129 モニカの守護者22
(わあ。なんて力なの――)
一度は手にした、精霊の力。あの時は、この身体では受け止めきれなかった。それが今は、いくらでも扱えそう。
それが守護者を得ることの重要性だったのだ。属性を持つ守護者が、精霊の力を蓄える器となることで、モニカは身体に負担なく精霊の力を扱える。
(それに、私を根底から支えてくれるような力。これはリアナちゃんね)
聖女が女神へと祈りを捧げることで、女神の力が強化されている。今までは、誰もモニカが女神だと思いもしていなかったので、このような力は得られなかったが、これからはモニカを女神だと信じる者たちが支えてくれる。
(これならきっと、いけるわ)
確かな確信を得たモニカは、カリストへと向き直った。
「先生。これから、先生にかけられた呪いを解きます。心の準備はよろしいですか?」
「頼む」
カリストは両ひざを床へとつけると、モニカを仰ぎ見る。
今も呪いの煙が目から噴出し続けているので、彼のグレーの瞳を見ることは叶わない。
彼の精霊のおかげで、カリストの周りにいるモニカたちも、カリストの目が見えないことをあまり意識することなく、これまで一緒にいることができた。
けれど、本人たちにしかわからない苦労もあったはずだ。その苦労からやっと解放してあげられる。
「慈愛の女神よ」
しかし、モニカの意気込みを打ち消すように、頭上から声がかけられた。
カリストがひざまずいているせいで、魔獣王との距離も近くなってしまった。まがまがしさを頭上に感じながらモニカは、魔獣王を見上げる。
「……なにか?」
「さみしいな。これから我は消滅するというのに、別れの言葉もないのか」
「ありません……。私、あなたのことはあまり覚えていないので」
当時の記憶はわずかに思い出したが、それは主に自分のことや、勇者のことだ。魔獣王との戦いの過程で、どのような対話をし、どのような感情を抱いたかまでは思い出していない。
「それは残念だ。まあ最後に面白い余興を見せてくれたから、置き土産でも残していくか」
「皆に迷惑をかけるようなことはもう、やめてくださいよ……」
人々を混乱に陥れるような力はもう魔獣王には残っていないが、言葉で人を惑わすくらいはいくらでもできるはずだ。
「今からなにか仕掛けても、消滅したら見られぬではないか。そうではなくて、女神が気になっている情報だ」
「えっ? それって」
「我の気が変わらぬうちにやれ」
「はっはい」
(きっと過去の記憶よね)
今の魔獣王にできるのはそれくらいのようだし、モニカとしても女神の人生を終えた理由は気になっていた。
せかされたモニカは、慌ててカリストへと向き直る。
「先生、始めますよ」
小さくうなずいたカリストの前へと、モニカは両手を突き出した。
皆から送られてくる力を集めるようにして完成させた魔法陣は、今までにないほど精密で完成度の高いものだ。
(これなら絶対に、できるわ!)
最後に自分自身の力も込めて、モニカは呪文を唱える。
「 浄化 」
すると、カリストを包み込むように聖なる光があふれ。
それと同時に、モニカの心にも、過去の記憶が舞い戻ってきた。
呪いを受けた勇者を残して展開へと戻ったモニカだったが、すでに勇者を愛する気持ちは全知全能の神に知られていた。
全知全能の神への捧げものであるモニカを惑わしたとして、勇者は殺されそうになるが、モニカが自ら罰を受けると申し出たことで、勇者を救うことはできた。
けれど、全知全能の神が下したモニカへの罰は、女神としての人生を終了し、異世界へと魂を飛ばすことだった。
それを受け入れたモニカは、女神としての記憶を維持したまま、異世界の人間として新たに生を受けた。
けれど勇者が受けた呪いが心配で、どうにか元の世界へと戻る手段を見つけようとしたがそれも叶わず。
転生を繰り返すうちに、女神としての記憶も薄れ、完全にただの人となっていたころ。
モニカはとある、乙女ゲームと出会った。それは、聖女が学園生活を送りながら守護者を得て、成長するストーリー。
その攻略対象の一人を気に入り、熱烈なファンとなった影響か。今世はこの世界へと戻ることができたのだ。
(ルカ様がきっかけで、私は目的を果たすことができたのね)
『推し』とは時に幸せ以外にも、勇気だったり、きっかけや、出会いなんかも与えてくれる。推し本人の意思ではないにしろ、推しと関わることで、新たな一歩を踏み出させてくれる。
モニカにとってそれは、記憶が薄れていき消えてしまった過去を思い出すこと。
推し活の過程で、この世界をより深く知り、ここまでくることができた。
そして、推し活がなければ、カリストともここまで深い関係にはならなかっただろう。
浄化魔法が完了すると、カリストの目からは呪いの煙は消え。グレーだった瞳は、エメラレルドグリーンに耀き出す。
そしてカリストは、 眩しそうに笑みを浮かべながらモニカの頬へと両手を伸ばしてきた。
「先生、見えていますか? 眩しいですか?」
「見えている。世界で一番美しいものが目の前にあって、驚いているところだ」
「せっ……先生はまだ、私の顔しか見ていないじゃないですか。なぜ世界で一番ってわかるんですか」
「見なくてもわかる。世界で一番好きな人の顔なんだから」
「っ……!」
ゲームでカリストの目が見えるようになったときとは、このような発言はしていなかった。ただひたすら、見えるようになったことを喜び、ヒロインに感謝していたが。
まあ、モニカがプレイしたのは、守護者としてのカリストだけれど。
目が見えるようになった喜びを、このように表現してくれるとは思いもしていなかった。
「私も、世界で一番好きな先生の目が見えるようになって、うれしいです」
「ありがとうモニカ」
モニカを目に焼き付けるようにして見つめたカリストは、それからやっと辺りへと視線を向けながら立ち上がった。
「皆にも感謝する。おかげで目が見えるようになった」
「おめでとうございます先生!」
真っ先に祝福したのはもちろんブラウリオだ。先ほどからモニカの背後で、うずうずしている気配があったのだ。
「ブラウリオの顔もやっとみられたな」
「うれしいです先生! 先生には見ていただきたいものがたくさんあって――」
きゃっきゃとはしゃぐブラウリオと、それを楽しそうに聞いているカリストの様子を見ていた傍聴席からは、次第に疑惑の声が上がり始める。
(さすがに二人が並ぶと、皆も気づいちゃうわよね)
国王によく似た容姿を持つ二人が並んでいるのだ。気づかないほうがおかしい。
「あの……。もしかして先生は、ブラウリオ殿下のご親戚ですの……?」
その疑問を最初に口にしたのはミランダだ。
「っつーか似すぎじゃね? もしかして二人って……」
ルカは、ミランダでは聞けなかった部分にまで踏み込もうとしている。
「国王陛下にはご兄弟がおられませんし、先王の兄であられた故大公殿下もお子様がおりませんでした。それよりも遠い親戚で、これほど似るのは難しいかと」
ロベルトがそう分析すると、ルカは「うわぁ~」と声を上げながら頭を抱える。
「まじかよ。俺ってもしかして、王族不敬罪で罰せられるんじゃねーの?」
「はは。ルカは普段から、俺に対しても割と無礼じゃないか。それくらいでは罰せられないよ」
ブラウリオが苦笑いしていると、傍聴席から声があがった。
「王太子殿下、我々にもご説明を願います! カリスト・ビエント卿は王家の血筋なのでしょうか!」
「それは私からよりも、国王陛下からご紹介されたほうがよろしいでしょう」
幸せいっぱいな笑みを浮かべているブラウリオからバトンを渡された国王は、苦虫を嚙み潰した表情を浮かべる。
この期に及んでカリストを、遠縁ですらないとは言えない。国王すらカリストの本当の容姿を忘れていたが、成長したカリストはますます国王に似てきているのだから。
認めざるを得ない状況だが、これを認めれば王妃はどうなってしまうのか。名前を聞いただけでパニックになる妻には、これ以上の負担はかけられない。
その時。法廷の出入り口が大きく開かれ、王妃が駆け込んできた。
「私のカリスト! カリストはここなの?」





