130 モニカの守護者23
王妃はカリストを見つけるなり、涙を浮かべながら駆け寄り、カリストへと抱きついた。
「ああ、私のカリスト! やっと本当のカリストが戻ってきたのね!」
その王妃の姿を誰よりも驚いたのは、国王だ。
「王妃……。大丈夫なのか…………?」
「なにがですか? それより早く、陛下もこちらへいらしてくださいな。やっと家族四人がそろったのですよ」
「立派に成長したわね」と王妃は喜びながらカリストの頭をなでている。カリストが生まれてからこれまで一度も、我が子を怖がり触れようとしなかった彼女が、自ら望んでカリストに母親の愛情を注いでいる。
このような日が来るとは夢にも思っていなかった。これはもう奇跡としかいいようがない。
国王はちらりとモニカへと視線を向ける。
「神の 御業…………か」
そう呟いた国王は、決意を固めてカリストのもとへと向かう。
喜んでいる表情を浮かべているのは王妃とブラウリオだけで、カリストは感情を表に出すことなく国王を見つめている。
当たり前だ。このような形で虐げてきた両親に迎えられて、本人が喜んでいるはずがない。
それでも王族としての体裁は保たねばならない。
「カリスト。我が息子よ。よくぞ試練を乗り越え、元の姿を取り戻した」
国王がカリストにねぎらいの言葉をかけると、法廷の各所から声が上がる。
「陛下が、ビエント卿を息子だとお認めになったぞ」
「王妃殿下も、家族とおっしゃっていた」
「っということは、お二人のご長男であられるのか?」
王妃がカリストを受け入れたなら、もう隠す必要もない。国王は傍聴席へと向けて声を上げる。
「皆が予想しているとおりカリストは紛れもなく、私と王妃との間に生まれた子だ。王家には代々、魔獣王から受けた呪いを持って生まれる子がおる。皆も今まで気にはなっていただろう。歴史的に見ても、長男が王位につかない場合や、結婚せずに隠居生活を送る王族が多かったことに。それらはすべて呪いのせいだったのだ。カリストには王宮の外で自由に暮らさせるため、乳母の養子にさせていた。――だが息子は、その苦難を乗り越え、何世代もかけて少しずつしか解けなかった呪いをすべて解くことに成功した!」
状況を理解した傍聴席から割れんばかりの拍手が起こる。皆はカリストの境遇を、呪いを受けた者に課せられた試練のように思っているようだ。
けれど実際は異なる。両親さえ呪いを受け入れていれば、王族として普通に暮らすことだってできたはず。
それを美談にすり替えられようとしているのが耐えられなくて、モニカは声を上げようとする。しかしそれを、カリストに止められた。
「先生……。なぜですか」
「これでいいんだ」
「ですが、これでは先生が報われません」
「俺たちの今日の目的は果たしつつある。ここで水を差す必要もないだろう」
「それに」と、カリストはモニカへと耳打ちする。
「権力さえ手に入れてしまえば、あとからどうにでもできる」
それを聞いたモニカは一気に気が抜ける。カリストはこのような場でさえマイペースだ。そういう性格にいつも救われているのだが。
カリストはぽんっとモニカの頭をなでてから、国王の前へと進み出て、そこで片膝を床につけた。
「呪われた子に課せられた試練を乗り越え、ただいま帰還いたしました。どうか、王族としての復帰の許可を」
この茶番に乗ったカリストに気をよくした国王は、満足そうにうなずく。
「うむ。王族として復帰し、王子の地位に就くことを許可する」
カリストの気持ちを置き去りにした形となってしまったが、そもそも彼は家族との和解までは考えていなかったのかもしれない。
カリストが牢屋で願ったことは、簡単に虐げられない地位をえること。王族としてモニカを守りたいということだった。
そう考えていると、ブラウリオが嬉しそうにカリストへと声をかける。
「今日からまた、兄上と呼んでも良いですか!」
「ああ。ブラウリオにそう呼ばれるのは久しぶりだな」
カリストの表情が緩んだ瞬間をモニカは見逃さなかった。
(ふふ。先生も、なんだかんだでブラコンよね)
両親には期待していないカリストだが、弟との関係は大切にしている。これから公に兄弟としてふるまえることだけでも、今回はカリスト自信のためにもなったようだ。
ほほえましく二人を見ていると、国王が息子たちとひそひそと話を始めて、なぜかちらちらとモニカを見てくる。
おおかた、モニカが本当に女神かどうか二人に確認しているのだろう。
(この様子なら、私も女神だと認めてもらえそうね)
それば済めば、この裁判も終了だ。さすがにいろいろとありすぎて疲れてきたので、早く休憩してブラウリオが用意してあるあみだくじスイーツでも食べたいな。
そう思っていると、王家四人がそろって、モニカの前へと整列する。
そしてなぜか、全員が膝まづいて、モニカへと向けて神に祈る姿勢をとるではないか。
「あのっ」
「かつてこの地を救ってくださった、慈愛の女神モニカ様。再びこの地へご降臨くださっただけではなく、魔獣王の呪いを解いてくださったこと。感謝の言葉もございません。女神様への祈りによって、どうかこの気持ちをお受け取りくださいませ」
王家四人が祈りを捧げる姿にならって、法廷にいる全員が祈りを始めた。
(皆の祈りが、力として流れ込んでくるわ……)
今まで、国民が女神へと祈りを捧げてもこのような感覚は得られなかったが、皆がモニカを女神だと認識したことで、信仰対象が天界にいる女神から、モニカへと戻ったようだ。
これで名実ともにモニカは、かつてこの地を救った女神として認められたと言えよう。





