122 モニカの守護者15
驚くなと言われても無理な話だ。
圧倒されながらカリストを見つめるが、彼の眼は呪いの煙のせいでまったく見えない状態だ。
その煙がなんだか、涙のように見えて。
呪いについて今までモニカにも知らされていない部分があり、その影響でカリストが苦しんでいるように思えた。
しっかりしなければ。モニカは心の中で自分に言い聞かせた。
「こちらも……精霊さんにお願いして、見えなくしていたのですか?」
「いや。女神様――モニカが、呪いを解く代わりとして生きやすいようにしてくれたんだ」
カリストが、愛おしそうにモニカの頬に触れる。
かつて女神だったころのモニカが、勇者やその子孫のためにそのような処置を施したようだ。それが巡り巡ってカリストの役に立っていた。
その頃の記憶はないが、カリストが感謝していることだけは伝わってくる。
(私、先生のお役に立っていたんだ……)
その事実で、だいぶ心が楽になる。カリストには苦痛だけではなかったと。
カリストの顔に触れようとした瞬間、国王が高笑いをする。
「見よ! レナセール嬢が呪いに飲み込まれようとしておる! あれがレナセール嬢をたぶらかしている、悪の根源だ!」
(まさか、これを演出するために先生に指輪をはめさせたの?)
先ほどの国王の「すぐに理解できる 」という言葉を思い出す。国王は事実をうやむやにして、全てを呪いのせいにするつもりだ。
当然、それを聞いた貴族たちは大混乱に陥る。
我さきに法廷から出ようと試みるも、フエゴ騎士団によって出入り口は封鎖されている。
「裁判中は一人も外へ出すな」。それがカリストからルカへの指示だった。モニカが女神だと認知させるには、大勢の目撃者が必要なためだ。
まさか、このような騒ぎになるとは誰も思いもしていなかったが。
「なんだよあの煙! きーてねーぞ先生!」
「本当に呪いなら、モニカ嬢が危険ですわ!」
「モニカは動けなくて困っているのではないか?」
「僕たちで助け出しましょう!」
「まっ、待って皆! あれは大丈夫なの! たぶん……」
ルカ・ミランダ・ビアンカ・ロベルトが駆け出しそうになっているところを、リアナは慌てて止めに入る。
ここでカリストとモニカを引き離してしまえば、昨日の作戦が台無しになる。
「お前なんか知ってんのかよ!」
「大丈夫とはどういう意味ですの!」
ルカとミランダに詰め寄られてリアナはたじろぐ。
リアナが、カリストの事情をブラウリオから聞かされたのは、モニカが女神だと打ち明けたあと。リアナの守護者がブラウリオ一人だけになると確定してからだ。
本当は守護者を四人得たのちに、勇者の子孫の呪いを解くことも聖女の務めだと神殿から説明される予定だったのだとか。
ブラウリオがそれを無視してリアナに教えたのは、聖女には必ず兄の呪いを解いてほしかったからだろう。
そのような事情もあるので、リアナがその事実を知っているのは極秘中の極秘。
それを皆に説明して良いものか。
「えっとだから、モニカちゃんに害があるような呪いなら、先生が近づくはずないよ」
「そんな説明じゃ納得できねーよ! 俺は行くからな!」
「あっ、待ってルカ!」
リアナの引き止めも虚しく、ルカは二階席からダイレクトに一階へと飛び降りる。
「ルカ様! ここは私を抱きかかえて飛び降りるところですわ!」
「ロベルトは、私が抱えて飛び降りようか?」
「こんな高所から飛び降りたら、華奢なビアンカの足の骨が折れてしまいます。階段を探しましょう!」
「だから、待ってよ、みんなぁ~!」
ブラウリオかモニカがいなければ、この集団は統率が取れない。リアナは泣きそうになりながら皆のあとを追った。
「モニカ! そいつから離れろ!」
そう叫ばれながら腕を掴まれたモニカは、驚いて振り返った。そこには血相を変えたルカの姿が。
ルカが強引に腕を引くので、モニカはよろけてしまいカリストから数歩離れてしまった。
すかさずルカがモニカを背に隠して、カリストと対峙したところでやっと、彼がなぜ現れたのか理解する。
「ルカ様! 先生の呪いは、他人に害を与えるようなものではありませんわ!」
「こんな姿を今まで隠してきたくせに、どう信じろって言うんだよ!」
「ルーに聞いてみてください! ルーの言葉なら信じられるでしょう?」
「うっせー! 俺はこんな危険なやつに、モニカを任せたかったわけじゃねーんだよ!」
(ルカ様……)
ルカは今、あの呪いを警戒しているだけではない。信じてモニカを託した相手が、思いもよらぬ姿を隠していたことに、いきどおりを感じている様子。
普段の穏やかなカリストからは、想像もつかない姿。裏切られたとさえ思っているかもしれない。
モニカが皆を守護者にする理由は、リアナをハッピーエンドへと導く手段だったが、もともとはカリストの呪いを解くために精霊を集めようとしていた。
結果的に、皆にも手伝ってもらうことになる。それをもっと早くに話せていればよかったが。国から消された歴史なだけに、そうもいかなかった。
その事情をここで説明しようにも、今のルカでは聞く耳を持ってくれそうにない。今の彼は、幼馴染を守ることで精一杯だから。
これも、女神とモブを調節するバーが中途半端な状態なせいだろうか。
女神になり切れていないせいで、モニカに対する庇護欲だけが増しているように見える。
(今すぐバーを動かすことはできないし……。私の意見を聞いてくれるようにするにはどうしたらよいかしら……)
この状況で、強引に裁判を始めてもらい、発言権を得るべきか。そう考えたモニカは、ふと自分のために用意されている真実の指輪が目に入る。
(もしかして、これをはめれば……)
隠されていたカリストの呪いが見えるようになったように、設定画面によって制限されている女神オーラも、開放されるのでは?
そんな考えが浮かんだモニカは、ルカの意識がカリストへ向いている隙をついて、指輪へと駆け寄った。
「モニカあぶねーだろ!」
ルカが駆け寄る前に指輪を手に取ったモニカは、急いで人差し指にそれをはめる。
すると法廷内は急に、神殿の中にいるような厳かな雰囲気に包まれた。各所で混乱していた人々は急に静まりかえる。
ルカも同じだ。突然、冷静さを取り戻したように立ち止まった。
一階へと降りてきたミランダ、ビアンカ、ロベルト、リアナも、その雰囲気に即座にあてられる。
法廷の中央で、天井から降り注いでいるような淡い光を一身に浴びているのは、見知っているはずの一人の令嬢。
初めは、ルカに庇護されていなければ、気づけないほど地味な令嬢だった。
けれど、あのルカが離さないだけのことはあり、地味ながらも人を惹きつける魅力があり、一緒にいて楽しい女性だと気づいた。
彼女はただ、ルカに庇護されるだけの弱い女性ではなかった。
友人が困っていれば、誰よりも率先して手を差し伸べる優しさ。問題を解決しいようとする行動力。
敵対する者すら魅了してしまう、心の強さを持ち合わせていた。
女神の生まれ変わりだと打ち明けられた際は驚いたが、なぜかすんなりと受け入れられた。それは、それまでの彼女の行動が物語っていたからだろう。
けれど、それは単なる納得で、理解ではなかった。
その理解が今、目に前にある。
衣装負けしてしまうと悩んでいた彼女は、衣装が霞むほどの存在感を手にしていた。
見つめているだけで心が現れるような、清浄の塊。神聖そのもの。
人間などが気軽に近づいてはならない、恐れ多いほどのオーラを称えている。
法廷内の誰もが動けずにいるなか、ロベルトだけがぼそりと呟いた。
「女神様――」と。





