16 好感度アイテムの効果2
ブラウリオが、身だしなみを整えるために洗面所へ向かうと、すでに先客のルカが鏡を覗き込んでいた。
「ルカも身だしなみを気にすることがあるんだな」
「うっせーな」
話しかけるなという態度でルカは返事したが、いつもよりも声色が明るい。
何かあったのだろうか。ブラウリオは不思議に思いながら彼を観察する。するとルカが熱心に、胸ポケットを気にしていることに気がつく。
そこには、フエゴ公爵家の紋章が入ったハンカチが、胸ポケットの校章を隠すように垂れ下がっていた。
何に反抗しているんだ?
ルカのことを、反抗期真っ盛りだと思っているブラウリオはそう考えたが、よく見れば本職が挿したにしては雑な刺繍。
「もしかしてそれ……、女性からのプレゼント?」
「まぁな」
「驚いたな。ルカが女性からのプレゼントを受け取るとは思わなかったよ」
粗雑で貴族の品位に欠ける彼でも、意外と女性には人気で、たびたびプレゼントを贈られている場面を目にする。けれどルカはいつも、無視するか「いらねー」で済ませていた。
そんなルカがプレゼントを受け取ったなら、特別な女性に違いない。
ブラウリオは真っ先にリアナを思い浮かべる。リアナはルカを守護者にしたがっていた。
「もしかして、リアナからのプレゼント?」
「ちげーよ。お前も相当、嫉妬深いな」
王太子に対して、このような態度を取るのはルカくらいなものだ。
「……それなら誰からなんだい?」
「モニカだよ。他にいねーだろ」
モニカという名の令嬢はいただろうか。
学園の学生の名前と家門は全て覚えていたつもりだが、ブラウリオには心当たりが全くなかった。
お昼休み終了間際。モニカはとぼとぼと教室へ向かって歩いていた。
本当なら好感度が上がったルカと一緒に、手を繫ぎながら教室へと入る予定だったが。
「俺、先に行くな」
ルカはそう言い残して、先に時計塔を出てしまったのだ。
確かにあの時はスチルまで発生したのだから、アイテムは受け取ってもらえた判定になっている気がする。けれど、彼の素っ気ない態度を見る限り、好感度が上がったようには思えなかった。
バケットサンドを毎日渡しても変化はないし、結局のところモブであるモニカがイメージアップアイテムを使用しても、攻略対象の気持ちに変化は現れないのかもしれない。本来それらのアイテムは、ヒロインのためのものだから。
(それでも、ルカ様の素敵なスチルも見られたし、渡せて良かったわ)
ルカに勉強させるためには、別の方法を考えれば良い。そう思いながらモニカは教室へと戻った。
席にはすでにルカが戻っていた。今日はサボるのかと思えば、そうではなかったようだ。
両足を机の上に乗せ、両腕を頭の後ろで組んで昼寝しているようだ。
「午後の授業も、がんばりましょうね」
そう声をかけながらモニカは隣に座ってみたが、やはりルカの反応はない。予想どおり好感度は上がらなかったようだ。
しかし、ふとモニカはルカの胸ポケットに目を留める。そこには先ほどモニカが渡した、ハンカチが。
わざわざ紋章が見えるように畳み直して、丁寧にポケットに納められている。
(ふふ。ルカ様、そんなに気に入ってくださったのかしら)
推しの可愛い一面も見ることができた。本来の目的には至らなかったが、一生懸命作った甲斐は十分すぎるほどあった。
幸せな気分でモニカは、授業の準備を始める。教科書とノートを机の下から取り出して、それからルカの準備もしなければ。
(ルカ様ったら、またこんなに制服を乱して)
次の授業の先生は服装に厳しい。注意されないよう、ルカのシャツのボタンを留めようと手をかけた。
その瞬間。
がしっと、ルカに手首を掴まれて、モニカは心臓が飛び出そうなほど驚いた。
「ル……ルカ様…………?」
「やっと来たな。モニカ」
にやっと笑みを浮かべたルカ。
その金色の瞳は、確実にモニカを捉えていた。
(えっ、まって。好感度は上がらなかったんじゃなかったの?)
一瞬前まで、モニカに気が付いていない様子だったのに、なにがどうなっているのだ。
そんな疑問を、ゆっくりと考える暇はモニカには与えられなかった。
なぜならルカの言葉に反応して、教室にいる全員が同時に、モニカとルカに注目したから。
「あの子、誰かしら?」
「ルカ様と親しくしていらっしゃいますわ」
「ルカ様のお隣は、先約があったはずでは……」
ひそひそと、他のモブ令嬢たちの声が聞こえてくる。このような時だけ声が大きく聞こえるのは、ゲーム的な事情だろうか。
(どうしよう……めちゃくちゃ注目されているわ。っというか私、ルカ様の服を脱がせているように見えてない? ひんしゅくを買っていないかしら?)
今世で生まれてこのかた、注目を浴びたことがないモニカは、こんな時はどうしたら良いのかわからない。カチコチに固まっていると、リアナがこちらへやってきた。
「ねえねえ! その子ってもしかして、ルカが席を確保していた子なの?」
ヒロインらしく好奇心旺盛にキラキラした瞳でリアナが尋ねると、ルカは「ああ」と肯定する。
そしてルカは、モニカの肩を抱き寄せながら、クラスメイトたちを見回した。
「俺の可愛い幼馴染だ。お前ら、虐めんなよ」
なぜか女子たちから悲鳴があがり、リアナは嬉しそうに「よろしくね!」とモニカに握手を求めてくる。
(ええ……? 私、モブなんですけど?)
注目を浴びただけでも困っていたのに、雲の上の存在であるヒロインはフレンドリーで。そしてなぜかモニカは、推しの腕の中。
この状況を、冷静に受け止められる者などいるだろうか。少なくともモブ人生のモニカには難易度が高すぎる。
思えばルカは、モニカをクラスメイトに紹介したがっていた。それを頭の中では理解し、嬉しく思っていたが、まさかこのような騒ぎになるとは夢にも思っていなかった。
けれどルカは攻略対象。何をするにも注目を浴びる。そんな彼が、女の子の幼馴染を紹介したら、周りが騒がないはずがないのだ。
ルカに勉強をさせるために上げた好感度が、まさかこのような効果を得るとは。
モニカはどうやら『モブ』から、『ルカの幼馴染』に昇格したようだ。
翌朝。モニカはまたも、信じられない光景を目にした。





