11 ログインボーナス1
二人でバケットサンドを食べてひと休みした後、午後の授業を受けるために二人は時計塔を降りた。
そして出口の扉の前で、ルカはぴたりと立ち止まった。
「ルカ様?」
どうしたのだろうかと呼びかけると、振り返ったルカは少し照れた様子でモニカを見つめる。
「手を繋ぐぞ」
「ル……ルカ様とですか?」
「他に誰がいるんだよ」
「そうですが……」
(えっ。推しと手を繫ぐ? 私、夢でも見ているのかしら)
さり気なく手の甲をつねってみたが、とても痛い。これは現実のようだ。
「モニカが途中で怖気づかないように、手を繋いでやるよ」
モニカにとっては非常に心臓に悪い事態だが、どうやらこれは彼なりの気遣いのようだ。
「あの……。なぜそこまでしてくださるのですか? 廊下で手を繫いでいたら目立ちますよ……?」
「俺も早く、皆に紹介したいんだよ。モニカは大切な幼馴染だからな」
さらに照れた様子が、心を締め付けられるほど可愛くて愛おしい。
「ルカ様ぁ……!」
普段は冷たい態度が多い推しだが、意外と情に厚い性格なのもモニカが好きな理由の一つだ。
それを自分にも向けてくれることが、この上なく嬉しい。思わず涙ぐむと、ルカに笑われる。
「これくらいで泣くなよ。ほら行くぞ」
「はいっ」
初めて繫いだルカの手は大きくて、火属性なためかほかほかに温かい。推しの体温をダイレクトに感じられたのは、これが初めて。
(幸せすぎる……)
ルカの熱を浴びて、今にも溶けてしまいそうな気分になりながら、モニカは時計塔から出た。
――お昼休みの雑踏で急に辺りは騒がしくなり、一気に現実へと引き戻されたような気分にさせられる。
そしてルカの手は、まるでサテンのリボンが解けるように、するりとモニカの手から離れた。
ルカはそのまま振り返ることもなく、モニカを忘れたまま一人で教室へと向かった。
モニカの手のひらには、なぜか刺繍糸が残されていた。
それからもルカは、どうにかしてモニカを教室へと連れて行こうと頑張っていたが、彼がモニカを認識できるのはやはり時計塔の中だけ。
何度も手を繫いで時計塔を出てみたが、やはりルカはモニカを忘れてしまう。
しかも彼にとっては、モニカが逃げたように感じているから厄介だ。
挙句にルカは、自身のネクタイで二人の手首を結び付けてしまう暴挙にも出たが、それも虚しく徒労に終わった。
(ルカ様って、そういうご趣味もあったのね……)
一瞬だけでも『推しに拘束される』という、ゲームのストーリーにすらなかったイベントの発生に、モニカは本来の目的を忘れてドキドキした。
拘束されて嬉しいなどとは決して他人には言えないが、攻略対象に拘束されるとはすなわち、恋愛作品では独占欲の表れ。
ルカにとってモニカとは幼馴染であり、存在感が薄いので面倒を見てやらねばならない相手なのだろう。
そこに独占欲などないことは、モニカも承知している。けれど乙女ゲームのファンとしては、ルカの新たなキャラ属性を発見したような気になってしまう。心穏やかではいられない。
(それにしても、これからどうしましょう……)
午後の授業中。モニカは、隣の席でつまらなそうにしているルカを見つめながら、ため息をついた。
彼はモニカが教室へ来ることを願って、午後の授業にも出るようになった。
けれど、それだけ。
学園へ入学して以来、ルカが真剣に授業を受けている場面は一度も見ていない。
サボらないだけ、他人からの印象は少しでも良くなったはず。けれど直にやってくる中間テストの成績が悪ければ、やはり公爵家で信頼を得ることは難しい。
あの『騎士団長襲撃事件』でルカが孤立しないためには、少しでも成績を上げて父親からの信頼を得る必要がある。
(公爵様ももっと、ルカ様の良い面に気がついてくだされば良いのに……)
モニカはハンカチを取り出して、その中に包んであった刺繍糸を取り出した。ここ最近、ルカは毎日のように刺繍糸をくれる。
理由はさまざまだし理由もなくくれることもあるが、きっとバケットサンドのお礼だとモニカは理解している。
(毎日お礼のプレゼントを用意してくれるなんて、律義すぎるわ。まるでログインボーナスのよう…………。えっ。もしかして……!)
あの時計塔が、ログボ画面の場所であることを踏まえれば、そこでもらえるプレゼントがログボという可能性は大いに高い。
モニカは改めて、ここ数日でもらった刺繍糸の色を思い出す。
(金と銀、赤に黒……。フエゴ公爵家の紋章の色と同じだわ!)
ログインボーナスでは、イメージアップアイテムの材料をもらえることもある。もらえるアイテムは基本的にランダムなので、毎日、地道に集めなければならない。
そうして苦労して作ったイメージアップアイテムは、ゲーム内アイテムの中では効果が比較的高かったりする。それでも課金アイテムには劣るが。
(なんて幸運なのかしら。四日で紋章の材料が揃うなんて)
後は、刺繍を縫い付けるためのハンカチさえもらえたら、イメージアップアイテム『刺繍したハンカチ(フエゴ公爵家)』が完成する。
この『刺繍したハンカチ(フエゴ公爵家)』は、好感度を上げることができるアイテムだ。もしそれをルカに渡すことができれば、時計塔以外でも認識してもらえるかもしれない。
そうなれば授業中に勉強を教えることだってできるし、一緒に宿題することも可能だ。
(ヒロインの恋愛対象は王太子みたいだし、少しくらい好感度を上げても大丈夫よね……?)
守護者になるために必要なのは、信頼度。モニカがハンカチをルカにプレゼントして、好感度を少しだけ上げたとしても、ヒロインのストーリーの邪魔にはならないはず。





