彼女が唯一得意としているのが女神と精霊の授業だ。これだけは、神殿で毎日のように教典を読まされているので、ここにいる誰よりも詳しい。
名前を呼ばれたリアナは、向かいの席からモニカたちに顔を向けた。
「あっ、うん。それなら教えられるわよ?」
リアナはこころよく引き受けてくれるようだ。
(やったわ。これで、ルカ様の信頼度が上がるはずよ)
優しく教えるリアナを見れば、きっとルカはさらなる信頼を感じるはず。
そう、モニカが喜んだのも束の間。
モニカがペンを持っているほうの腕に、ルカがぺたんっと頬を乗せてきた。
「あっちの席に移動するのめんどい。モニカが教えて」
そして上目遣いにモニカを見るその姿はまるで、飼い主に甘える犬のようではないか。
(ルカ様、それは反則的な可愛さですっ……!)
頭をよしよしなでたい。勉強を頑張ってえらいと褒めてあげたい。
そんな衝動に駆られていると、リアナが小さくクスッと笑った。
「ルカはモニカちゃんがいいみたい。よろしくねっ」
そう述べたリアナは、意味ありげにモニカへウインクする。
(えっ……。そのウインク、どういう意味ですか……!)
リアナは何かに配慮したようだが、彼女へ配慮したいのはモニカのほうだ。
(せっかくルカ様の信頼度を上げるチャンスなのに。気がついてくださいリアナちゃん……!)
モニカは必死に目で訴えてみたが、それに反応したのはリアナではなくブラウリオだった。
「たまには俺も、リアナに教えてもらおうかな」
「うん、もちろんっ!」
嬉しそうに頬を紅潮させるリアナと、勝ち誇ったようにモニカへ流し目を送るブラウリオ。またしてもモニカの推し活は、ブラウリオに邪魔されたようだ。
モニカは悔しく思いながら、二人を見つめる。
「モニカ、教えてくんねーの?」
ルカはしびれを切らしたのか、少し不満そうな顔でモニカの服をひっぱりながら注意を引く。幼い態度だがそんな姿すら可愛くて、モニカの悔しさはすぐに溶けていった。
「はい……教えて差し上げますぅ」
推し活は失敗したけれど、ルカに勉強を教えられて嬉しい。矛盾した気持ちと戦いならモニカは勉強会を続けた。
――その帰り。
馬車乗り場へ向かうために、モニカたちは王宮の回廊を歩いていた。
「今日も勉強、頑張ったよね。次の定期試験は私たちが上位を独占しちゃうかも!」
リアナは毎日の勉強に手ごたえを感じているのか、試験に自信があるようだ。
「そうだね。もちろん一位は俺がいただくけど」
「殿下には負けませんよ。僕には日頃の地道な積み重ねがありますので」
「試験までにはお前らなんて、軽く追い抜いてやるよ」
「ふふ。私も頑張ります」
自信があるのはリアナだけではない。この場にいる五人とも感じていることだ。
実際ルカも、初めの頃よりは格段に教科書の内容を理解できるようになっている。
攻略対象なだけあり、彼もそれなりにハイスペック。やる気さえあれば、他の攻略対象に負けない成績を納められるはずだ。
(もしルカ様の成績が良かったら、私からもお祝いを用意しようかしら)
カリストからも、ご褒美を用意すると効果的だとアドバイスをもらっている。もしルカが一位になれなかったとしても、良い成績だったことをお祝いすれば、次のやる気に繋がるかもしれない。
何が良いだろうと考えながら歩いていると、向かい側から誰かが近づいてきた。
その人物は、フエゴ騎士団の制服を身にまとっている。
(あれは……!)
相手の顔を確認したモニカに緊張が走る。
彼は、『騎士団長襲撃事件』の犯人になる予定の人物。
『ルカの従兄』イサーク・リアマ男爵だ。
モニカにとっては目下、警戒しなければならない相手。
イサークは五人の前まで来ると、ブラウリオに向けて挨拶した。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
彼は人当たりが良い性格。ブラウリオとも気軽に挨拶を交わせる間柄のようだ。
「久しぶりですね、リアマ男爵。王宮に用事ですか?」
「はい。フエゴ公爵の代理で、所用を済ませに参りました」
イサークはただのお使いのような雰囲気でそう述べたが、その場を凍りつかせるには十分な言葉だった。
公爵の代理とは、子どものお使いのように誰にでも頼めるものではない。本来は妻か、息子、娘にしか頼まないような大切な役割だ。
そんな大役を甥に任せるとなると、後継者問題に関わってくる。それをルカの前で堂々と伝えるとは……。
(ルカ様……)
心配になったモニカはちらりとルカに視線を向ける。彼はやはり悔しそうな顔をしていた。
推しにこんな顔をさせるなんて、イサークが許せない。
モニカは何か一言、言い返してやりたくなったが、その前に口を開いたのはブラウリオだった。
「公爵の代理? 騎士団長の代理ではなくてですか?」
その言葉にイサークは、爽やかな顔をこわばらせた。





