117 モニカの守護者10
(えっ。神聖力……)
神聖力とは神聖魔法を使うための力だ。聖女が使う浄化魔法や治癒魔法、結界魔法などの発動にも必要な力。
神官や聖騎士なども有している力だが、その神聖力がけた外れに強いのが聖女だ。それをぞくに『聖女の力』と呼んでいる。
(一般人でも神聖力を持つ者はいるもの……)
モニカは心臓をばくばくさせながらも、落ち着こうと必死に努力する。ここで下手に動揺すれば要らぬ詮索をさせてしまう。
無邪気な態度で喜んでみせた。
「わあ! 私は属性を持ち合わせていなかったのですが、神聖力があったからなのですね」
「わっわ~い! モニカちゃんとおそろいだあ! こちらのペンダントは神聖力を調べるものだったのですか?」
リアナも、モニカに合わせるように喜んでから、アデライトへと質問する。アデライトはまだ、驚きが収まらない様子だ。
「……ええ。聖木にあるオーブは属性を調べるものだけれど、こちらの宝石はさまざまな力を調べられるのよ。誰でも多少なりとも色が変わると」
そう説明すると、会場は楽し気な雰囲気に包まれる。
これは確かに余興にとても良い。属性を持ち合わせていない者たちでも色が変わるなら、試してみたい者は大勢いるだろう。
しかし余興が成功したにも関わらず、アデライトはまだモニカのペンダントを凝視している。
「けれど、陛下のご説明だと、力が強いほど濃い色になるはずなのよね……。高位神官なら、聖女様よりも神聖力が強いのかしら? だとしたら、モニカ嬢は神官の素質がありそうね」
そこまで話すと、アデライトはやっと笑みを浮かべる。モニカが神聖な地位に就けることを喜んでいる様子。
しかし大陸歴史に詳しいアデライトも、この国特有である神殿や聖女には詳しくない。なぜなら、彼女が神殿の書庫に入りたいと願うほど、それらの情報は本になっていないから。
喜んでいるのはアデライト一人だけだ。聖女が最も神聖力が強いと知っている貴族たちは、顔を曇らせる。
「では、聖女様よりもレナセール嬢のほうが神聖力が強いということですか?」
「あれほど濃さに違いが出るなんて……」
「聖女様はまだ守護者を一人しか得られておりませんし……」
「もしかして、レナセール嬢が本物の……」
会場全体から、モニカとリアナに疑惑の目が向けられる。
こうならないために、これまで計画を練ってきたというのに。モニカは悔しさを感じながらカリストを見る。
「先生どうしましょう……」
「こうなったら、ここで任命式をおこなうしかないな」
「そうですね。ちょうどここに全員が揃っていますし。皆もそれで良いかな?」
ブラウリオがカリストの意見に賛同しつつ、皆に同意を求めると。皆も真剣にうなずく。
婚約式と任命式を同時におこなうためにこれまで準備してきたが、それは全て無駄になってしまう。
けれど、今は一刻も早く誤解を解かなければ。時間を置いたあとからモニカが「女神だ」と主張しても、すんなりと受け入れてもらえない可能性も出てくる。
「皆様。よろしくお願います」
モニカも皆にうなずき返していると、状況が読めないアデライトが「私。なにかいけないことを……」とおろおろする。
そんな彼女の肩をブラウリオが掴む。
「アデライトが悪いわけではないよ。ごめん、今は時間がないから後で説明するね」
それからブラウリオは辺りを見回しながら声を上げる。
「皆に事情を説明します。皆の疑念も最もですが、聖女様が俺を守護者した場面をここにいる多くの方が目にしていたはずです。それが彼女が、本物の聖女である証拠となるはずです」
神聖力を持っているからといって、誰でも守護者を得られるわけではない。守護者を得られるのは神々か、その代理である聖女だけ。だからこそ『聖女の力』と総称されている。
「ではレナセール嬢の神聖力は!」と、どこからか叫ぶ声が。
「そちらについてもご説明します。こちらにおわすモニカ・レナセール嬢は聖女ではなく、かつてこの地を――」
救った女神だと、ブラウリオが説明しようとした時。大きな音を立てながら会場の扉が開かれ、国王が息を切らせながら入ってくる。
「皆の者、騙されるな! モニカ・レナセールは偽聖女だ!」
「陛下、なにを……」
父親の思わぬ行動に、ブラウリオは驚いて動揺する。
そんなブラウリオの隙に付け入るようにずかずかと進み出てきた国王は、憐れむようにブラウリオを見た。
「おお。なんと可哀そうな息子よ。そなたは邪悪な力によって操られておる」
「陛下……。何をおっしゃるのですか。俺は操られてなどいません!」
「その感情すら、操られている証拠なのだ。――ここにいる、呪われたカリスト・ビエントにな!」
信じられないものでも見たかのような表情を浮かべたのは、ブラウリオだけではない。モニカも、驚きを隠せず国王を見た。
(先祖代々、隠しとおしてきた王家の秘密を、ここで暴露するなんて……!)
なぜそこまでして、カリストを追い詰めようとするのか。いくら呪われた子だとしても、父親としてひとかけらの愛情も残っていないというのか。
「これ以上は、カリストの好きなようにさせておけぬ! 本物の聖女を守るため、カリスト・ビエントとモニカ・レナセールを捕らえよ!」
国王直属の近衛騎士が二人を捕らえる姿を目にした貴族たちは、動揺する。
先ほどブラウリオは、モニカは聖女ではなくほかの何かであると伝えようとしていた。
それにも関わらずなぜ国王は、モニカを偽聖女だと決めつけ、聖女を守るために二人を捕らえるのか。
それにここには多くの貴族学園の生徒と、卒業生がいる。カリストをよく知っている彼ら彼女らには、呪われていると言われても全く実感が湧かない。
そして、最近なにかと話題になりがちなモニカ・レナセール。今の彼女は神々しささえ感じれるのに、邪悪な力に操られているなど信じがたい話だ。
「モニカは無実だ! 何か気に障ったなら謝るし、なんでもする。だから、モニカは捕らえないでくれ!」
いつも堂々としているカリストが、国王に懇願している様子を目にして、モニカは心が痛む。
王家の呪いは、勇者が聖女を守り抜いた代償だ。それを受け継いでいる子孫には、もっと労う気持ちを持つべきでは。
「先生! 私は大丈夫ですから、止めてください……」
「しかし、モニカを巻き込むわけには……」
「私たちは婚約者同士ですし、未来の夫婦ですよ。こんなことすら、二人で乗り越えられなくてどうするんですか。私は一生、先生に守られるだけなんて嫌です」
「モニカ……」
今は立場的に、どうしてもカリストは下手に出るしかない状況。こんな時こそ、モニカが守らなければ。
モニカは、国王を真正面から見据える。
「今はご指示に従いますがそのかわり、裁判を要求します。いくら陛下といえども、伯爵令嬢である私を正当な理由なく罰するようなことはなさらないはず。私は裁判にて誤解を解き、無実であることを証明したく存じます」
「……よかろう。レナセール嬢もあやつに操られているだけ。情状酌量の余地は十分にある」
国王は内心、ほっとしながら了承した。
本来、国王の作戦は、モニカにペンダントを身につけさせ、聖女ではないと周りに認識させるためだった。
そのためにわざわざ希少な宝石まで用意したが、結果は事前報告とは異なり、モニカに強大な神聖力があるとわかってしまった。
補佐官から報告を受けた国王は、慌てて会場へと向かい二人を捕らえることに成功した。けれどなぜか、貴族たちに同調する姿が見られなかったのだ。
これはきっと、リアナが聖女としての資質に欠けているからだ。
いざとなれば、モニカをこちら側へと引き入れる必要も出てくるかもしれない。
さきほどのあの堂々とした態度には、神々しささえ感じられた。
あのような娘が本当に聖女で、ブラウリオの嫁ならどんなに良かったことか。
国王が部屋へと戻る途中、侍従が速足で国王の元へとやってくる。そして国王に耳打ちした。
「陛下。王妃殿下のご様子が……」
「またか」
国王は深いため息をついてから、王妃の元へと向かった。





