102 事件の結末2
「モニカ本当に、先生と婚約すんのかよ」
馬車の中で今日までの経緯を思い返していたモニカへ、ルカが不満そうに見つめながらそう呟いた。
「はい。先生がお婿さんになってくださる予定です。お父様は、私にレナセール家を継がせるつもりなので、喜んでいましたわ」
カリストからの告白を受けたのは先週だが、それから両家での顔合わせなども経て、皆に話せたのは昨日だ。
皆は心からモニカとカリストの婚約を祝福してくれたが、ルカだけは今日になっても納得していない様子。
「はあ……。なんで俺は、長男なんだよ。イサークが実の兄貴なら潔く爵位を諦めたのに」
「ル……ルカ様!」
急になにを言い出すのだ。
モニカが慌てると、ルカはにやりと笑みを浮かべる。
「冗談だよ。俺はこれからも、モニカが望む姿でいたいからさ」
今の悪い冗談だけれど、ルカの本心も入っていたような気がしてならない。
もしも本当にイサークが実の兄なら。ルカはイサークに対してショックを受けることもなく、仲の良い兄弟のままでいられた。
そんなことを考えていると、モニカの腰にカリストの腕が回され、さりげなく彼へと引き寄せられる。
驚いてカリストに視線を向けると、彼は不機嫌そうに窓の外を眺めていた。
(もしかして先生、嫉妬しているの?)
今まで何食わぬ顔でモニカとルカのやり取りを見ていた彼が、まさかこのような感情を隠していたというのか。
それとも婚約が決まったことで湧き出た、独占欲か。
どちらにしても
(先生、可愛い~~~)
キュンキュンしながらカリストの横顔を見つめるモニカの向かいで、ブラウリオが困ったようにルカへ視線を向ける。
「本当に悪い冗談だよルカ。彼は、犯罪者なんだから」
「わかってるよ……。あいつは俺を殺したいほど嫌いだったんだろ」
ルカはハイキングでの魔獣事件を、自分を殺すためにイサークが仕掛けたと思っているようだ。
けれどゲームでのイサークは決して、直接的にルカへ手をかけるような人ではなかった。
イサークの精霊から聞いた話でも、あの事件は聖女をイサークが助けるのが目的であり、そこにルカの排除までは含まれていなかったはずだ。
「ルカ様。まだそうと決まったわけではありませんわ。ルカ様だけを狙うなら、このようなことまでする必要はなかったはずです。ですから……」
そこまでイサークに対して、ショックを受けないでほしい。
イサークの擁護ではなく、ルカの心の安定のためにそう述べると、ルカは何とも言えない表情を浮かべる。
「あんがとな。モニカ」
ラバ山へと到着したモニカたちは、ハイキングの時のように山を登り始めた。季節はもう秋なので、一年生の時に訪れた青々としたラバ山とは景色がまるで異なる。赤や黄色に鮮やかに染められておりとても綺麗だ。
これが事件の証拠集めでなければ、もっと楽しめたのに。
ちょっと残念に思いながら景色を眺めていると、隣にいたリアナがモニカの腕に抱きつきながら顔を覗き込んできた。
「モニカちゃん、本当に健康を取り戻したんだね。一緒に歩けて嬉しい」
今はルカとリアナに挟まれても、モニカは余裕で歩けている。リアナはそれが嬉しいようだ。
今にして思えば、あの時のリアナとは歩く速度が違い過ぎたはず。彼女は何度も動物を連れてはモニカに見せてくれたが、あれは疲れているモニカを元気づけようとしてくれていたのかもしれない。
「ふふ。私も嬉しいです」
モニカ自身も、これほど軽やかに登山をできるとは想像していなかった。
ルーと契約状態だったことが、それでほど身体に負担がかかっていたのだと、今さらながら思い知らされる。
「今のモニカは、おいらが百人乗ってもだいじょ~ぶ!」
モニカの頭の上に乗っているルーが、聞き覚えがあるフレーズを述べたので、モニカは想像してくすりと笑う。
けれど、ほかの四人は、「お前が言うな」とばかりに冷ややかな視線をモニカの頭上へと向けていた。
「え~んモニカ―! ルカまで睨んでくるよ~! おいらやっぱりモニカと一緒にいたい」
ルーは助けてとばかりにモニカの頬へと貼りついた。
皆に心配をかけてしまったことを考えると、この視線は致し方ない。苦笑しながらルーをなでていると、ルカがルーをつまみ上げた。
「ぜってー駄目だ。ほら、キャンディーやるから機嫌なおせよ」
ルカはすっかりと、ルーの機嫌の治し方も心得たよう。
欲張ってキャンディーを二つも口に入れたルーは、リスみたいに頬が膨れている。
相変わらずルーの行動は、憎めない可愛らしさだ。
しばらく歩いたモニカたちは、魔獣と戦闘した場所へとたどり着いた。
ここはあの頃とあまり変わっていない。ひとつ変化があるのは『聖女リアナ 初討伐の場所』と書かれた石碑があるだけ。
さりげなく観光名所にされていたようだ。国王の涙ぐましい努力が伺える。
当のリアナとブラウリオは微妙な表情で、顔を見合わせているが。
「ルー。ここに何か痕跡はある?」
モニカがそう尋ねてみると、ルーは辺りを飛び回ってからモニカの目の前へと戻ってきた。
「ここには何もないよ~」
イサークの精霊の話では、イサークの部下は自らの精霊の怒りを買い、火だるまにされて亡くなったのだとか。
その痕跡がどこかに残っているはずだが、この辺りではないようだ。
そもそも、この辺りに痕跡があれば、王宮がおこなった捜索の段階で見つかっても不思議ではない。
イサークと部下は、登山道から離れた場所にいた可能性が高い。
「先生。次はどの辺りを捜索しましょう」
やみくもにこの山全体を探すには時間がかかりすぎる。カリストの考えを尋ねてみると、彼はさらに道を登り始めた。
「確かあの時。馬で駆けつける途中で、人の気配を感じたんだ」
戦闘場所が小さく確認できる程度まで離れたカリストは「この辺りだ」と二時の方向を指さした。
「あちらの方向に、二人いる気配を感じていた」
カリストがそう感じていたなら確かだ。
「ではそちらへ、向かってみましょう」
モニカは山道から外れてやぶの中へと入ろうとしたが、「待て」とカリストに止められる。
どうしたのだろうかと振り返ったモニカを、カリストは軽々と抱き上げた。
「せっ先生!?」





