127 モニカの守護者20
(ついにルカ様が守護者になるのね)
前世の記憶が戻ってから、ずっとこの日を夢見てきた。
モニカが望んでいたのは、彼がヒロインの守護者になることだったので、思い描いていた未来とは異なるものとなったが。
それでもルカは、モニカの夢を叶えようと、人生設計には含まれていなかった守護者になることを決意してくれた。
「ルカ様、心の準備はよろしいですか?」
「おう。暗記した言葉を忘れねーうちに、早く済ませようぜ」
ルカらしい言葉とともに、彼はモニカへと両手をささげる。その手にモニカが片手を添えると、ルカはモニカの手の甲に額を預けながら、誓の言葉を述べ始めた。
「私、ルカ・フエゴは、女神モニカ・レナセール様の守護者となり、いついかなる時も女神様を守り抜くことを誓います」
誓いの証としてルカがモニカの手の甲へと口づけすると、モニカの身体にはルカの力が流れ込んでくるような感覚に包まれる。
モニカにとっては懐かしい、かつては自分の精霊であり、今はルカの精霊となったルーの火の力だ。
モニカは口づけされた手を、もう一方の手で包み込み、大切そうに胸元へと持ってきた。
「ルカ・フエゴ。汝の誓を受け取り、私モニカ・レナセールの守護者となることを許可します。誓約の証として女神――の祝福を授けます」
聖女が述べる場合は「女神様を代理して祝福を授けます」となるが、モニカは代理する必要がない。その違いに気がついた者たちが「おお」と歓声を上げている。
「 誓約 」とモニカが呪文を唱えると、モニカの前に体を覆うほどの大きな魔法陣が出現する。その魔法陣をルカに授ければ、儀式は終了だ。
「ルカ様。どちらに印をお望みですか?」
この魔法陣は守護者の印として、体に刻み込まれる。歴代の守護者たちは思い思いの場所に印を刻まれてきた。
ちなみにブラウリオは「俺とリアナだけが見られる場所がいいな」という独占欲丸出しの理由で、服で隠せる胸元に刻まれている。
「そりゃもちろん――」
ルカが顔に向けて指を指しかけたところで、モニカの後ろから、声が聞こえてくる。「口はだめだ」と。
(はい?)
反射的に後ろへ振り返ると、カリストが見透かしたような表情でルカを見つめているではないか。
(さすがにそれは、まぬけすぎよ……)
口の周りに魔法陣が刻まれたルカの顔を想像したモニカは、苦笑いする。
またカリストの嫉妬に巻き込まれてルカに申し訳なく思いながら、ルカへと視線を戻すと、ルカは「チッ」と舌打ちしながらカリストから視線をそらしたところだった。
「へ?」
「モニカ嬢は、ご存じないようですね。歴代守護者の中には、舌に刻印させた変態もいるのですよ」
「ほかにも――」
ロベルトに続いて、ミランダがモニカへと耳打ちする。その刻印場所があまりに十八禁だったので、モニカは顔を真っ赤にさせた。
(こっこの乙女ゲームは全年齢対象なんですけど!)
ブラウリオですらきわどい場所だと思っていたのに、歴代守護者たちは大胆すぎやしないか。モニカは皆がどこを指定するのは、少し怖くなってくる。
そんなモニカを見たルカが、くすくすと笑い出した。
「モニカにそんなことさせねーよ。刻印場所の案を調べていただけで、俺たちも引いたくらいさ」
それを聞いてモニカはほっとする。どうやら皆は、刻印場所をどこにするかいろいろと考えていたようだ。
「俺のは、モニカが指定してくれよ」
「よろしいのですか?」
「俺はモニカが望む姿でいたいからさ」
ゲームの中では、刻印場所はプレイヤーが選ぶことになる。場所によって攻略対象の反応が異なるのも楽しみのひとつだった。
だからこそ、モニカは知っている。ルカは、どこに刻印されると一番よろこぶか。
「でしたら、右の二の腕に刻印させてください」
「おう。頼む」
ルカが右腕を差し出すと、モニカは彼の二の腕に口づけを施した。すると、魔法陣は見る見る間に小さくなり、守護者の印として二の腕に刻まれた。
それを確認したルカは、ふわっと笑みを浮かべる。
「なんか、腕力がアップした気がする。あんがとなモニカ」
刻印にそのような効果はないが、ゲームのルカと同じ反応だ。気に入ってもらえたようでモニカは嬉しくなる。
「ルカ様。私の守護者になってくださりありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「俺こそ。俺を選んでくれてありがとう。俺とモニカは幼馴染で、一緒にいるのが当たり前だと思っていたのに、大人になったらそうじゃなくなるって知って、すげー焦ったんだよ。だから強引にでもモニカのそばにいたくて、ミランダにも迷惑かけたよな。こんな俺を受け入れて、守護者にしてくれたモニカに感謝だし、それを許してくれたミランダにも感謝だ」
うっすら瞳が潤んでいるようなルカの表情を見たモニカは、思わずミランダと顔を見合わせた。
ミランダも驚いている様子。今までのルカは策を巡らせて勝利を勝ち取り、喜ぶ姿は見ていたけれど、涙ぐみながら感謝する姿は初めてだ。
(ルカ様。また少し、大人になったみたい)
「ふふ。私への感謝はあとでたっぷりとお聞きいたしますから、次は私の番ですわ」
ルカの背中をぽんぽんと撫でながら立ち退かせたミランダは、自信たっぷりにモニカの前へと立った。
「私への刻印は、首元にしてくださいませ。ルカ様が刻印に見とれてうっかりキスしてくださるかもしれませんもの」
「いや、しねーし」
ミランダの強さには感服するばかりだ。そんなミランダへの感謝を心から感じた様子のルカにも、そろそろ変化が訪れるとよいのだが。
モニカはそう願いながらミランダとの守護者任命を終え、次にビアンカとロベルトの任命もおこなった。
二人が望んだ刻印場所は、ビアンカが右頬で、ロベルトが左頬だ。
理由は、刻印された頬をすり合わせたら、どのような困難も二人で乗り越えられそうだからだと。かわいいカップルが尊すぎて、CPで推せるとモニカは心の中で泣いた。
「やっと私の番だぁ」
そして、待ちくたびれた様子のリアナがモニカの前へと進み出ると、法廷は空気が一変する。
「聖女様がなぜ?」
「ご自分の番だとおっしゃったぞ」
「まさか聖女様まで――」
その疑問が法廷中でささやかれ始めると、リアナはにやりと笑みを浮かべる。それからモニカへとねっとりとした羨望のまなざしを向けた。
「モニカちゃんを一番輝かせられるのは、やっぱり私なのよね! はあ、モニカちゃん、この世で一番大好きよ。今日から公式的にも、モニカちゃんの一番のしもべは、私になるのよね」
(あれ……。リアナちゃん、待ちくたびれすぎて変なスイッチ入っちゃった……?)





