114 モニカの守護者7
それから二週間後。モニカとカリストの婚約式を目前に控えたある日。
王宮ではアデライト主催、大陸歴史本の頒布パーティーが開かれた。
招待されたのは主に貴族学園の学生と、王都に滞在しているほとんどの貴族。
加えて、王宮のパーティーでは異例だが、アデライトの本を製本した印刷会社や、複数の出版社、歴史学者まで呼ばれている。彼女はこの本を自費出版で終わらせるつもりはないようだ。
「モニカちゃ~ん、先生~!」
カリストとともに会場へと入場したモニカは、まっさきにリアナが手を振っている姿を見つける。
すぐさまリアナとブラウリオのところへと向かったモニカは、リアナと両手を組み合わせる。
「リアナちゃん可愛い」
「モニカちゃんも可愛い。お揃い嬉しい」
「私も嬉しいです」
今日のモニカとリアナのドレスは、デザインこそ少し変えてあるが、装飾は同じものを使用している。
このドレスはアデライトが二人にプレゼントしたもの。
彼女曰く、カリストとブラウリオにお世話になっているので、そのお礼だとか。
リアナは、アデライトに対して若干の不満を抱いていたようだったが、アデライトの気遣いにより、敵ではないと安心しつつあるようだ。
(リアナちゃんを気遣えている間は、アデライト先生はラスボスにはなっていないってことよね……?)
そう判断しつつモニカはにこりと微笑む。
「アデライト先生に改めてお礼に行きましょう」
「う~ん。私もそうしたいところだったんだけど、アデライト先生は忙しそうで」
リアナが視線を向けた先には、頒布活動に熱心なアデライトの姿が。歴史本を配り終えるまではゆっくり話せそうにない。
「アデライトに余裕ができたら侍従に伝えさせるから、皆はゆっくりパーティーを楽しんでよ」
ブラウリオがそう手配してくれるようなので、モニカはありがたくパーティーを楽しむことにしたが。辺りを見回してから首をかしげる。
「ほかの皆が見当たりませんが、まだ到着していないのでしょうか」
ルカとビアンカは頒布会には興味がなさそうだったけれど、ミランダとロベルトが参加するならパートナーとして参加しなければとこの前、話していたはず。
ブラウリオとリアナは微妙な表情をモニカへと向ける。
「それがね。頒布会はつまらないからって、ルカがビアンカを誘って外で手合わせしているの」
「木剣まで要求されたよ」
(それって……、ロベルト様がビアンカを皆に紹介したときの、あの約束!)
「わあ! 見たいです」
「モニカ嬢ならそう言うと思って、テラスに席を作っておいたよ」
ついにブラウリオは、モニカの推し活すら把握できる域に達したようだ。
「こっちだよモニカちゃん」
「はいっ」
リアナに手を引かれてテラスへと出ると、ブラウリオが用意したと思われる席で本を読んでいるロベルトと、熱心に声援を送っているミランダの姿が。
「モニカ嬢! お待ちしておりましたわ。早くごらんなさいませ」
ミランダにしては珍しくはしゃいだ様子でモニカを手招した。
彼女の隣へと向かうと、ルカとビアンカが手合わせしている様子が良く見える位置だ。
(わあ! ルカ様が戦ってる!)
二人とも上着を脱いでラフな格好で、木剣を交えている。事前に誘っていたのか今日のビアンカは、パンツスタイル。
どちらも生き生きとした表情で、実に楽しそうだ。
公爵になると決意したルカは、普段は真面目に勉強している姿ばかり目にしてきたが、やはり彼は根っからの騎士だ。熱意の量が桁違い。
「今のルカ様をご覧になって? とてもかっこよかったですわ! 今のかわし方も、素敵ではございません? あっ! 押されているルカ様すら、色気が駄々洩れですわ」
話す相手を得て嬉しいのか、ミランダはルカへの称賛が止まらない。
(ミランダ嬢にとってもルカ様は、婚約者である前に『推し』みたいなものなのよね)
もしもモニカがモブ生まれでなければ、幼い頃から一緒にルカの応援に行ったりして、同担として仲良くなれていたかもしれない。
そうなっていたら、二人で応援グッズなども作ったりしていたのだろうか。
「ところでロベルト様は、ビアンカの応援をしないのですか?」
ミランダの白熱ぶりと対照的に、暇そうに本を読んでいるロベルトが気になって声をかけてみると、彼は苦渋に満ちた表情でモニカを見つめる。
「僕は、ビアンカから観戦を禁止されているんです。以前に一度、騎士団の練習を見学に行ったのですが、ビアンカを打ち負かした相手を許せなくて、殴りかかってしまったことがありまして……」
それが練習だと頭では理解していても、ビアンカが転ぶ姿を見たら守らなければと本能で動いてしまったのだと。
それを聞いたリアナが、吹き出すように笑い出す。
「ロベルトって普段は淡泊そうなのに、そういうとこあるよね」
その内に秘めた熱を、周りに理解してもらえないのが彼の悩みだったが、ビアンカと相思相愛になったことで、周りにも知られつつある。
ミランダの「またルカ様の勝ちですわ!」の声で、ロベルトはため息をつく。
「ビアンカを呼んでくれませんか。三連敗はさすがに落ち込んでいると思うので、慰めてあげなければ」
手合わせを見ていないロベルトは深刻そうにお願いしてくるが、モニカの見る限りでは、ビアンカは楽しそうだし、まだやり足りない様子だが。
とりあえずビアンカを呼んでみると彼女は「ロベルトが心配しているみたいだから休憩する」と素直に応じる。
(そういえばロベルト様は、ビアンカの気持ちを遠くから推し量るのが悪い癖だと言っていたわ)
守護者の件で揉めた際にロベルトは、ビアンカの気持ちが分からないとモニカに相談してきた。
その時、気持ちを知るために行動してみようと提案したが。彼は今も、それを実行しているようだ。
そんなロベルトを不安なままにさせておかないビアンカも、素敵だ。
「えー。もうかよ。つまんねーな。ブラウリオ、代わりに相手しろよ」
ルカはまだまだ、身体を動かし足りない様子。
ブラウリオは「俺なんかじゃ、ルカの相手にはならないよ」と断ってから「そうだ」とモニカに笑みを浮かべる。
「モニカ嬢は知ってた? カリスト先生は剣術も得意なんだよ」
「わあ。本当ですか?」
この前はカリストから明言はもらえなかったが、もし本当に王族なら剣術は必修だったはず。
カリストは教師になるだけの学力も兼ね備えているし、隔離して育てられてはいたが、教育はおろそかにはされなかったようだ。
カリストが生まれてからブラウリオが生まれるまでに、十年かかっている。
王家の血筋を途絶えさせないためにカリストは、王太子教育も受けていた可能性すらある。
(そんな苦労をした先生が、王太子の座をブラウリオ殿下に奪われたとしたら……)
憎んでもよさそうなものなのに、二人は非常に関係が良い。カリストにとって弟は、王宮での数少ない味方だったのだろうか。
「いや。俺は遠慮しておくよ。汗をかきたくないしな」
「モニカ嬢はそんなこと、気にしていないみたいですよ」
そうブラウリオに指摘されて、モニカはハッとする。
カリストの生い立ちを心配しつつもつい、いつもと違うカリストを見られるかもしれないと、期待の眼差しを向けてしまっていたようだ。
「私のことはお気になさらず。機会はまたあると思いますし」
と、モニカが遠慮している間にも、なぜかカリストは上着とベストのボタンを外し、脱ぎ始める。
「あの先生。気を遣ってくださらなくても……」
「いや。俺がモニカに見てほしくなったんだ。あいつに勝ったら、褒美をくれるか?」
「ふふ。いいですよ。何がお望みですか?」
褒美と言えばバケットサンドかなと思っていると、カリストはおもむろにモニカの唇に触れて、指でむにむにと弄び始める。
意味を理解したモニカは、一気に顔を紅潮させた。





