134 モニカの新しい生活4
カリストは、モニカと一緒に牢屋に入れられるまでは、王族として人生を歩もうとは考えていなかったはずだ。
だからこそ波風立てないよう、事前に国王へ婚約の了承を取り付けていた。
それが、このような展開になってしまい、急に王子としての人生を歩まねばならなくなった。その重責のせいで不安になっているのだろう。
(だからといって、私が名前呼びをしたところで、不安が和らぐとは思えないけれど……)
公務を手伝うと申し出たほうが喜ぶのでは?
そう考えている間に、授業が終わり休み時間となった。
「モニカ、先生きてんぞ」
隣席のルカに指摘されて教室の出入り口に視線を向けると、カリストが教室を覗き込んでいるのが見える。いつもなら堂々と教室へ入ってきて、モニカを呼び出すというのに。やはりカリストはいつもと様子が違う。
モニカは席を立って廊下へと出た。
「先生、お待たせいたしました。あっ……!」
さりげなく名前呼びしようと思っていたのに、いつもどおりに呼んでしまった。モニカは口元を手で押さえる。
「どうかしたか?」
「いいえ。なんでもありません。カ…………先生」
出鼻をくじいてしまったせいで、改めて名前呼びはやはり気恥ずかしい。モニカは反射的に下を向く。
けれど、モニカのそんな態度にもカリストは気にしていない様子で続ける。
「教室の様子はどうだ? 困っていることはないか?」
「皆様のおかげで、不自然なくらい平和ですね……」
なにせ今のモニカの席は窓際で、隣にルカとミランダ、前はリアナとブラウリオ、そして後ろがロベルトとビアンカ。守護者全員で目を光らせているので、誰も話しかけてきやしない。
「それならよかった。今日の放課後は、神殿へ行くんだろう? 俺はまだ守護者ではないから参加できないが、外で待っていようか」
カリストについては結局、裁判で守護者任命をできないまま終わった。国王が、正式な場でおこなってほしいと申し出たからだ。
守護者任命式は本来、盛大に祝福されるもの。せめて王族であるカリストだけは本来の形式でおこないたいと。
カリストへの親心なのか、女神を否定したことへの罪悪感なのか。それとも王家の威信のためか。どちらにせよ、カリストだけは予定どおり、婚約式と一緒に任命式をおこなえそうだ。
「先生も今はお忙しいでしょうし、私のことはお気になさらないでください。帰りは守護者のどなたかが送ってくれると思いますし」
なにせ今のカリストは、新しい責務のことで不安がいっぱい。そんな時に余計な負担はかけたくない。
婚約者として完璧なフォローだと思いながら笑みを浮かべると、カリストは心なしか元気がなさそうな笑みを浮かべながら「…………そうか」とつぶやいた。
放課後。モニカとその守護者たちは神殿へと向かった。
昨日の裁判は、モニカの神聖力が問題の発端だったため、神官も確認のために傍聴していたという。裁判後にその神官から、今後の相談をしたいので神殿を訪問してほしいと要請を受けたのだ。
馬車から降りたモニカは、さっそく顔をひきつらせた。なぜなら、建物へと入る道の両脇にはずらりと神官が並んでおり、全員がひざまづいて祈りを捧げていたからだ。
「えっと、裏口から入ってはいけませんか?」
モブ出身のモニカには、この状況はいくら見ても慣れそうにない。
情けない提案をすると、リアナがにこりと顔を覗き込んでくる。
「大丈夫モニカちゃん! 私も聖女になったときに通った道だから」
二人で歩けば怖くないとリアナは、モニカの手を引いて歩き出す。
学園へ入学したての頃のリアナはけして、得意な環境ではなかっただろうに。彼女はここを一人で通ったに違いない。
彼女が、これからは一緒に神殿の務めを果たせると喜んでいた理由が、今ならなんとなくわかる。
これまでのリアナには仕える神官はいたけれど、似た立場の仲間はいなかったから。
「リアナちゃんがいてくれて心強いです」
「ふふ。見て。ここって私たち二人のバージンロードみたいじゃない?」
リアナはご満悦な表情でモニカをエスコートしているが、それは少し言い過ぎではないだろうか。
モニカの背中にブラウリオの視線がぐさぐさ突き刺さっているのを肌で感じる。振り返ってみなくとも、ブラウリオのもの言いたげな表情が目に浮かんで、モニカは身震いした。
「ようこそ、この地へお帰りくださいました、女神様。心から歓迎いたします」
建物の入り口で待ち構えていたのは、教皇。髪が真っ白でやや小太りの、包容力を感じる見た目のご老人だ。
「突然の訪問にも関わらず、盛大に歓迎してくださり感謝します」
「いやいや。今日は非公式ゆえに簡素なお出迎えで誠に恐縮でございます。近いうちに女神様の再降臨を祝し、盛大な祈念会を開催したく準備を始めたところでございます」
モブ育ちにこれ以上の負担はかけないでほしい。モニカは泣きたい顔を必死に隠して笑顔を貼り付ける。この教皇とは話し合うことが多そうだ。
「モニカ心配すんな」
応接室へと向かう途中。ルカは気楽そうな笑みを浮かべながらモニカの隣に並んだ。
「モニカは目立つの苦手そうだしな。望まないことは全部、俺が否定してやるからよ」
「ルカ様……」
守護者代表になったせいか、ルカがいつもより頼もしく見える。今日は彼に任せておけば良い方向へと話がまとまりそうだ。
そう関心していたモニカだが、応接室の椅子に腰かけてから隣を見て「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げる。
「ルカ様……! 何か気に障ることでも……?」
モニカの隣に腰かけたルカは、足をテーブルの上に投げ出し、腕を組んで教皇をにらんでいるではないか。
「いや別に。親父がさ、初めての交渉は舐められないように、でかい態度でいけって」
モニカは、裁判でのフエゴ公爵を思い出す。無口そうだったけれど、威圧感だけはかなりのものだった。ルカは意外と、父親似なのかもしれない。
「ルカ様は存在するだけで、相手が圧倒されると思うので、態度にまで出さなくて大丈夫だと思いますよ」
なにせルカは、フエゴ公爵家の暴れん坊として広く知られているので、舐めた態度で相手する者などいないはずだ。
ルカは「そうか?」と素直に足を床に下ろすと、お茶を出せずに困っていた神官に向けて「テーブルを汚してごめんな。悪いけど拭いてくれるか?」と笑みを浮かべた。その笑みにますます恐怖を感じた様子の神官は、「申し訳ございません!」と叫びながら部屋から走り去ってしまった。
学園ではまじめになったルカばかり目にしていたので、すっかりと忘れていたが、世間ではいまだにルカは問題児だと思われているようだ。
「いやあ。さすがフエゴ公爵のご令息。女神様は、頼もしい方を守護者になされましたな……」





