120 モニカの守護者13
「エピソード……。俺には無いと話していなかったか?」
その辺りの説明はカリストにしてある。攻略対象にはそれぞれエピソードが存在し、それを攻略しなければいけないが、初心者用キャラである彼にはそれが存在しない。
ルカのエピソード内容が変更されたように、必ずしもゲームに忠実ではないが、エピソードらしきものをクリアすれば、モブと女神を調節するバーが動くので、エピソードとして存在していることは確かだろう。
そして、この苦難もエピソードと考えるならば――。
「今回のエピソードは、ブラウリオ殿下のものだと思います」
「ブラウリオの……?」
「殿下のエピソードは、とても曖昧な内容でした。殿下は、自分が王位を継ぐのは相応しくないと悩む時期がありまして、ヒロインが先生に相談することで、解決の糸口を見つけるんです」
カリストが王族であることは巧妙に隠されていたのでモニカは今まで、ブラウリオが悩んでいた理由に関しては気にもしていなかった。
けれど今なら理解できる。
ブラウリオは、大好きな兄を差し置いて自分が王位を継がなければいけないことに悩んでいたのだ。
そして、兄の助言によってその悩みから脱却する。
きっと今が、そのエピソードの最中だ。
リアナよりもモニカのほうが神聖力が強いことが発覚したので、国王はブラウリオとリアナの地位を守るために、カリストとモニカを拘束までした。
もとからカリストが王太子ならば、このような事件は起きなかった。
自分の地位を守るために兄が犠牲になっている状況を、ブラウリオは悩んでいるはずだから。
「おそらく、ゲームには存在しない私がヒロインよりも目立ったせいで、国王陛下を余計に刺激して、ブラウリオ殿下を悩ませてしまったんです。そのせいで、被害を受ける予定ではなかった先生にまで……」
女神であることを公表すれば、ゲームにはない困難が立ちはだかるであろうことは覚悟していた。
それでも皆の理解を得てここまでこられたが、まさかカリストの心を傷つける事態になるとは思いもしていなかった。
彼が王族であると気づいた時から、もっと慎重に動くべきだった。
モニカが思いつめた表情でうつむいていると突然、カリストに抱き寄せされる。
「モニカのせいではない。国王と王妃はずっと俺の呪いを恐れていて、いつか俺が復讐して王位を簒奪すると思っているんだ。たまたまブラウリオのエピソードにあいつらの恐怖心が乗っただけさ。――モニカが言うとおり、エピソードの影響だと思えば、悲しむ必要などないな」
慰めていたつもりが、いつの間にか慰めらる側になってしまった。
今、辛いのはカリストのほうなのに、もっとしっかりとしなければ。
「ブラウリオ殿下のエピソードをクリアするつもりで、今回も乗り切りましょう」
笑みを浮かべながらカリストを見ると、彼は真剣な表情を浮かべながらモニカから離れる。
「いいや。今回のエピソードは俺のだと思うことにする」
「え?」
「ゲームの俺にエピソードがない理由は、初心者用であることのほかに、ブラウリオのエピソードがクリアされることで俺の悩みも消えるからだ。今までの俺は、ブラウリオが王位を継ぐことが望みだったから」
なるほどと感心しながらモニカは彼を見つめる。二人の悩みは同じだからわざわざ二度もエピソードを繰り返す必要はなかったと。
けれど、自分のエピソードにするということは、二人の悩みが異なることになる。モニカの疑問の答えをカリストが続けた。
「けれど俺はもう、影を潜めて弟の幸せを願うだけの人生ではいられない。モニカと一緒に人生を歩むには、女神様を守るに相応しい権力が必要だ。簡単に切り捨てられるような男爵家の養子でなはく、王族としてモニカを守りたい」
モニカは驚きながらカリストを見つめた。
彼がこれまで頑なに拒んでいた、呪いの解除。それを今、彼は自ら望んでいる。
「良いのですか……? それだとお二人が……」
「今の時点で俺が王族として復帰することになれば、ブラウリオを余計に悩ませてしまうな。だが俺が求めているのはモニカを守れる地位であって、王位ではない。ブラウリオのエピソードもちゃんとクリアできる」
カリストにはもう迷いはないようだ。
切実に望んでいるその表情にモニカも真剣にうなずき返す。
「先生の呪いを解くためには、さきに皆を守護者にしなければなりませんわ。それに、陛下が先生を息子だと認めざるを得ないだけの状況も。皆と話し合う必要がありますね」
「だが裁判が終わるまでは会えそうにないな。看守に賄賂を渡してブラウリオを呼ぶしか……」
カリストの案も悪くないが、モニカはにこりと笑みを浮かべながら片耳に垂れ下がっているピアスを指で揺らしてみせる。
「ふふ。そんな危険を冒さなくても大丈夫ですよ。先生はこちらをお忘れですか?」
ルカとお揃いのピアス。これを使えばルーにお願いしてルカと連絡を取り合える。
名案だとモニカは思ったが、なぜかカリストはため息をつく。
「嫉妬の対象に助けられる日が来るとはな」
「ピアスに嫉妬していたんですか?」
「モニカの最愛の推しからのプレゼントだからな」
そしてカリストはなぜか、ピアスをしていないほうのモニカの耳たぶをふにふにと指で触り出す。
「こちら側は、俺のために残してあるんだろう?」
そして耳元でそう囁いてから、今度は唇と舌で耳たぶを弄び始めた。
今までこんなことされた経験がないモニカは、一瞬にして顔に熱を帯びる。
「せっ先生……!」
「答えてくれないのか?」
「そっそうです……。先生のために…………んっ」
くすぐったすぎて思わず変な声が出たモニカは、慌てて口を両手で押さえる。
(同じことを願ったミランダ嬢も、こんな大胆なおねだりはしなかったのにっ)
やりすぎだと思いながらカリストを睨むと、彼はくすくすと笑い出す。
「悪い、やりすぎた。モニカの反応が可愛くてつい」
初心者用キャラなのに、「つい」でこんないちゃいちゃを繰り出さないでほしい。
モニカは納得いかない表情を浮かべるが彼は、気にしていない様子。「モニカの許可も得られたし、早くここから出たいな」と、どのようなピアスがモニカに似合うだろうかと、楽しそうに考え始めた。
何はともあれ、牢屋に入れられたばかり時よりだいぶ彼の心は回復したようで、モニカはほっとする。
モニカとしても、早くここを出て通常の生活に戻りたい。
そのためには裁判で優位に立たなければ。
それを相談するためにルカのピアスに触れて、ルーを呼び出した。





