19 クラスメイト2
「モニカちゃん大丈夫?」
駆け寄ってきたリアナは、モニカを気遣うように顔を覗き込んできた。
「はい……。お見苦しい場面をお見せしてしまい申し訳ございません」
「そんな、謝らないで。いじめなんてひどいわ。ブラウリオに話して注意してもらいましょう!」
正義感の強いヒロインは、いじめが許せないようだ。けれど今のは、モニカも軽はずみな発言をしてしまった。
「お気遣いに感謝します。けれど先ほどは、私が失礼な勘違いをしてしまい、あの方を怒らせてしまったんです」
「そうなの……?」
「はい」
なぜルカとミランダが、まだ婚約をしていないのか。そのあたりの理由は皆目見当がつかない。
「でも、いくら怒ったとしても、他人のものを壊して良いはずないわ。せっかくの綺麗なレターセットがぐちゃぐちゃ……」
リアナはモニカの手元を見て残念そうな顔をする。ミランダに乱暴に掴まれてしまったので、シワだらけの破れかけ。さすがにこれはもう使い物にならない。
「これくらいは、また買い直せば大丈夫ですわ」
「そっかぁ。モニカちゃんもお嬢様だもんね。私だと、売店に売っているものは高くて」
リアナは恥ずかしそうに笑ってごまかす。
(リアナ様はまだ実績がないから、環境が良くないのよね)
ヒロインの初めの住まいは屋根裏部屋から始まるが、ミッションをクリアして実績を積むことで、部屋が良くなり、登校にも馬車を使えるようになったりする。
攻略対象へ定期的に渡す手紙も、初めのうちはただの白いレターセットしか選べないので、手紙を渡しても効果が微妙なのだ。
初期の辛さを思い出したモニカは、良い考えを思いつく。
(助けてもらったお礼に、少しくらいお手伝いしてもいいわよね?)
「あの……。よろしければ先ほどのお礼に、買い直したレターセットを半分ほど受け取っていただけませんか?」
「私、そんなつもりじゃ……」
モニカの提案に、リアナは驚いた様子。
先ほど助けてくれた時の勇ましさには少し驚いたが、謙虚さはゲームのヒロインそのままだ。
「いつも余ってしまうので、有効活用していただけると嬉しいのですが」
なにせモブだったので、手紙を書く相手もあまりおらず。書いても相手に届かないという悲しい結末もよくあることだったので、モニカはあまり手紙を書かない。
「ブラウリオ殿下もきっと、喜ばれると思いますよ」と付け足すと、リアナは頬を薄紅色に染めた。
彼女は本当に、ブラウリオのことが好きなようだ。
「……それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうね。ありがとうモニカちゃん」
再び売店へと行くと、リアナは瞳を輝かせてレターセットを見学し始めた。
「モニカちゃん連れてきてくれてありがとう! 素敵なものばかりね」
リアナ曰く、学園の売店は高級感が溢れすぎていて、一人では入りにくかったのだとか。
(はあ……ヒロイン可愛い。何でも買ってあげたくなっちゃうわ)
ブラウリオやロベルトも、きっとこんな気持ちなのだろう。売店程度でこれほど喜んでくれるのだ。そりゃ、張り切ってデートにも誘いたくなるはずだ。
これもまた、目の保養になる。新たな推し活になりそうな予感。
満たされた気分でリアナを見つめていると、彼女はとあるレターセットをじっと見つめ出した。
(あれは確か、ブラウリオ殿下がお好きな色の)
攻略対象はそれぞれ、好きな色のレターセットがある。ブラウリオはピンクで、ルカは紺だ。
モニカは先ほど、条件反射的に紺のレターセットを購入したが、別にルカを攻略したいわけではない。ピンクのレターセットを手に取った。
「こちらのレターセット、素敵ですね。リアナ様はどちらがお好みですか?」
「あっ……、私もそれが素敵だと思っていたの」
「それでは、こちらにいたしましょう」
「うんっ!」
会計を済ませたモニカは、レターセットから便せんと封筒を一枚ずつ取り出してから、残りをリアナに差し出す。
「先ほどは本当に助かりました。ほんの気持ちですがお受け取りくださいませ」
「あの……。半分こするんじゃなかったの?」
「私は、ルカ様に所用のお手紙を出すだけですので、一セットあれば十分です」
「でも……」
「リアナ様には素敵な守護者を得て、この国を守っていただきたいので。こちらは先行投資です」
(そして、ルカ様も守護者にしてください)
やはり紺のレターセットにすべきだったかな、と少しだけ後悔しつつも微笑むと、レターセットを受け取ったリアナは、急に元気をなくしたようにうつむく。
「……リアナ様?」
「ごめんなさい。モニカちゃん」
「えっ?」
「私、さっきは打算的な考えでモニカちゃんを助けたの」
「それはどういう……?」
純粋な姿しか見せていない彼女が、打算で行動するとはどういう意味だろう。
モニカが首をかしげると、リアナは言いにくそうに口を開いた。
「実は私……、ルカに守護者になってもらいたいと思っているの」
(存じておりますよ?)
「けれど、ルカは私なんて眼中にないみたいで、なかなか仲良くなれなくて……」
(それも存じております……)
「それで、幼馴染のモニカちゃんと仲良くなれば、ルカとも接点ができると思ったの」
(むしろ、こちらからお願いしたかったくらいですが?)
「モニカちゃんはこんなに優しくしてくれたのに……、利用しようとしてごめんなさい! 私、聖女失格だわ……」
リアナは今にも泣き出しそうな顔で、この場を離れようとする。
(えっ、そんなことで泣かないで!)
これがきっかけで、ルカを諦められたら大変だ。
モニカは逃がさないとばかりに、リアナの手を包み込むように握る。
「ご自分を責めないでくださいませ。リアナ様は、守護者を得るという重大な責務がございますもの。当然の行動ですわ」
「……そうなの?」
「はいっ。少なくとも私は、リアナ様にご協力したいと思っております。私もルカ様には、守護者になっていただきたいですもの!」
守護者になれば家門の名誉になるのはもちろんのこと、歴代の守護者としてルカの名前は歴史に刻まれる。
本人はどう思っているか不明だが、モニカとしては推しにその名誉を受けてほしい。
「本当に? モニカちゃんも応援してくれるの?」
「もちろんです。ぜひとも、お手伝いさせてくださいませ」
リアナは安心したように「モニカちゃんが認めてくれるなら嬉しい」と笑みを浮かべた。
そんなことに罪悪感を抱いていたなんて、ヒロインはピュアすぎる。ルカを押し売りする勢いのモニカとしては、自分が少し恥ずかしい。
けれどこれで、リアナとは協力関係になれたようだ。





