23 火属性のオーブ2
ブラウリオにしてやられた気がする。彼は日頃から、ルカとリアナが仲良くならないよう間に入っていた。それをモニカは見てきたし、それがゲームでの彼の性格でもある。
今朝の彼の態度を見たのだから、もっと慎重に作戦を練るべきだったのだ。
ゲームのミッションだから、確実に進められる。そんな考えは甘すぎたようだ。
「ルカ様っ。やっぱりリアナちゃんと一緒に探しませんか? 二人だけでは……」
今からでも軌道修正したい。そんな思いで提案すると、ルカは不機嫌な表情でモニカに振り返った。
「俺と二人は嫌なのかよ」
「あの……。そういうわけでは……」
推しと二人きりで、手まで繋いでもらえている。自分の気持ちだけを考えれば、非常に嬉しい状況だ。
ただ、せっかくのリアナのミッションが、失敗に終わるのが残念なだけ。
そんなモニカの気持ちなど知らないルカは、やんちゃな笑みを浮かべる。
「ならいいじゃねーか。あいつらより先に見つけて、驚かそうぜ」
(うーん……。もしかしてそれでも良いのかしら?)
モニカはゲームの設定を思い出す。
ゲーム上のこのミッションは、迷路のようになっている森から時間内に目的のオーブを探すというもの。
探す過程は、ただの迷路ゲームだ。
大切なのは、オーブを見つけてから。その場面さえ、二人が居合わせればミッション自体はクリアできそうな気がする。
ルカは幼馴染と探検がしたいようだし、ブラウリオも今は警戒心が強い。下手にルカとリアナをくっつけようとするより、別々のほうが人間関係のバランスを崩さずに済みそうだ。
ルカを守護者にすることも大切だけれど、リアナはブラウリオが好きだ。友達の恋を応援したいモニカとしては、下手にブラウリオの好感度が下がるようなこともしたくない。
結局、ルカの提案に乗ったモニカは、二人で森の中を散策し始めた。
「ルカ様、あちらにオーブがありますわ!」
「すげー。これで三つ目だぜ。モニカ見つけんのうまいな」
モニカがオーブの場所を指さすと、ルカは感心したようにモニカを見つめる。
「えへへ……。それほどでも」
なにせ、モニカはオーブの位置を把握している。他のオーブはどの属性だったか曖昧だが、火属性だけはしっかりと覚えている。
この森はゲームほど迷路っぽくはないが、大体の雰囲気と方角さえ合っていれば意外と簡単に見つけられた。
ただ、最短距離で火属性のオーブへ向かうと怪しすぎるので、先ほどからフェイクでハズレのオーブも見つけている。
「今度こそ、火属性を当ててやるぜ」
(はい。それ、火属性です)
ルカは気合を入れてオーブに触れる。するとオーブは、真っ赤に色が変化した。
「わ~! 火属性ですよ、やっと見つけましたね」
「よっしゃ!」
握りこぶしを作って喜んでいる推しが、可愛すぎる。
彼が火属性を発現させた時は、モニカが一方的に喜びを分かちあっていたが、今日は一緒に喜びを共有できる。幼馴染役は本当に最高だ。
「それでは、リアナちゃんたちを呼びに――」
モニカが歩き出そうとすると、ルカは今からイタズラでもするかのような笑みを浮かべる。
「待てモニカ。いいもの見せてやるよ」
「えっ?」
ルカがもう一度オーブに触れると今度は、オーブの周りにつむじ風が起こり始める。
(これは…………!)
風が起こるのは、魔力をオーブに込めている証拠。
その結果、何か起こるか察したモニカは、慌ててルカのもとへ駆け戻った。
これが成功すると、火属性の精霊が召喚される。
つまり今回のミッションにおいて、迷路ゲームクリア後の大切な部分。精霊を召喚することができればミッションクリアだ。
「ルカ様っ、だ――」
モニカが止めようとした直後。つむじ風は飛散するように消え、それと同時に、オーブの上へぴょこっと精霊が出現した。
(ああ……。遅かったわ……)
まさか推しに、推し活を阻止されるとは……。モニカは泣きそうな気分で召喚された精霊を見つめる。
「精霊さん……、可愛いです……」
「だろ? 手、出してみ」
ルカは精霊をすくい上げると、モニカの手のひらへと乗せる。
召喚する際のルカの口ぶりだと、これを見せたくてわざわざ召喚してくれたようだ。
「精霊に触れられるなんて、思ってもみなかったです」
「さっき言ったじゃねーか。一番に見せてやるって」
確かにモニカが属性無しだとわかった際に、ルカはそのようなことを言ってくれた。
それがまさか、こんなに早く叶うとは。
「もしかして、そのために連れてきてくださったのですか?」
「まあな。俺の精霊にするには、まだ時間がかかるからさ」
先に、モニカとリアナを引き離そうと提案したのはブラウリオだった。その時は面倒なので受け入れるつもりはなかったルカだったが、モニカに精霊を見せる約束をしてから気が変わった。っというのは、モニカの知らない事情だ。
彼はこれから、精霊と契約できるまで何度もここを訪れることになる。ゲームではだいたい、二年生になってから。
一年以上も待たせることなく、ルカはこうして約束を果たしてくれた。優しい推しがやはりモニカは大好きだ。
「ありがとうございます、ルカ様」
推しの好意に甘えてモニカは、精霊をぷにぷにと触れて楽しんでみた。人懐っこい精霊のようで、触れられるたびに嬉しそうに指にまとわりついてくるのが、この上なく可愛い。
けれどモニカは、ふと指を止める。
(あれ……? この火属性の精霊さん、あの時の子じゃ……?)
精霊にどの程度、個体差があるのかはよくわからないが、モニカが見た精霊もこのような見た目だった気がする。
疑わしく思いながらじっと見つめると、精霊は慌てたようにモニカの手から、すーっと消え去った。
「あっ。消えちゃった」
「おかしいな。ブラウリオたちが召喚した時は、こんなんじゃなかったけど」
ルカは不思議そうにモニカの手を見つめる。けれどモニカにはわかる。あの精霊は逃げたのだ。あれから姿を見せていなかった彼らなので、気まずさでも感じたのだろうか。
「モニカの存在感が薄いせいじゃねー?」
「もうっ、ルカ様!」
「冗談だよ。もっかい召喚するから、あいつらも連れてこよーぜ」
「ふふ。次は消えない精霊さんをお願いしますね」
――モニカとルカが去って行く後ろ姿を、水属性の精霊、土属性の精霊、風属性の精霊が木の陰から覗いていた。
彼らは非常に怒っている。
「火属性だけずるい!」
「うらやましすぎる!」
「嫉妬で病みそう!」





