5話
駐車場の天井の影の部分に大きな黒い塊があった。
──巨大な蜘蛛の化け物。
見た瞬間に思わず、身が縮こまりそうになった。
どれだけデカいんだこの蜘蛛は。
身体を小さく畳む様にして張り付いているが、少なくとも近くのピックアップトラックよりも大きい。
ただの巨大蜘蛛じゃない、紛うことなき異形の化け物。
体がおかしい……
蜘蛛の体には溶かされたような人間やエイリアンの骸が集まって体を形成しているようだった。
いや、覆っているのか?
未知の巨大生物は立体駐車場2階の天井に張り付き逆さになりながら、こちらを向いている。
俺を見てるんだよな?
こんな所で車に乗り込んでいてもスピードは出せないぞ。車も、捨てたほうがいいか?
一瞬フリーズしかける。
迷ってるうちに怪物蜘蛛が天井からこちらに跳躍してきた。咄嗟に運転席から車外へ飛びだした。
大蜘蛛が車のルーフに飛び乗った瞬間。
怯み、動いている車から飛び退いて、あちらも距離をとってきた。
「──?」
なんだ、やつも警戒している?
何故か、焦ったように距離を取った……
化け物の体から煙が上がっているのが見えた。
日光に触れたところから霊気が蒸発したように見えたが。
蜘蛛はより日陰の方に、後ずさる。
こちらには来たくない感じだ。
あの蒸気のように放出された霊気。奴自身が弱体化するのか?
日光に弱い? 日光に焼かれる?
ヴァンパイアみたいに?
蜘蛛は俺とにらみ合ったまま動かなくなる。
此方はゆっくりと車の影に隠れつつ気配を消し始める。
というかちょっと待て。
あの子が追われてるって書いてたのは……
この巨大蜘蛛のことなのか?
こいつ、夜に、施設内にいたのか?
仮に光に弱いならこの場所を生息地にはしないだろう。
日陰はあるにはあるが、最適な場所では決してない。
この立体駐車場は地下は無いし、屋上は論外で残りの階は全て日光が多少入って来てしまう。
施設内にこいつが潜んでいたのなら……
昨日の晩。
化け物蜘蛛はあの子を見て追いかけたものの、ここで日の出が来てしまった。
日当たりのいいショッピングモール施設内や屋外には出れないので、動くに動けなくなって、この立体駐車場に閉じ込められてた。
──とかだろうか。
えーと……
もしそうならはあの子がここを出てったのは明け方手前?
そしたら目覚めたときは5時半くらいか。かなり寝ていたらしい。
30分でまた戻ると言ってそのまま寝落ちしたことに罪悪感を覚える。
もし予想が当たってるなら結構ニアミスだった。
大蜘蛛はショッピングモール反対の倉庫がある搬入口にいたのかもしれない。日光が嫌ならこいつの巣としては最適な場所だろう。
とりあえず、車から飛び降りたときに放り投げたモップを拾い上げ、一息で距離を詰める。
斜め前の車に貼り付いている蜘蛛の足の関節付近を打つ。
関節部分が一撃でかなり破壊された。
いける。
犬型よりは手ごたえはしっかりしてる程度だ。
そのままの流れでもう一度打つ。
大蜘蛛の足が一つ。半ばから千切れた。
同時に怪物は駐車場のより奥にバックステップし口から糸を吐いてきた。
予想外の攻撃に心臓を跳ねさせながらも、避けた。
ジュゥ!
蜘蛛の糸が車にかかった。
ボンネットが少し溶けた……
これは、当たったらやばいぞ。
奥からもう一度糸を飛ばして来る。いったんこの化け物の視界から消えたい。
日の当たる場所でなおかつ、蜘蛛の視界外に退避。
落ち着いて気配を限界まで消してからもう一度ヤツの眼前に姿を見せてみる。
今度は見えていないようだった。
音を出さないようにホッと息をついた。そのまま観察し続けると警戒が解けたのか、もう少し居心地が良さそうな場所に体を移して休みだした。
近くにあった人間や魔物の死体を自分の体に糸で溶かしながら塗り付けていた。
なるほど、日光に対する防護服なのか。悪趣味な日焼け止めだ。別に好き好んでやっているわけではないのかもしれないけど。
俺の近くの車の横。
巨大蜘蛛の足が残されていた。まだ霊気が放出されている。
気づかれないように手に取り遠慮なく吸い上げる。
霊気を吸い上げると巨大蜘蛛の足はカラカラに干からびていく。
最後には先端の尖った木の杖のようになった。
堅い木の様な、巨大蜘蛛のパーツからできた謎素材。
これって蜘蛛が糸とかを使って死体を多少加工してるように、俺にも出来るのだろうか。
霊気を操作して素材とか変化させたり。要検証だ。
蜘蛛の足の素材は持っていこう。
2階から飛び降りてもう少し安全そうな場所を探す。
ふと空が暗くなった、見上げると小雨が降り始めていた。
薄暗くなってきたが、このくらいの明かり。
奴はどのくらい嫌がるんだ?
大丈夫だろうか。
まだ朝なのにこれ以上暗くなるとヤバい?
曇りだと動けるとかやめてくれよ。
ちょっと待て。
今俺がするべきことは何だ。
安全の確保? 安全な隠れ家を探す?
人間を探す? あの子を探す?
空を見ると黒雲が遠くに立ち込めていた。
隠密モードで見つからずにどの位行動できるのかも不明。
どうする。
こいつから逃げてショッピングモール付近から離れて探索するか、それともそのまま家に帰るか。
もし人間がほとんど避難済みなら家に帰っても仕方ない。
避難場所は何処だ。
空港?
分からない。何故サイレンも航空機も何も聞こえないんだ。
迷う。
でもどうしても行きたいのは業者用の搬入口。
あの蜘蛛あそこに潜んでたんじゃないかという気がした。
暗くなってからでは遅い。確認するなら今行ってみるか。
気配を消しつつ1階から施設外側にいき建物反対側の一角を小走りで目指す。肉体の調子が良い意味でおかしかった。小走りとは、とても言えないほどの速度。
途中でまた鼠と犬を1匹仕留める。
鼠はいいが、犬型はやっぱり少し怖い。普通のイヌなんてもんじゃないほど強い。
搬入口はあの糸で出来た蜘蛛の巣。それに人やら魔物やらの死体が数十はあった。
トラックが2台止まっていて鍵も見つけた。
後は、蜘蛛が普段休んでそうな場所と関係者用の部屋に続く扉があった。
雨足が強まってきた……
施設のこちら側がどうなってるかも確認。
ここらの住人たちがどうなってるかはずっと気になっていた。
一度近くの警察署がどうなってるのか確認しに行くか。
もし生存者がいれば俺よりかは色々知ってるだろう。
でもここら辺の大きめの警察署どこにあるか知らないんだよな。もうちょっと遠いところの小さい警察署ならわかるけど。
しかも今はネットが機能していないみたいだし。
ショッピングモールから離れる前に施設内で色々と物色。
登山用の服のブランド店から雨具を拝借して必要物資をバックパックに詰め込んで出発。
都心のほうへ。
雨に降られながら土地勘を頼りに南に向かった。
途中で民家を見ても、無人。まったく人の気配がない。
もっと都心へ行ってみる。
駆け出すと、やはり身体能力が凄まじく向上しているのを実感した。普通じゃない、オリンピックアスリートじゃないんだぞ、俺は。
ザアザア雨がマシンガンのように雨具に当たっていた。
軽く見積もっても時速40キロ以上は出てそうだった。
本気で直線を走ってみようか。
盛大に転んだ。
二足歩行じゃこれ以上の速さは段々きつくなってくるみたいだ。
結構これはコツがいるかもしれない。
霊気の性質を変化させてグリップをよくしたり工夫が必要だ。
今の俺じゃ、出来ないけど。
慣れてくればいつかできるかもしれない。
霊気、めんどくさいマナって呼ぼうかな。魔力は?
わからない。霊気でいいや。
霊気は吸えたり、纏える。
あと何となく変化、変質もさせれる。本当に少しだけど。
あとは何だろう、強化されたりもか。




