3話
仕立て屋の老人が店にいる中
左手と同化した亡霊の霊糸で安全圏を作り眠りについた。
電気も勝手に消す。
爺さんが何か文句を言っていたが無視した。
目覚めると夜だった。
老人は何処かへ行ったようで店内には見当たらない。
殺した男から盗んだ時計を見ると17時を少しまわったくらい。
16時間も眠っていた?
……いや、時計が壊れているのかもしれない。
爺さんの店に来たときは深夜12時くらいだったと思う。
1時に寝たとして朝じゃないとおかしいが…
少し瞑想をし、着替えてから街に出てみる。
何の変哲もない普通のストリート。
少し危険な雰囲気がある、何故かははっきりとはわからなかった。
店が密集している方へと通りを歩いていく。
人通りは少ないが全く人がいないわけでもない、夜の街。
店が立ち並んでいる通りを進んでいくと
少し寂れたレストランがやっていた。
近くの信号の横に不気味な首のない銅像が置いてあった。
店内を覗けば客もちらほらと見える。
看板からイタリアンなのが伺えた。
店内に入ると
美人だが性格がきつそうなウェイトレスが好きなところに座れば?
とぶっきらぼうに言ってきた。
適当なテーブルについて飲み物を頼む。
店員はウエイトレスが1人とバーマン1人にキッチンに何人か。
時計を見ると19時だった。
ウェイトレスが見るからに濁った水とコーヒーを持ってきてくれた。
「この水もどうぞ。」
「……いや、この水はいいです。」
薄茶色に変色している水を薦めて来る。
「でもコーヒーだけではなくてこちらの水も飲んだほうがいいですよ。」
「そうですか。じゃあ、後で。」
「はい、ぜひ飲んでくださいね。」
立ち去らずに俺の斜め横に立っている。
コーヒーを飲むと泥水のようだった。
ウェイトレスは無表情でこちらをみている。
「泥水じゃないか。」
「なんですか? もっとお水を飲んでくださいね。」
水をグラスに注いでいく。
口をつけていないグラスから水が少し溢れ出した。
幻視 VISION
毒 水
何か不穏なイメージが脳裏に浮かんだ…
なんだ?
手でグラスを包むと水に入っている毒に自分の霊気で干渉、
変質させられるのがわかった。
そのまま水とコーヒー両方を浄化して少し飲む。
一応さっき飲んでしまった分
体内でも同じように浄化する。
「水飲みましたよ。別のお客さんのところにいったらどうですか?」
「はい、水を飲んだなら仕方ないですね。」
ウエイトレスが立ち去った時、店のドアが開く音がした。
入口から大男が入ってきた。
2Mはある背丈に、体重も130以上はあるんじゃないかという体躯。
淡い緑色のシャツに、黒いズボンに黒の革靴。
胸板は恐ろしくぶ厚く、まくられた袖から見える前腕は
普通の女性の太ももほどもある。
男は無表情で濁ったような暗い目をしていた。
どこか得体のしれない雰囲気で身に纏う。
まるで死神のような不吉さを感じた。
そいつは無言で店のバーカウンターの近くのテーブル席にまで歩いていき
常連なのか一人でに座って、酒を頼んでいた。
さきほどの愛想のないウェイトレスがキッチンからパンやディップス、チーズやプロシュートなどを無造作に、しかし綺麗に大皿に盛りつけて
大男のテーブルに置いて行った。
こちらにも注文を取りにウェイトレスがやってきたので注文する。
大男を観察していると…
大男は酒をかわるがわる注文しては飲んでいく。
随分ペースが早い。
一瞬目があった。すると
段々とこちらをじっと見つめてくるようになった。
目を逸らす、再度見るとまだこちらを見ていた。
言いようのないような不快感…
シーフードマリナーラスパゲッティが運ばれてきた。
あのコーヒーや水は何だったのか、
というほどちゃんとしている物が出てきた。
一口食べてみるとやはり美味かった…
ほっとして、久しぶりのまともな料理を良く味わって食べ始める。
あの水辺の森で目覚めてから特に食欲というものを感じなくなっていた。
今も食欲自体はさしてあるわけではないが。
それでもうまい料理には感謝できた。
あの大男はウェイトレスを呼んで何かこちらを見ながら耳打ちをした。
するとウエイトレスがめんどくさそうな顔を隠しもせずに
こちらに近づいてきて
「料理はいかがでした?」
「ああ、おいしかったです。」
「うん、それでお会計はあっちだからね? それとももう少しここに居座る?
またコーヒーや飲み物頼む気があるなら今言って。」
さっさと会計を済ませて帰れと言わんばかりのウェイトレスと話しているときに
あの男が立ち上がって客に声をかけ始めた。
大男は他の客や店員に首切りゲームをしないかと言って回っている。
首切りゲーム…
客が一人いいよといって賭けが始まった。
コインを落として裏か表で先行を決めて順番に
相手の首を切り落とすというゲームのようだった。
客はコイントスで後攻に決まりそのまま首を刎ねられて死んだ。
「ねぇ、聞こえてるの?」
「ああ、ごめん。あっちを見てた。」
「はいはい、お会計。」
レシートを見て斧をくすねた男の財布の金が足りないことに気づく。
「カードでいい?」
「は? いいに決まってるでしょ。カードリーダーあるんだから。」
カードをスワイプするとカードが使えない。
その後何度か試すがカードは一向に使える気配を見せない。
「あのさ、もうキャッシュで払ってくれます?」
ウェイトレスは立ちながら貧乏ゆすりするように小刻みに床を踏みだす。
「あー、えっとごめん。今現金持ってないんだ。」
彼女の怒りがさらに上昇しようという時に後ろから声を掛けられた。
「あんたもやらないか?」
「……何を?」
「首切りゲームだよ。」
「首切りゲーム? いえ結構。」
「俺に勝ったらいいものが得られる。」
「いいもの? 何ですか?」
「それはお楽しみだよ。」
「じゃあ、無理かな。」
「そうか、ちなみにどうやってここの代金を払うのかね?
まさかいい年して食い逃げなんて惨めな真似は出来ないだろう。」
「まぁ、そうなんですが、明日また払いにくると責任者の方に話して…」
「私がこの店のオーナーだ。 身分証は?」
「今持って無くて…」
「財布を見せてもらえるかね?」
「はい。」
「随分見た目が違う人間の身分証があるね。」
「はい、なのでまた明日…」
「いや、信用ならない。最近は食い逃げやら嘘つきが多くてね…」
「うぅむ、それは大変ですね…」
「ゲームをしてくれたらチャラでいいよ。」
「いやです。」
「ふぅむ、ではこれならどうだ? アンタからでいいよ、首を落とすのは。死んだら負けだ。」
「コイントスしなくていいんですか?」
「うん、それならやるかい? 君が勝ったらいいものが得られるよ。」
「何故そんなにこの賭けをしたいんですか? 理由が知りたい。」
「別に、いつものことなんだ。」
その男が手に持っていた斧を放るように渡してきた。
受け取った勢いでそのまま斧で首を跳ね飛ばす。
血飛沫を上げながら首は飛び、地面に落ち転がった。
男の体はその場に倒れこんだ。
「これで何が得られるのか、聞きたい。」
後ろを振り返り、こちらを見守っていた客たちに問う。
無言…
客たちは無表情で俺を見返すだけで
誰も何も答えない…
ズル…
背後から音がした。
大男の体が立ち上がって自分の頭部を手に抱える。
抱えられた頭がしゃべりだす
「次は俺の番だ。斧を返してくれ、そして首を前に出せ。」
無言で一歩後ずさる…
「……さあ、俺の番だ。首を前に出せ。」
「首を落とされても死なないのか。だからこのゲームをいつもやってるのか…」
「男らしくあれよ。 次は俺の番だ。……お前の首を、前に出せ。その斧を渡すんだ。
皆そうしてきた。お前もそうしろ。自分から、ちゃんと、差し出すんだ。」
「……」
「勇気が、ないか?」
「騙してきたヤツに従うのが勇気なのか?」
「己の言葉を、守れないやつに 勇気があると思うか? 首をだせよ。 さぁ、勇気を出すんだ。」
「もしかしてこれお前の頭じゃないんじゃないか?」
「……なにがだ?」
「ほら、首のない化け物。デュラハン。
お前はホントは首とか最初からないんじゃないの? デュラハンみたいに。
そうか。もっといい頭部が欲しいとか? 勝ったらお前は頭がもらえるという賭けか。
いや、それか自分に合う頭を探している? それとも収集している?」
「賭けは賭け、約束は、約束だよ。そのどれかが 当たっていたとしても。話を変えようとしているんじゃないか?」
「それを知ってたら賭けてないし、約束なんて最初からしてないけどな。」
「それで? 自分の言葉を破るかね? 私は契約の話を してるんじゃない。
オマエノ 勇気を 試しているのさ。」
「勇気を試す? 何の為に?」
「ワタシの質問に答えろ。
見知らぬ客よ…、私は オマエノ勇気のハナシヲシテルンダ。」
シャドウで男の胴体に強化散弾を数連射撃ち込む。
「お! オマエェェ… ウゥ…」
膝をついた男の心臓に背中からはやした触手槍を突き刺す。
「俺の連れが勝手にやったことだ。俺が賭けを続行する前にお前が死んだ、お前の負けでいいか?
死んだら負けだとお前が言ったのだけれど。己の言葉を守れよ。こんなとんちでもいいか?」
「なら仕方ないな… 俺は俺の言葉を守るからな… フフフ、オマエトチガッテナ。」
「それともこう言おうか。その手の賭けや契約は無効だ。お前が理屈をどうこねようが俺は自分の命を守るために抵抗する。そして俺にはその力があった。お前が抵抗するのももちろん自由だが。」
「ごもっとも、強いなら、仕方ない。まぁ、俺は、勇気の話を、してたんだがね。」
「俺は勇気の話をしてるんじゃない、自尊心と価値の話をしてるんだ。」
「……」
「それで賭けは俺が勝ったと思うが、俺が得られるものは?」
「この店は俺のものだ、俺の所有物をやるよ… 勇気を見せてほしかったんだがね。まぁ、騙して毎度人を殺していたのはその通りだけどな。フフフ、勇気を試したかったんだが…」
「今度は当たってたか。」
勇気か。
こいつのいうことを聞いてたら俺は死んでいた、人生も死んだら負け…
終了条件が被っているなら価値が重いほうを優先する。
俺の言葉や約束よりも俺の命は俺にとって価値があった。
何方かに決めなければいけない時に価値が重い方を取った。
当たり前のことをしたはずだが
こいつの言葉は心に引っかかるような痛みを感じさせた。
勇気あるものならどうしただろうか。
そのまま大男は絶命した。
「……この店が報酬か。」
ため息をつきたい気分だ。いや、そう思った時にはもうついていた。
何となくウエイトレスにもっと美味しいコーヒーを持ってきてくれ
というと素直にしたがった。
今度持ってきてくれたコーヒーは悪くなかった。
店の奥の応接室兼オフィスのような場所で夜を過ごす。
今度はちゃんと動いている時計を店から拝借して。
朝起きて店のほうにいくとまだ夜だった。
午前8時のはず。
店にはもうすでに店員たちがいた。
11時頃には何処かへ帰っていったはずだ。
フロアでテーブルを拭いているあのウエイトレスに話しかける。
おはよう、と言うとチラッと横目で見て来た。
「ちょっといい? この街に朝は来るの?」
「朝は必ずくるでしょ、明けない夜はないんだから。」
「ここに来てから一向に夜が明けないんだけど?」
「は? バカなの? 何にでも例外はあるでしょ?」
「確かに一理あるね。」
「君の名は?」
「エレーニ。 アンタは?」
「俺は、えーと…ジョン、よろしく。」
適当に名乗ってしまった…
名前も思い出せないし…
しばらくはジョン…
ジョン・スミスでいいか。
「よろしくジョン。私はエレーニ。
これからあなたに奉仕する羽目になったファッキンウェイトレスよ。
どうかこのちんけな店を盛り上げて私の時給をあげてよね。」
「まぁ、善処します。あと質問なんだけど、みんな自分の家に帰ってる?」
「当たり前でしょ。バカじゃないの?」
「家は近いの?」
「家はここでしょ? 何言ってんの?」
「なるほど。夜はどこへ行ってたの?」
「仕事終わりにどこへ繰り出そうがあたしのファッキン勝手でしょ? プライーベートを何でアンタに報告するの? それどんな業務内容? アンタけっこうハンサムだから、部下に仕事の一環でみたいな感じで来るのはやめときな?」
「……確かに、そうとも言えるね。配慮がたりてなかったかも。」
エレーニと話していると大きな音がした。




