132 モニカの新しい生活2
裏庭へと降り立った二人は、裏口から邸宅へと入った。
そこはすぐに使用人たちが働く厨房や、洗濯室などが並んでいる場所だ。
モニカも毎日のように、バケットサンドやお菓子を作るために厨房を訪れている。なので、モニカがこの辺りをうろついていようとも、普段は誰にも驚かれないのだが……。
厨房から、ティーセットやお酒を乗せたワゴンを押しながら出てきたメイドは、モニカとカリストを見るなり、大慌てで膝まづいた。
「お嬢っ……女神様! それに、王子殿下まで! お出迎えもできず、ご無礼をお許しくださいませ!」
モニカが女神となり、カリストが王子となったことは、すでに使用人たちにも周知されているようだ。
「いいのよ、気にしないで。それより、忙しい目に合わせてしまってごめんなさい」
「とんでもないことでございます! 旦那様からは、女神様に関することを最優先にせよと仰せつかっておりますので」
「お父様は今、どちらに?」
「奥様とご一緒に、お客様をおもてなしなさっております。お客様が大勢いらっしゃいましたので急遽、ホールを解放いたしました」
それでこの、お茶とお酒というミスマッチな状況。モニカはワゴンに乗せられたそれらを見ながら納得する。ホールは、パーティー状態だと思ったほうがよさそうだ。
(そんな場所に、いきなり先生と二人で現れたら、ますます騒ぎになりそうね…)
モニカは、両親を呼ぶようメイドに伝えてから、カリストと一緒に使用人用の階段を使って二階の応接室へと向かった。
すぐにモニカのもとへとやってきた両親は、部屋へと入るなり、膝まづいてモニカへと祈りを捧げ始めた。
(またこれ……)
両親はもしかしたらと思っていたけれど、例外なく両親も女神オーラに当てられている。
せっかくモブから抜け出して家族らしくなってきたところだったというのに、また振り出しに戻った気分だ。
「慈愛の女神様とは知らず、今までのご無礼をどうかお許しください」
「そんな……、私はお二人の――」
「しかしながら、私たちの娘であることには代わりございません。どうかお許しいただけるなら、これからも、モニカと呼んでも良いかい?」
にこりとほほ笑む両親を見て、モニカはほっと安心する。モブだったために認識されにくかった頃でも、両親はモニカを忘れつつも思い出した時には愛情を注いでくれた。
そんな両親だからこそか。モニカがどのような存在になろうとも、愛情だけは向けてくれるのがうれしい。
「はい。今の私にとってお二人は、かけがえのない両親です。これからもお父様、お母様と呼ばせてください」
「ふふ。女神様の母だなんて。初めにモニカを産んだ女神様に叱られないかしら」
「女神は皆、天界を支えている天樹から生まれ、天使に育てられるので、両親は存在しないのです」
「まあ。それなら安心ね」
母とほほ笑み合っていると、隣に座っていたカリストが驚いたような表情を浮かべていることに気がつき、モニカは首をかしげる。
「先生……?」
「モニカは、女神だったころの記憶を取り戻したのか?」
「はい。魔獣王が消滅する際に置き土産として、私の記憶を復活させてくれました」
「そうか……」
「どうかしました?」
「いや……」
(先生、どうしたんだろう……)
その後。カリストが早速、王子としての地位を利用し、レナセール家に集まった貴族たちを解散させた。
これで騒動は収まったと思ったが、翌朝。またもレナセール家の門の前には大勢の人が集まり出していた。
昨夜は貴族だけだったが、一晩のうちに平民にも知られつつあるようで。熱心な信者から、ただの野次馬まで、さまざまな理由で訪れている様子。
これではおいそれと外へは出られそうにない。
「どうしよう。これでは、学園へ行けないわ……」
今日は普通に授業を受けたあと、放課後に皆で神殿へ挨拶へ行く予定だったが。とてもじゃないが、あの混雑の中で馬車を動かすわけにはいかない。
窓の外を眺めながらモニカが悩んでいると、急に門の外にいる人たちが道を開けるように左右に分かれていく。
不思議に思いながら見つめていると、その開いた道を悠々と騎乗して進んできたのは、まさかのルカ。
ルカのあとに続いてフエゴ騎士団の姿も。そしてフエゴ騎士団が護衛しているのは、見るからに王家だとわかる豪華な馬車だった。
いくら女神に熱狂していようとも、あのような隊列が迫ってくれば、人々は驚いて道を開けるに決まっている。
ぽかんとしながら見つめていると、モニカの目の前にぽんっとルーが現れた。
「モニカおはよう! みんなで迎えにきたよ!」





