133 モニカの新しい生活3
ルーと一緒に急いで邸宅の外へと出てみると、騎乗したままのルカが「よう」と手を挙げてきた。
(うっ……! 乗馬ルカ様が、眩しすぎる)
この姿のルカはゲームにも出てこなかった。レアすぎる今のルカはきっと、女神のモニカよりも耀いているはずだ。
直視できずにいると、馬車の扉がひらいてリアナが飛び出してきた。
「モニカちゃんおはよう! 大変みたいだけど大丈夫?」
「リアナちゃんおはようございます。幸いにもまだ、騒ぎなどは起きていませんわ」
女神の前では下手なことはできないのだろうか。大勢、集まってはいるけれど迷惑行為はまだ起きていない。
「モニカ。こいつら置いていくから、好きに使ってくれよ」
ルカはそう言いながら、後ろに待機している騎士団を親指で示す。
「こんなに大勢。フエゴ騎士団の活動に支障をきたしませんか?」
「モニカの親父さんは俺の親父の補佐官だろ? 部下の家族の安全を守るのも親父の務めさ」
ここで安易に「女神」を理由にしないところがルカらしい。ルカにとっては今でも、モニカは幼馴染。そう確認させてくれるようでうれしい。
「ありがとうございますルカ様」
それからモニカは辺りを見回して首をかしげる。
「ほかの皆様は?」
気づけばいつも全員が集まるのがこのメンバーだが、ルカとリアナだけとは珍しい。
モニカの腕に抱きついたリアナがにこりとほほ笑む。
「先生とブラウリオは馬車の中にいるよ。ミランダと、ロベルトとビアンカは、学園へ先回りして、いつもどおりモニカちゃんと接するよう、学生に伝えているはず」
「わあ。それはありがたいです」
家の前でこの状態なら、学園ではどうなってしまうのかと心配もしていたが。公爵令嬢であるミランダがそう指示するなら、ほかの学生もそれなりに従うだろう。
(それにしても先生はなぜ、馬車から出てこないのかしら?)
昨日のカリストも少し様子が変だったが、それを引きずっているのだろうか。
心配しながら馬車へと向かったモニカは、カリストを目にして思わず口を手で押さえながら驚いた。
「先生……!」
カリストといえば、腰まで伸びている長い髪をいつも無造作に束ねているのが特徴的だったが、今のカリストは、ばっさりと短く切りそろえているではないか。
「もう、姿を偽る必要もないしな。……変か?」
(そっか。先生は王族だと悟られないためにわざと、陛下やブラウリオ殿下とかけ離れた髪型にしていたのね)
「ますます凛々しく見えて、素敵ですよ」
「よかった。少しでもモニカの好みに合わせたかったんだ」
(ん? 私、短い髪が好きだなんて言ったっけ?)
ルカはショートカットよりも少し長めなので、推しを意識したわけでもなさそうだ。
考え込んでいると、カリストの向かい側に座っていたブラウリオが「モニカ嬢おはよう。素敵な朝だね」とにこにこと挨拶してきた。
何かを期待しているような瞳でほほ笑まれると、言わないわけにもいかない。
「おはようございますブラウリオ殿下。先生が髪を短くすると、ますますお二人は似ていらっしゃいますね」
「そうかな? 本当 の兄弟だから、仕方ないよね」
嬉しそうに頬を緩ませるブラウリオが可愛すぎて、モニカとリアナは顔を見合わせてくすくすと笑った。
王家の馬車で学園へと到着すると、辺りはいつもどおりの様子でモニカはほっとする。
ちらちらと見られはするが、この仲間と一緒だとそれは普段からも感じること。その視線がモニカに移動しただけだ。
「俺は学園長と相談があるから、先に行くな。ブラウリオ、モニカを頼んだぞ」
「お任せくださいませ、兄上!」
「モニカ。休み時間に様子を見に行くから」
「はい。お待ちしております先生」
カリストはそう言い残すとすぐにこの場を去った。学園長に本当の身分を報告しに行くのだろうか。
これからのカリストは、教師のほかに、モニカの守護者としての役割と、王子としての役割もあり今までより忙しくなるはずだ。
(教師を辞めることもありえるのかしら……)
カリストに無理はさせたくないが、学園で会えなくなるのもさみしい。学生であるモニカは、家の外で大半を過ごすのが学園なのだから。
「モニカ嬢。今後のことで必要な事務手続きの書類を渡したいんだけど、教室だと騒がしいから休憩室でもよいかな?」
「はい。お願いします」
リアナとルカは先に教室の様子を見てくるというのでお願いして、モニカはブラウリオと一緒に休憩しつへと向かった。
(王族専用の休憩室。今後は先生も、ここの主なのよね)
些細なことにも変化を感じつつソファに座ると、ブラウリオは先ほどまでと一転、暗い表情でモニカへと手紙を渡してきた。
「手紙……ですか?」
「ごめん。事務手続きというのは、モニカ嬢と二人きりになる言い訳。本当はこれを渡したかったんだ」
「そうでしたか」
誰からだろうと確認すると、封蝋にはアサート王家の印章が。
「もしかして、アデライト先生ですか……?」
「うん。アデライトは今朝、早くに国へ帰ったよ。モニカ嬢にそれを渡してほしいと頼まれたんだ」
アデライトはラスボスになる予定の人物だ。
モニカは胸騒ぎを感じながら、手紙を開いて読み始める。
『親愛なるモニカ嬢へ
今回は、私の軽率な行動のせいで、モニカ嬢に苦労をかけてしまったことを深くお詫びします。
あの宝石に、あそこまでの策略が込められているとは夢にも思っていなかったのです。
モニカ嬢を陥れる目的ではありませんでした。信じてください。
けれど、モニカ嬢もひどいです。
昨日の裁判を傍聴した限りでは、カリスト先生が王族だと知っていたのですよね?
私の初恋の話を聞いたときに、なぜ話してくれなかったのですか。
私にはもう、恋心は残っていない。あの子の行方が心配だっただけだと伝えたはずなのに。
モニカ嬢とは良い友人になれたと思っていたのに残念です。
私は国へ帰り、王女としての役目を全うするつもりです。
では、お元気で。――アデライトより』
「ちがう…………。アデライト先生をだますつもりでは……」
アデライトは誤解をしている。モニカはアデライトの話を聞いて、カリストが王族なのではと気がついたのだ。
それを確かめようとしてそのあと、カリストの研究室へと直行したが、カリストは明確に言葉にはしてくれなかった。
国王が父親だとはっきりと口にしたのは、牢屋の中だったのだから。
「モニカ嬢は、アデライトの初恋が兄上だと知っていたの……?」
「アデライト先生が、初恋の話を聞かせてくださったことがありまして。その時に、ビエント先生が王族かもしれないと気がついたんです。けれど、私も悪かったと思います。せめて、裁判が始まる直前にお伝えするべきでした」
「あの時は自由に人に会える状況ではなかったし、仕方ないよ」
けれど、大勢と一緒に聞かされるのと、個別に伝えられるのでは、気持ちに大きな違いがあったはずだ。
「私、今からでも先生に謝罪したいです。お手紙を書きます」
「ありがとう。アデライトを気にかけてくれて」
ブラウリオは、家族が気遣われてうれしいような笑みを浮かべる。それを見たモニカは、以前にブラウリオがアデライトとの婚約破棄の経緯を話してくれた際のことを思い出す。
「あの……。もしかして殿下は、アデライト先生の初恋をご存じだから婚約破棄なさろうと、ほかのお相手を探しておられたのでは?」
「モニカ嬢ってほんと鋭いね。俺は幼い頃から、アデライトの初恋の話をよく聞いていたんだ。本当にそんな人がいるのかと思って王宮の奥にある柵を超えたら、兄上がひっそりと住んでいてね。アデライトは、俺と兄上を出会わせてくれた恩人みたいなものなんだ。だから俺が婚約破棄すれば、アデライトは兄上と結婚できると考えていたんだけどね」
「私のせいですね……」
「モニカ嬢が悪いわけではないよ。兄上にとってモニカ嬢は、かけがえのない人なんだから。きっとモニカ嬢よりも先に、アデライトと兄上が再会していたとしても、結果は変わらなかったと思うよ」
ゲームで、アデライトがラスボス化した理由。それは、ブラウリオのそんな気遣いによるものだったのでは。
彼女にとって初恋は過去の思い出であり、気持ちはブラウリオとの結婚に切り替えていたというのに。ブラウリオのお節介のせいで彼女は激怒した。
今はカリストが王族として認められたが、モニカの知る限りゲームではカリストの出自は明かされない。
王家と縁もない男爵家の養子であるカリストと王女では、結婚にまで行きつく可能性は低かったはずだ。
けれど、この世界のアデライトは、ブラウリオのお節介に激怒したわけではないようだ。
(そうなると、ラスボス化はしないのかしら……)
「ところで、モニカ嬢」
「はい?」
「いまだに、兄上のことをビエント先生って呼んでいるんだね……」
「えっ!」
思わぬ指摘を受けたモニカは、ラスボスの考えも吹き飛んで、頬を赤く染める。
「へっ変ですか?」
普段は、「先生」と呼んでいるが、ほかの先生と区別したいときだけ「ビエント先生」呼んでいる状況だ。
「呼び方は人それぞれだから変とは言わないけれど。兄上はビエント家との養子縁組は解消になるだろうから、『ビエント先生』とは呼べなくなるね」
「それなら、第一王子殿下……先生と」
ブラウリオは噴き出すように笑い出した。
「俺のことは名前で呼んでくれるのに、ひどくない?」
「だっ……だって、先生に名前呼びを許されていませんし……」
プライベートでは名前で呼べたらいいなと思うこともあったが、急に名前呼びに切り替えるのは気恥ずかしい。
「婚約者なんだから、許しなんて必要ないと思うよ。兄上もいろいろと不安があるようだし、モニカ嬢に名前呼びされたらうれしいと思うな」
(先生が不安? やっぱり何かあるのかしら……)





