21 それぞれの手紙2
モニカが振り返ったと同時に駆け寄ってきたリアナが、モニカの腕に抱きついた。
「モニカちゃんおはよう!」
「おはようございます、リアナ様」
「ねぇねぇ、聞いて。モニカちゃんがくれたレターセットで手紙を書いてみたら、ブラウリオがすごく喜んでくれたの」
リアナは周りに聞こえないようにひそひそと報告してくるが、先ほどの光景ですでに周りにはバレバレだ。
しかしそんな姿すら可愛く思えるのは、やはりヒロインの能力だろうか。
「モニカちゃんのおかげだよ。ありがとう!」
「少しでもお役に立てられたのでしたら、嬉しいですわ」
あの時は、『少しくらい』という気持ちで手伝ったが、こんなに喜んでもらえるならルカの攻略以外にももっと手伝いたくなる。
「それでね。昨日は言いそびれちゃったんだけど……」
リアナはもじもじと、頬を紅潮させた。
(ん……? 私、告白でもされるのかしら?)
そのような雰囲気が漂っており緊張していると、リアナは期待を込めた眼差しをモニカに向けてくる。
「良ければ、私とお友達になってほしいの。貴族のお嬢様にこんなこと言うのは失礼……かな?」
(同性のお友達……?)
それはモニカがずっとほしくても、得られなかった存在だ。
これまで、同世代の令嬢たちとの交流がまったくなかったわけではないが、体質のせいで顔と名前を憶えてもらうことすら一苦労。
その場では仲良くなれたと感じても、次の機会に会うと相手は覚えておらず、「初めまして」からやり直さなければならなかった。
「……嬉しいですわ。私もリアナ様とお友達になりたいです」
「ありがとうモニカちゃん! これからは気軽にリアナって呼んでね」
敬称を付けずに呼び合うことも、モニカにとっては憧れだった。
「リアナ……ちゃん」
ドキドキしながら、初めての友達を呼んだ瞬間。
やたらと寒々しい視線がモニカに突き刺さった。
「へえ……。二人は、なかよしなんだね」
凍えそうな視線の主は、ブラウリオだった。
(あら……? そういえば先ほどまでリアナちゃんは、殿下と話していたのよね)
リアナはブラウリオを放って、モニカのところへ駆け寄ってきたのだ。その事実に気が付いたモニカは、途端に冷や汗を掻き始める。
「えへへ。モニカちゃんとお友達になったところなの」
そんなモニカの危機感をまったく感じ取っていないリアナは、さらにモニカに密着してくる。
(リアナちゃん……!)
モニカは知っている。
王太子ブラウリオは、このゲームの攻略対象たちの中で一番、嫉妬深いキャラであることを。
それは同性が相手であっても関係ない。彼はヒロインを取り巻くありとあらゆるものに対して嫉妬する。
ブラウリオを恋愛対象にした際にバッドエンドになる原因は、ほとんどが彼の嫉妬深さによるものだ。
「……そうなんだ。リアナは同性の友達を欲しがっていたんだよ。俺からもよろしくお願いするね。ルカの幼馴染嬢」
ブラウリオの表情は、口は微笑んでいるのに、目はまったく笑っていない。
(どうしよう……。殿下を敵に回してしまったかも……)
ルカを探したいから、と理由をつけたモニカは、逃げるようにして教室へと向かった。
(はあ……。リアナちゃんと友達でいるためには、ブラウリオ殿下の警戒心も解かなければいけないわ)
一番の目的はルカを守護者にすることなのに、どんどんと状況が複雑になっている気がする。
けれど初めてできた同性の友達を、諦めることもしたくない。
ため息をつきながら教室へと入ったモニカだが、教室の中の光景を目にして憂鬱な気持ちが一気に吹き飛んだ気分で微笑んだ。
モニカの目に映ったのは、眠そうにあくびをしているルカの姿。
彼はモニカに気がつくと、「よう。モニカ」と軽く手をあげた。
「わあ……! ルカ様おはようございます。今日は来てくださったのですね」
「まあな。昨日は手紙あんがとな」
それからルカは、得意げな表情でノートをモニカへと差し出す。なんだろうと思いながらノートを開いたモニカは、目を丸くして驚く。
「ルカ様すごいです……! 宿題が完璧ですわ!」
「すげーだろ。俺、数学は得意なほうなんだ」
「わぁ……そうなんですね」
(今まではずっと私が、答えを見せていたのに? 急にどうしちゃったのかしら……)
「あっ。ルカおはよう! モニカちゃんどうかしたの?」
後から教室へと入ってきたリアナとブラウリオ。リアナは好奇心いっぱいな表情で、モニカが見ているノートを覗き込んできた。
「あのっ……。ルカ様の宿題が完璧だったもので驚いてしまって」
「ふふ。モニカちゃんの気持ちわかるわ。ルカってこんな見た目なのに、意外と勉強ができるのよね」
「こんな、言うな」
ルカは、鬱陶しそうにリアナを睨みつける。
(えっ……ルカ様が、勉強ができる……?)
「そうそう。授業でも、間違えたことがないしね。俺もがんばらなければ、定期試験でルカに負けてしまうかもしれないよ」
ブラウリオも、少し悔しそうな笑みを浮かべた。
(待って待って。ルカ様の答えは、私がいつも用意しているのですが?)
しかし、モニカが苦労して、授業中にルカの世話をやいていることなど、誰も知るはずがない。
(もしかして、ルカ様への期待値を上げてしまったのかしら……)
もしこれで定期試験の結果が悪ければ、公爵家だけではなくクラスメイトにもがっかりされる。
良かれと思ってしていた世話が、逆効果になってしまいそうだ。
(けれどルカ様って、実は本当に勉強ができるのかしら……?)
この完璧な宿題をみると、そんな希望すら湧いてくる。モニカの世話など、本当は必要なかったのではないかと。
「あっ。予鈴が鳴ったわ。授業の準備をしなきゃ」
リアナは慌てカバンを机に置くと、教科書を持って再びモニカのもとへと戻ってきた。
「今日の一限目は、女神と精霊の授業で野外なの。良かったらモニカちゃんも、私たちのグループに入らない?」
「わあ……嬉しいです!」
女神と精霊の授業は、基本的にグループに分かれて活動する。
リアナのグループメンバーは、リアナ、ブラウリオ、ロベルト、ルカの四名。
モニカは今まで、ルカの後ろをストーカーのごとくこっそりとついて歩いていたが、今日からは堂々と一緒に授業を受けられるようだ。





