20 それぞれの手紙1
――フエゴ公爵家。騎士団訓練場。
今日のルカは朝からずっと訓練場にて、ほかの騎士たちと一緒に訓練を受けていた。
本来なら、今日は学園へ登校する日。授業を受けずに帰ってきたことが丸わかりなこの状況を、騎士たちは冷ややかな視線で見つめていた。
「いくら剣術に長けていたとしても、あれじゃあな……」
「ろくに勉強もしないんじゃ、公爵の爵位は継がせてもらえないぜ」
「この先、公爵家はどうなるんだろうな?」
「やっぱ、公爵の甥のイサーク様に継がせるんじゃないか」
ルカの従兄に当たるイサークは去年、貴族学園を首席で卒業した。公爵家を継ぐには十分な頭脳を持ち合わせており、剣術はルカには劣るが人を導くのが上手い。
問題児のルカと比べるとなおさら、イサークは後継者に相応しい人物として目されていた。
そんな噂話を騎士たちがしていると、訓練場に執事が入ってきた。彼はまっすぐに、ルカの元へと向かう。
「ルカお坊ちゃま。ご学友の方が、今しがた公爵家をご訪問されまして、お手紙をお預かりしました」
差し出された手紙を見たルカは、嫌そうにそれを睨みつける。ピンクに花柄の可愛らしい封筒。どう見ても女性からの手紙だ。
しょっちゅう見知らぬ女性からラブレターが送られて来るルカは、いつもうんざりしていた。公爵家の嫡男が未だに婚約者を決めていない。掘り出し物の物件とでも思われているのだろう。
捨てろ、と執事に言いかけたルカだが、差出人の名前を見ると目の色を変える。奪い取るようにして、執事から手紙を受け取った。
そこに書かれていた名前はモニカ。唯一、心を許している幼馴染からの手紙だ。
『ルカ様へ
今日から一緒に授業を受けられると思い楽しみにしていましたが、ルカ様が早退してしまいとても残念でした。
明日は登校してくださると嬉しいです。
授業を受けるルカ様の姿はきっと素敵なことでしょう。そのお姿を見られる日を楽しみにしております。
明日からはまた、私がお弁当を作りますので、お昼をご一緒できたら幸いです。
今日の宿題の範囲は――』
手紙を読み終えたルカは、ただならぬ剣幕で執事の胸ぐらを掴んだ。
その姿を目にした騎士たちはやはり、ルカに失望する。
気に入らないことがあればすぐに暴力で片付けようとする彼の姿は、公爵家の騎士に相応しくない。
冷え切った視線を浴びながら、ルカは静かに口を開いた。
「お前、数学は得意か?」
「はっ……はい。仕事柄、計算は得意でございます!」
執事は、泣きそうな声を上げる。
その手紙には一体、何が書かれていたのだろうか。何かの書類で計算ミスでも見つかったのか。しかしその苦情がルカに行くとは思えず混乱する。
「宿題をしたいから、教えろ」
「えっ………………宿題?」
拍子抜けする執事。
同時に、騎士たちは驚きに沸いた。
「ルカ様が宿題をなさるって……?」
「なんてことだっ。あのルカ様が自ら勉強をする日が来るなんて!」
「皆、厳戒態勢に入るぞ! 何かが起こる前兆かもしれない!」
「いや、むしろ、団長にご報告だ!」
騎士たちが慌ただしく動き出すなか、イサークが訓練場へと入ってきた。
「何事ですか?」
慌てて訓練場を出て行こうとする騎士を呼び止めたイサークはそう尋ねる。
すると騎士は、上気した様子で笑顔を向けてきた。
「ルカ様が自ら、宿題をする気になったようなんです! 団長にそのことをご報告に行くところです! もしかしたら、ひょっとするかもしれませんよ!」
「そうですか。慌てると怪我しますので、落ち着いて行ってきてください」
「はいっ。失礼いたします!」
ルカが宿題をすると宣言しただけで、これだけの大騒ぎになるとは。
少なくとも今の騎士は、ルカが後継者としての自覚を持ち始めたと期待している様子だった。
イサークが首席で卒業しても、周りから当たり前のように思われていたのに。ルカは宿題をするだけで称賛を浴びる。
いつもそうだ。ルカの何倍も努力しているのに、ちょっとしたことですぐに天秤はルカに傾く。
イサークは納得できない気持ちで、拳を握りしめた。
翌日。学園の前で馬車を降りたモニカは、リアナとブラウリオの姿を見つけた。
ブラウリオの手には、ピンクの手紙。どうやらリアナは、昨日のレターセットをすぐに使ってみたようだ。
お互いに頬を赤く染め合う二人。あの手紙がラブレターであることは、事情を知っているモニカでなくとも一目瞭然だった。
(ふふ。喜んでもらえたようで良かったわ)
朝から良い光景を見られて気分よく校舎へと向かって歩き出したが、後ろから「モニカちゃ~ん!」と叫ぶ声が聞こえてくる。
(リアナ様?)
モニカが振り返ったと同時に駆け寄ってきたリアナが、モニカの腕に抱きついた。
「モニカちゃんおはよう!」





