13 アイテム作成1
「先生しか教えてくれそうな方がいないんです。お願いします!」
「刺繍は、貴族令嬢のたしなみだろう。親は何をしていたんだ?」
それについては、どう返すべきか。モニカは言葉に詰まった。
両親はモニカの教育を、おろそかにしていたわけはない。勉強を教える家庭教師のほかにも、礼儀作法の先生、刺繍の先生、音楽の先生、馬術の先生など、貴族令嬢に必要な知識を学ぶための教師をひと通り雇ってくれた。
けれど、モニカの体質上、それらの授業はまともにおこなわれたことがない。
「その……。先生にとって私は、目立つ存在みたいですが……、精霊を通さず目で見ている方々にとっては、違うんです……」
「ほう……」
カリストとしても、その違和感に気づいていなかったわけではない。
何よりも、モニカが倒れていたあの日。周りに人がいたにも関わらず、誰一人として彼女を助ける者はいなかった。
学園内の設備に不備があったせいで、貴族令嬢が怪我をしたとなれば大問題になる。学園の職員ならば血相を変えて飛んでくるものだが、駆け付けたのはカリスト一人だけだった。
その後カリストは、自分が助けた学生がどうなったのか気になっていたが、彼女の担任に聞いても要領を得ず。彼女が復学したあの日まで、情報を得ることは叶わなかった。
それからなんとなく彼女を気にするようになったが、モニカはいつも一人きりだった。入学早々に休学していたので、友達作りに乗り遅れたのかと思っていたが。
それら全ての理由が、彼女の言う事情によるものならば――
ちらりと、彼女の手に視線を向けてみると、そこにはリクエストしていたバケットサンドの気配がある。
カリストが喜ぶお礼まで用意するとは、よほど困っているようだ。
「この時間はちょうど小腹が減るんだ。毎日、持って来いよ」
秘密の商談でもするかのように、意味ありげに微笑むカリスト。モニカは理解できずに目をぱちくりさせながら考えたが、あっ……。と思い出して、自分が手に持っている箱を見つめた。
(先生には、箱の中身がわかるのね)
教わったお礼に、さり気なく渡すつもりだったが。彼にはバレバレだったようだ。エサで釣っているような感じになってしまい少々、恥ずかしい。
けれどカリストは、モニカのお願いを叶えてくれるようだ。
自分の体質についてどう説明すべきか困っていたモニカとしては、ありがたい状況。ほっと胸をなでおろしながら、カリストに向けて笑みを浮かべる。
「ありがとうございます先生」
それからモニカは毎日、ルカとカリスト、二人分のバケットサンドを用意して登校。お昼休憩にルカへ。放課後はカリストへと差し入れをおこなった。
このバケットサンドは、いくら渡しても好感度と信頼度が上昇しているようには思えないが、コミュニケーションの材料としては非常に役立ってくれている。
何より二人ともすごく喜んでくれるので、モニカとしても作りがいがあった。
そうして、三日が過ぎた頃になってモニカは、ある重大な事実に気づかざるを得なかった。
「モニカ………………。刺繍の才能が無いな」
課題に出された刺繍をカリストに提出すると、彼は可愛そうなものでも見るかのように、モニカの刺繍をなでた。。
「まだ三日ですよっ。そんなに早く諦めないでくださいっ!」
「諦めるかどうかはモニカ次第だが、俺が目指すレベルにまで導いてやれる自信がない」
教師という職業に、自信と誇りを持っているように見えるカリストが、そのように弱音を吐くとは。
「そんなにひどいですか……?」
今日のロングアンドショートステッチは、なかなか上手く刺せたとモニカは自分自身で満足していたというのに。
「ステッチは上達したが……。刺繍には、技術のほかに美的センスが必要だ。俺はネコを刺繍するよう課題を出したが、まさかケルベロスになるとはな……」
ケルベロスとは、頭が三つある犬型の魔獣。
「ケッ……違いますよっ。かわいいネコちゃんですっ」
「どこがだ……。頭が三つある獣にしか思えないが」
「うっ……」
実のところ、モニカは参考図案から少しだけ改良を加えていた。
参考図案の猫が割とリアルだったので、前世で言うところのゆるキャラっぽく可愛い雰囲気を出したかったのだ。
「……耳が、大きいほうが可愛いかなぁと。……えへへ」
素人考えで大きくした耳に、これまた素人考えで小さなリボンを両耳につけてみた。改めて見るとその赤いリボンが、口に見えなくもない……。
「個性的なセンスは、嫌いではないよ」
カリストは笑いをこらえるようにしながら、机の引き出しを開けて小さな額縁を取り出す。そしておもむろに、モニカの失敗作を額縁にはめこんだ。
「先生、それも飾るつもりですか……?」
「可愛い生徒の作品だからな」
モニカが作った刺繍は、なぜか全て額縁に入れて壁に飾られている。
初めて刺した花の刺繍は、自分で見てもステッチがぐちぐちゃでひどい有様で。その次に刺した葉の刺繍は、ステッチを完璧にしようと力が入りすぎて、布が吊りまくってしまった。
どれも失敗作なのに、カリストはなぜか気に入っている様子。
(恥ずかしいから、この研究室に人があまり来ませんように……)
そう願ったところで、モニカはふとゲームのことを思い出した。
「……ところで先生。リアナ様は、こちらに遊びにはいらっしゃらないのですか?」
カリストと交流を深めるには放課後が最適だが、モニカがここで刺繍を習っている間、一度もリアナは訪れていない。
「聖女か? 特に交流はないが。どうかしたか?」
(ヒロインは鉄板ルートを進んでいるかと思っていたけれど、風属性は先生以外のキャラを攻略しているのかしら?)





