18 クラスメイト1
まさかの、まさか。モニカのバケットサンドによって、ルカの登校意欲が保たれていたとは思わぬ伏兵。
教室の席についたモニカは、完全に敗北した気分で呆然としていた。
とりあえず、教室へ入った時に数名から挨拶されたので、ルカの好感度は下がっていないような気はする。
けれど、今日のログボはもらえないことが確定した。時計塔に二人でいる時間は、孤独な学園生活での大きな楽しみだったというのに。
(皆に認知された代償がこれなんて、悲しすぎるわ。ルカ様がいてこその学園生活なのに……)
明日もルカが来なかったらどうしよう。
推しに会えなくて悲しくもあるが、ルカが学園を休むとさらに公爵家での印象が悪くなる。推しを思っての行動が、逆効果になってはたまらない。
(手紙を書いて、登校してくれるようにお願いしてみよう……!)
そう決意して席から立ち上がったモニカは、レターセットを買うために売店へと向かった。
――その帰り。
モニカは校舎裏の人けがない場所で、令嬢たちに囲まれていた。
モニカをあざけるような笑み。どうみても、これから仲良くしたい者のご挨拶ではないようだ。
(……なぜ、私?)
彼女らのリーダーとおぼしき令嬢には、見覚えがある。とういか、ゲームでは幾度となく対峙してきた令嬢――『ルカの婚約者』ミランダ・セーロス公爵令嬢だ。
この乙女ゲームにおいての守護者の立ち位置は、聖女の仕事のパートナー。
けれど精霊の力を共有するには、強い絆が必要。聖女を守る役目であるため、時には婚約者や妻よりも、聖女を優先しなければならない場面もある。
そんな親密な関係となることを当然、攻略対象の婚約者たちが快く思うはずがない。
そのためストーリーを進めるなかで、婚約者に認めてもらうミッションが存在する。
そのミッションで登場する『婚約者』という名の脇役たち。その一人がミランダだが、ヒロインではないモニカとは関わる必要がない人物のはず。
けれど、
「貴女、目障りなのよ!」
開口一番、ミランダはミッションでお決まりのセリフを吐き捨てた。閉じた扇子をを突き出すところまで、そっくりそのまま再現されている。
(もしかして、ミッションが発生しているの……? ルカ様の好感度を上げてしまったから?)
「あの……。どなたかとお間違えではございませんか? 私は聖女様ではございませんよ?」
「間違ってなどいないわ! 貴女はルカ様の幼馴染モブカでしょう!」
(モブカ……)
『ルカの幼馴染』に昇格したモニカだが、脇役であることには変わりなく。名前を間違えられたりは健在のようだ。それにしてもモブ上がりだからと、モブカはひどい。
「……モニカです」
一応、訂正してみると、ミランダは見る見る顔が赤くなる。
彼女は公爵令嬢。完璧を求めるご令嬢は、間違いを指摘されて恥ずかしいようだ。
「なっ名前なんてどうでもよろしいのよ! ルカ様につきまとうのはお止めなさいっ!」
どうやら彼女は、注目を浴びたルカの幼馴染をけん制しにきただけのよう。
ヒロインではなくとも、出る杭は打たれるのが世の常のようだ。常に陥没しまくっていたモニカとしては、不思議な気分だ。
何はともあれミッション発動ではないようで、モニカはほっとする。
そうと分かれば、こちらのもの。モニカはこのご令嬢の扱いに慣れている。なにせ幾度となく彼女をやり過ごして、ルカを守護者にしてきたのだから。
「誤解ですわ。私は幼馴染の義理として、ルカ様のお勉強のお手伝いがしたいだけです。ルカ様の素敵な婚約者様のお邪魔はいたしませんわ」
婚約者を立てるように言えば、彼女の警戒心をとくのは意外と容易い。彼女はおだてに弱いのだ。
けれど、モニカがそう返した瞬間、彼女の表情は激高したように鋭くなる。
「貴女……。私を馬鹿にしているの?」
「……えっ?」
「ルカ様との婚約が進まないことを知っていて、裏では笑っているのでしょう! 馬鹿にしないでちょうだい!」
(ルカ様の婚約者じゃ……ない?)
他の攻略対象の婚約者ならまだしも、ルカの婚約者を間違えるはずがない。
なぜ、ゲームと設定が違うのか。
「あのっ……申し訳ございませんっ。ルカ様からは何も知らされていなかったもので、てっきり……」
モニカは混乱しつつも、頭を下げる。けれど、公爵令嬢の怒りは収まらない様子。
「貴女さえいなければっ! ラブレターなんて絶対に出させないんだから!」
モニカが持っているレターセットを、ラブレター用だと勘違いしているようだ。彼女は無理やりそれを、モニカから取り上げようとする。
「やっやめてくださいっ!」
このような暴挙にでるとは、完全に選択肢を間違ってしまったようだ。
ゲームでこんな時は、攻略対象の誰かが必ず助けてくれるが、モニカはヒロインではない。そんな希望など持つだけ無駄というもの。
この様子では、ビンタもあり得そう。そう覚悟した瞬間、叫び声が聞こえてきた。
「貴女たち、何をしているのっ!」
何事かと思い顔を上げると、そこには聖女リアナの姿が。
(リアナ様が、なぜ……)
「リ……リアナ様……」
ミランダはバツが悪そうに、モニカから手を離した。聖女はこの国で最も愛される存在。私怨でもない限り、敵に回して得なことはない。
「モニカ様のレターセットが素敵だったもので、見せていただいていただけですわ……」
ミランダはそそくさと取り巻きを連れて、この場を去って行った。
嵐が過ぎ去った気分でモニカは、ほっと息を吐く。なにせ、モブとして人に認識されなさすぎな人生だったために、誰かと争うこともモニカは慣れていない。
「モニカちゃん大丈夫?」
駆け寄ってきたリアナは、モニカを気遣うように顔を覗き込んできた。





