02 与えられた役2
『聖女と四人の守護者』という名のその乙女ゲームは、聖女リアナが主人公。歓迎パーティーにて、王太子からダンスを誘われていたあの子だ。
リアナは聖女の力が発現したことで、平民でありながらも貴族学園への入学を許された。
そこで十数人はいるであろう攻略対象たちと出会い、自分の守護者となってくれる者を、四人ほど攻略することになる。
守護者とは、精霊をその身に宿すことで、聖女を守り、彼女の浄化能力を高める役割。
守護者を攻略し信頼度を得て、彼らが一人前の守護者となる過程を楽しむ学園ストーリー。それが『聖女と四人の守護者』だ。
その乙女ゲームの中で、モニカに与えられた役。
それはヒロインでも、脇役でもなく、『モブ』だ。
モブとは、ゲームの中に存在するその他大勢の、取るに足らない外野たち。
時には物語の都合に合わせて発言したりもするが、基本的にモブは物語に介入しない。
物語の背景としてそこに存在するだけ。それがモブの役割。
なぜモニカが、モブであると理解したかというと、背景としてばっちりと映りこんでいたからだ。
それも歓迎パーティーで、ヒロインが王太子からダンスを誘われるシーン。
二人を囲むようにして描かれていたモブたちの中に、モニカはいた。
顔は描かれていなかったが、髪型とドレスがそっくりで。そのシーンが脳内を駆け巡った瞬間にモニカは、自分がモブであることを悟った。
モニカにとってあの時は、雪崩の如くひどい目に遭いっぱなしだったが、それも一背景に過ぎなかったのだ。
モブはモブらしく、周りに影響を与えることなく生きなければならない。それがモニカに与えられた役であり、忘れられがちな体質の原因のようだ。
前世の情報量の多さと、物理的な衝撃により気を失っていたモニカは、それからしばらくして再び目覚めた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、見慣れない天井。それから、不可思議な香りだった。
「目覚めたか?」
その次に聴覚として、男性の声が聞こえてきた。
前世で聞き覚えのあるその声。
(確か、人気声優の……)
まさかと思いながら顔を横に向けてみると、目に飛び込んできたのは教師の姿だった。
彼は、カリスト・ビエント。
歳は二十五歳。グレーの瞳に、若葉色の長い髪は後ろで束ねられている。肌は透き通るように白くて、どことなくエルフのような神秘的な雰囲気だ。
そして彼は、この乙女ゲームの攻略対象でもある。
画面越しで見た記憶しかないモニカは、不思議な気持ちでカリストを見つめた。
「こんなところで寝かせてしまって、悪いな。医務室の先生はもう帰ってしまったんだ。気分はどうだ?」
ぼーっとしているモニカを気遣うように様子をうかがってから、カリスは「擦り傷とたんこぶ以外は問題ないな」と呟いた。
モニカの頭や手足には、彼の治療による包帯が巻かれている。
彼はこの貴族学園の教師であり、魔法師でもある。
守護者たちを育てるために必修な『女神と精霊の授業』の担当だ。
守護者たちが精霊魔法に失敗した時などに、治療するのも彼の役割。その彼が問題ないと判断しているので、ひどい怪我には至らなかったようだ。
ほっと安心しながらモニカは、改めて室内に目を向けてみる。
先ほどから漂っている不可思議な香りはどうやら、魔法に使う薬草のようだ。部屋のさまざまな場所に薬草やら、実験道具が置かれている。
つまりここは、彼の研究室。このベッドは、彼の仮眠用だろうか。
「あの……。先生が助けてくださったのですか?」
よく気づいてくれたものだ、と驚きながらモニカは尋ねる。
なにせモニカは、自分がモブだと気づいたばかり。攻略対象がモブを気にかけることが、不思議でならない。
「精霊が騒いだからな」
カリストは意味ありげに、自身の瞳を指さしながら答えた。
(あっ。先生は目が見えない設定だったわ)
彼は生まれつき目が見えないが、精霊を瞳に宿してからは精霊がその役目を果たしている。
「そうでしたのね。お二人とも、助けてくださりありがとうございます」
モニカがお礼を述べると、カリストは若干つまらなそうな顔になる。
「なんだ。上級生からでも、俺の目が見えないと聞いていたのか?」
(あっ。今のは不思議に思う場面だったかしら……)
曖昧に微笑むと、彼は「初めの授業で驚かす予定だから、秘密にしていてくれよ。聖女様」と笑みを浮かべる。
その笑顔が美麗すぎて、モニカは思わず心臓を押さえた。
彼は前世のモニカの推しではないが、攻略対象の魅力はやはり絶大だ。思わずドキドキしてしまうのは、仕方のないこと。目の保養、素晴らしい。
モニカは良いものを見られたと思いながらも、ふと首をかしげる。
(あら? 今、私のことを「聖女様」と言わなかった?)
「先生。私は、聖女様ではございませんよ?」
カリストは、驚いたように瞳を見開く。それから、考え込むように腕を組んだ。
「聖女とは、君みたいな雰囲気のはずだが……」
カリストの言う『雰囲気』とは見た目の雰囲気ではなく、精霊から伝えられる、彼にしかわからない感覚のことを言っているのだろう。
「一度、詳しく調べてもらったらどうだ?」
カリストは神妙な顔つきでそう提案したが、モニカは「お気遣いは無用ですわ」と即座に遠慮する。
なにせモニカは、モブなのだ。
ヒロインのリアナもこの世界にちゃんと存在しているし、急にヒロインが入れ変わるはずがない。
それよりもモニカは、気になって仕方ないことがある。
推しではない攻略対象がこれほど素敵に見えるのだから、生の推しはどれほど魅惑的なのだろうか。
先ほど歓迎パーティーで会ったばかりだが、改めて推しに会いたい。
「私、ルカ様のご尊顔を拝めるだけで幸せです。それ以上は望みませんわ」
前世のモニカの推しは、ルカだ。彼とは現在、幼馴染という、とてつもなく美味しい関係にある。
あまり気づいてもらえない悲しい状況ではあるが、これからはクラスメイトとして毎日、顔を合わせることになる。
(はぁ……。私、推しがいる世界に転生できたのね。なんて幸運なのかしら……)
そう実感するたけで、心臓が壊れてしまいそうなほどドキドキしてしまう。
モニカは嬉しさのあまり、静かに瞳を閉じた。
「おいっ……! 急にどうした、大丈夫か?」
見た目は眠っただけに思えるモニカだが、精霊が伝えてくる感覚で生きているカリストにはわかる。
彼女は今、嬉しすぎて気絶しているのだ。
それからモニカが学園へ復学するまでに、二十日もの日数がかかる。