17 好感度アイテムの効果3
翌朝。モニカはまたも、信じられない光景を目にした。
「おはようございます、モニカお嬢様。洗顔のお湯をお持ちいたしました」
「制服のアイロンをおかけしましたわ」
「お着替えが終わりましたら、御髪を整えさせていただきますね」
そろそろ起きようかと布団にくるまって悩んでいたモニカのもとへ、メイドが三名もモニカを起こしにきたのだ。
彼女らはテキパキと、モニカの身支度の準備を始める。モニカはその様子をぽかんとしながら見つめた。
(昨日からずっと、夢を見ているのかしら)
このような光景は、この家に生まれて一度も見たことがない。モブのモニカは一人で起きて、一人で身支度して、なんならメイドがすべきアイロンがけすら自分でしていたのだ。
「お嬢様。まずはお目覚めのミルクティなどいかがですか?」
「あ……ありがとう……」
されるがままに受け取ったティーカップに口をつけたモニカは、さらに驚く。
これはモニカが一番好きなお茶。メイドに何度も話しても、忘れられていたお茶だ。
(ルカ様の影響力がすごすぎるわ……)
昨日、教室でルカがモニカを認知した瞬間から、モニカの世界はがらりと変わった。それは教室の中だけではなかった。
御者は「急に頭が冴えてきた」と、目的地を書いた木札を投げ捨て。料理長は、明日のお弁当のために今から仕込みをするのだと張り切り。
両親に至っては、寝る直前までモニカにべったりで、ベッドで絵本の読み聞かせをしてもらうという、若干ずれた愛情まで受けた。
とにかくモニカは『ルカの幼馴染』という役を受けたことで、周りの人間が続々とモニカに興味を持ち始めたようだ。
(ふふ。今日は料理長が気合を入れてお弁当を作ってくれたから、ルカ様もきっと喜ぶわ)
学園の前で馬車を降りたモニカは、うきうきしながら校舎への通りを歩いていた。
今日はメイドに、髪の毛をハーフアップに結ってもらった。今までにはないことだらけで、とても新鮮な気分だ。
「よう。モニカ」
(ルカ様だわ!)
推しから声をかけてくれるなんて、最高に幸せな朝だ。まるでゲームの登校シーンが再現されているような気分になりながら、モニカは後ろを振り返った。
「おはようございます、ルカ様」
ルカはまだ眠いのか、大きなあくびをした。そんな姿すらかっこよくてモニカは思わず見惚れる。
彼は、眠い目をこすりながらモニカの頭へと視線を向けた。
「いつもと髪型が違うな」
(わぁ……。そんなことにも、気が付いてくださるの?)
認知してもらえただけでも幸せなのに、容姿まで細かく覚えているとは。
「メイドが結ってくれたんです。今まで髪を結ったことがないので、少し恥ずかしいのですが……」
いつも美容師に髪を切り揃えられてしまうように、メイドが髪を結ってくれることも今までなかった。だから顔の輪郭がはっきりと出るハーフアップは、モニカにとっては大冒険だったりする。
「へー。可愛いな」
肩を組んできたルカは、至近距離でモニカに笑みを向けてくる。
(ちっ……近すぎますルカ様っ!)
モニカは、自分でもわかるくらいに顔が熱くなるが、当のルカはお構いなしな様子。モニカの肩に腕を回したまま歩き出した。
(幼馴染バージョンのルカ様、ちょっと距離感がおかしいわ……)
ゲーム内のルカは、ヒロインに対してこれほど簡単に距離を詰めたりはしないのに。いわゆる男同士のマブダチみたいな感覚が、そのままモニカに転用されているような気がする。
「あっ……あの。今日は料理長が、腕によりをかけてお弁当を作ってくれたんです。お昼に一緒に食べましょう」
この状況に耐えられないモニカは、少しでも気を紛らわそうと話題を振ってみた。
しかしルカは、ぱたりとモニカから腕を下ろして立ち止まる。
「それ、モニカが作ったんじゃねーの?」
「え? はい。でもちゃんとバケットサンドも作ってもらいましたよ」
ルカにも配慮されているお弁当だ。それにも関わらずルカは、大きくため息をついた。
「俺、帰る」
「へ……? なぜですか?」
「モニカが作ったのじゃないと、勉強する気にならねー」
(ええ……。ルカ様いつも、勉強なんてしていないじゃないですか!)
「待ってくださいませっ!」
モニカは慌てて引き留めようとしたが、ルカはあっという間に門から出て行ってしまった。
(どうしよう……。今ので好感度が下がっていないわよね? 勉強まだしていないのに……!)
まさかの、まさか。モニカのバケットサンドによって、ルカの登校意欲が保たれていたとは思わぬ伏兵。
教室の席についたモニカは、完全に敗北した気分で呆然としていた。





