118 モニカの守護者11
王妃の寝室へと入ると、室内は暗い状態だった。昼間だというのにカーテンは閉めきられ、明かりすらつけられていない。
その状態で王妃は、ベッドの中でうずくまって震えていた。
今日はいつにも増してひどい。
国王は再びため息をついてから、心配そうに付き添っていた侍女たちを下がらせた。
二人きりになってから国王は、彼女を怖がらせないように「アンナ」と呼びながら王妃のベッドへと腰を下ろす。
すると王妃は、ガバッと起き上がると、恐怖に駆られた表情で国王に抱きついた。
「あなたぁ! カリストが王宮に来ているのでしょう? きっと私を殺しに来たんだわ! 助けてくださいませ!」
「……心配するな。カリストは母を恨んではおらん。今日はアデライトの頒布会に参加していただけだ」
「本当ですか……?」
「本当だ。ただ……、王位を簒奪する気配があったので、地下牢に捕らえた。もう心配する必要はない。なんなら、捕らえられている姿を見に行くか?」
「あの呪いは、鉄格子などすり抜けてしまいますわ! あああ! 呪いだけ私のところまでやってきたらどうしましょいう!」
「地下牢の入り口には厚い鉄の扉がある。いくらあの呪いでも、鉄の板をすり抜けたりはしないさ」
再び怯えだしてしまった王妃をなだめながら、国王はこの状態にうんざりしていた。
それもこれも全て、伯父のせいだ。伯父が死に際に、あのようなトラウマさえ植えつけなければ。
――それは国王が結婚したばかりの頃にさかのぼる。
当時。国王は、父親が早くに亡くなってしまったので若くして王位を継いでいた。
父は死に際に「お前の伯父が王家の真実を継承している。必ず会いに行って、その目で確かめるんだ」と遺言を残した。
伯父は病弱だったために、長男であるにも関わらず王位を継ぐことなく、北の大公領に引きこもっていた。
王家にはたびたび、そのような者が現れる。その理由が気にはなっていたが、王位継承の行事で忙しく、国王は次第に父の遺言を後回しでよいと考えるようになる。
まずは身を固めろと大臣たちがうるさいので、国王はかねてからの婚約者であるアンナと結婚した。
すぐに子宝も宿り幸せだった頃、忘れかけていた伯父が病に倒れたと知らせが届き、二人は北の大公領まで赴くことになった。
そこで初めて会った伯父は、とんでもないものを二人に見せてきたのだ。
この国では罪人の裁判の際に、偽りない姿を証明させるために『真実の指輪』というものをはめさせる。
それをなぜが伯父も所持しており、その指輪を笑いながらはめた伯父は、両目から黒い煙を吐き出し始めた。
「お……伯父様……これは……」
「これは王家の直系に代々受け継がれている呪いだ! いいか、よく聞け! 俺はもうすぐ死ぬ! この呪いは確実に、お前たちの息子に受け継がれるだろう! お前はその子に王位を譲るか? それとも俺のように辺境へ閉じ込めるか! すぐには殺すなよ? 殺したところで、次の子に受け継がれるだけだからな!」
伯父はそう言い募ったあと、毒を煽ってその場で息絶えた。
同時に呪いの煙は消え、見えるようになった伯父の瞳はギラギラとしていて、とても正気な人間とは思えなかった。
王妃は自分のお腹に呪いが移ったのだと悟り、その場で悲鳴を上げて倒れた。
そこで国王は気がついた。伯父は最後に、甥に会いたかったわけではなかったのだ。
この北部の辺境に伯父を閉じ込めた王家に対して、恨みを晴らすために国王を呼び寄せ、わざわざ身重の妻の前で毒を煽って呪いを移す。
それこそ伯父の最大の復讐だったのだろう。
王家の子どもは、生まれるまでは極秘に扱われ、出産に関することはビエント家が一任している。
その理由は、王家の血筋は死産や流産が多いので、国民に余計な負担をかけさせないためだとされてきた。
けれど真実は、呪いのせいだったのだ。呪いを受け継いだ子に王位を受け継がせたくなかった王家は、伯父のように隠居生活をさせたり、隠して育てたりしてきたのだろう。
その事件のあとになって国王は、王家の秘密書庫から勇者に関する歴史書を見つけ出した。そこに書かれていた勇者と女神の物語を読んで、国王は少し気持ちが和らいだ。
あの呪いは、何か悪いことして受けたものではない。国を救った証、女神を守った証だ。
だから、私たちくらいは呪われた子どもにも、愛情を注いで育てよう。
王妃の心を壊さないためにも、そう慰めるしかなかった。
けれど実際にお腹に呪いを抱えている彼女は、楽観的に考えることはできなかったようで。ひたすら流産を願っていたが、これも呪いのせいなのか。過度なストレス状態に置かれていても、お腹の子はすくすくと育ち、正常に出産を終えた。
見た目は可愛い男の子で、呪いは伯父のただの脅しだったのではと思えるほど。
この瞬間だけは国王も王妃も、カリストが生まれたことを喜び、愛情を向けていた。
けれど祝福を授けにきた聖女と教皇が、カリストは間違いなく勇者の呪いを受けた子だと宣言した。
その言葉をどうしても信じられなかった国王は、すぐに真実の指輪を持ってこさせた。
けれど、その場で確認すべきではなかったのだ。せめて、王妃がいない場でおこなうべきだった。
そこまでの心の余裕がなかった国王は、王妃がいる前でカリストに指輪をはめてしまう。
生まれたばかりの子どもの目が黒い煙に覆われる姿を目にした王妃には、二度目のトラウマが訪れた。
結局。王妃は育児放棄どころか同じ宮殿で生活することすら恐れてしまったので仕方く、王宮の奥に小さな家を建て、そこにカリストを住まわせ乳母のソフィアに育児をさせた。
辺りを柵で隔離して、呪いの壺を保管していると噂を流したため、誰にも知られることもなかったが、国王にはさらなる問題が浮上していた。
王妃があの状態では、次の子が望めるとは限らない。この国では側室を認めていないので、もしも国王の息子がカリストだけで終わった場合は、呪われた子だとしても王位を継承しなければいけない。
そのため国王は、カリストを隠して育てながらも、後継者教育は施すことにした。そこで気づいたのは、カリストが思いのほか優秀であること。
それを知れば王妃も、少しは考えが変わるかもしれないと思い、勉強の成果を発表する場を設けたりもしたが、王妃にとってはその成長がむしろ恐怖となってしまった。
知恵をつければつけるほど、恐ろしい方法で、自分を苦しめるのではないかと。
そんな生活を何年も続けていれば、国王も徐々に王妃の考えに引きずられるようになる。
カリストは実は、伯父の生まれ変わりで、今度こそ王家に復讐しようとしているのではないか。
馬鹿げた考えだったが、カリストが優秀さを見せるたびに、いつか酷い復讐をされる恐怖に駆られていった。
このような息子を王位につかせるわけにはいかない。
その考えだけは一致した国王と王妃は、なんとか十年越しに、次男であるブラウリオを授かったのだった。
改めて思うと、なぜこんなにもカリストを恐れていたのか。
先ほどのモニカ・レナセールを思い出しながら、国王は改めて自分たちが過剰だったのではと思い始める。
なぜかあの娘を見ていると、呪いに惑わされていた心が正常に戻っていくような気分にさせられる。あれこそ、本当の聖女の力なのだろうか。
本当はあの娘のように、カリストを受け入れたかったはずなのに。気づけばカリスト本人よりも、呪いや伯父の影ばかりに目を向けてしまう。
今回のことは、過剰に反応しすぎたかもしれない。裁判では、どうにか二人を引き入れる方向で穏便に解決しなければ。
そう考えていると、突然に寝室のドアが開き、ブラウリオが入室してきた。
「父上! 今すぐに、兄上とモニカ嬢を開放してください!」





