4話 アネッサと始まりの洞窟
ズル…
洞窟の中。
死体が二つ。図書館内にあった部屋ほどの空間の中央に壮絶な姿で絶命している化け物の死体。そして部屋の隅には人間の女のバラバラ死体。そのバラバラ死体が独りでに動き出す。千切れた腕や、足、胴と離れてしまっていた頭部が互いにまるで逆再生されているように、肉体が再生されていく……
***
…
……
目を覚ます。
凄く良く寝ていたみたい。
脳の奥がジンジンして心地よい。
清々しい気持ちで伸びをする。
ここはどこ? 暗いジメジメとした場所にいた。
周囲を見渡して洞窟のような場所に居ることに気づく。
服もボロボロだ。きちんとアイロンがかけられていた白いワイシャツは見るも無残に破けていた。「何これ? 血?」 暗い空間で腕をまじまじと見ると青白い肌にこれでもかと乾いた血がこびりついていた。シャツも同様。袖も千切れているし、後ろも前も……
無事だったのは淡い青色のブラジャーとスカートだけ。スカートも少し破けてスリットが入ってしまっていた。……アレ? 何だっけ? ここにくる前の記憶……
「えっと、たしか図書館で誰かに襲われて、そうだ! あの女に…… 」
「う…」
鋭い刺すような痛みが頭に走った。思わず顔をしかめる。こめかみに手を当てて息をゆっくりと吐いた。
襲われて、それから、いつの間にか洞窟にいる。何故? 誰かに誘拐されて運び込まれた? それとも夢でも見ているのだろうか。何とか何が起きたのか思い出そうと試みる。
「あと、なんだっけ… そうだ女の子が助けてくれたんだ。」
朦朧としていた意識の中でも、かすかに覚えている。
ショートヘアのブロンドの女の子が私を襲った女をやっつけてくれて… 2回も助けてくれた? 夢の中であの子が化け物となったアイツを倒してくれた気がする。確か蝙蝠女みたいになって、それ以外の記憶は曖昧…… よろめきながらも立ち上がって周りを見る。
ん? 靴に何か当たった。
「ナイフ?」
黒い鉱石を加工したような原始的な刃物だった。持ち手には厚めの靴紐が綺麗に巻き付けられている。これはあの子の持ち物かな? 忘れていった?
違うか、置いてってくれたのかも。 なんで? これを使えってこと? え、何で? そっか私襲われたんだよね。身を守れるようにかも。まだ頭がハッキリとしない。
「襲われた?」
一瞬ゾクリとした。背筋に冷たいものが走る。
「そうだ。私いきなり自分の職場で殺されかけたんだ。それであの子が助けてくれて、手当もしてくれて、でそのあとアイツが化け物になってそれで私はまた殺されて… また殺された?」
どこで?
ここで…
それで?
またあの子が助けてくれた?
それで、彼女はいま何処に?
もう何が何だかわからない…… 状況を整理しようとしても混乱が増しただけだった。自分の頭がおかしくなってしまったんじゃないかと不安感に襲われる。
この洞窟から出よう。兎に角外へ出たい。
途端にあの子の顔が脳裏に浮かんだ。
頼もしかったな。
あんな風に強くなりたいな。
ふと脇に何かあることに今更ながら気が付いた。自分のすぐ近くにあの化け物の死体。あの女が無残な姿で死んでいた。夢の中と同じ蝙蝠女の姿で。女の格好は虫やカエルを連想させた。ふふ馬鹿みたいな姿。少し吹き出しそうになった。
他にも何か見える。
「何これ…? エナジー? 光る粒子、綺麗……」
細かい光のエネルギーが漂っているのが見える。
死体からも僅かばかり出ている。すぐに消えていくけれど。
?
自分の腕を見ると
私からも出てる!?
脳裏にイメージが一瞬だけ浮かぶ。
==
アネッサ
型:ヴァンパイア レベル1
アビリティ
「ナイトストーカーの呼吸」 「超再生」
==
何これ。
ナイトストーカーの呼吸? 意識してみると何かが変わったような気がするけどよくわからなかった。
あの女の、化け物の死体に再び意識が向いた。
私はこの女にバラバラにされた。
この蝙蝠女から流れる血、まだ乾いてない血がある。血を見ていると心臓が高鳴る。目が、自分の瞳孔が収縮しているのがわかる。目に通っている血管がドクドクと脈打つ、視線が死体から離せない。
凄く魅力的な人を街で見かけたときに自分の瞳がギュンとなった時にも似ている気がした。いやタイプなだけでは瞳がこんなに脈打ったりしない。けれど本能の欲求のようなものを感じた。
魅力的? 欲しいの? 血が?
この化け物の死体が私をおかしくさせている?
いや、血が? 血が……
……ヴァンパイアだっけ?
さっき脳裏に浮かんできたイメージ。
自分でも気づかないうちに口角が吊り上がって笑っていることに気づいた。
何故、なんで悦に浸っているの? 私は。
吊り上がった口角からむき出しになっている己の歯に舌で触れる。
犬歯が伸びていた……
鋭い歯の切っ先で舌を少々切ってしまう。思った以上に鋭い、気をつけなきゃ…… 舌からふつりと流れた血を舐めるように味わう。ぁ、美味しい…… 喉の奥から笑いがこみ上げてくる。
気が付くと忌まわしき醜悪な化け物の頭部を掴み上げ首に噛みついていた。ブドウの房を持ち上げて房の下から食べるように。自分の目が愉悦で笑っているのがわかる。
「やっぱり美味しぃ…」
喉が潤う……
潤っていくことで漸くこんなに喉が渇いていたのかと気づいて驚く。化け物の血を吸いつくしてミイラのようになった搾りかすを床にゴミのように捨てた。
「はぁ… 気持ちよかったぁ。そうだ! あの子を探さないと、私の命の恩人!」
お礼も言わなきゃ!
あと、それと血を…
あ、だめだ、そんなこと。見つけたら一杯ハグして…
あとは協力してここから脱出しよう! うん!
空回りするよう部屋を出ていったものの洞窟内であの子は見つからなかった。さらに探し続けると
一階でマンホールを見つける。蓋が空いていて梯子が下に続いていた。
蓋をひょいと持ち上げて匂いを嗅ぐ。あの子の匂いかな? 人間の匂い、な気がする…… いい匂いだなぁ。また知らず知らずのうちに口角が上がっていた。はしたない気がして唇を閉じて、軽く噛み、舐める。
多分彼女はここに入っていったんだよね。梯子を下りていく。ずいぶん降りたと思ったらもっと大きな洞窟の天井にでた。
下に降りてあの子を探す。綺麗な場所。苔や壁が僅かに光っている。奥のほうに大蛇。凄く大きい。アナコンダだろうか。
大きな蛇、怖いなぁ。気づかれないようにしなきゃ。と思った矢先。大きな蛇は体をくゆらしながら
高速で距離を詰めて来た。20m以上距離があったが一息でこちらまで来るとは思わず。虚を突かれた。大蛇は素早く私の手前まで這いより、そこからバネのように身を伸ばしてきた。
蛇がこちらに噛みつこうと口を大きく開けた。
その時、時間の流れが遅くなったような感覚になった。自分の中の何かが切り替わったような感じ。
力が湧いてきて大蛇の頭と首を掴んでそのまま壁に鞭のように叩きつける。数瞬の後、頭部を破壊したほうが早いことに気づいて握りこんだ頭部に意識を向けると既に蛇の頭は私の指先から生えていている、凶悪そうな5センチほどの爪が貫いていた。
アドレナリンが脳を駆け巡っている、気が付くとフゥフゥと音を出しながら呼吸していた。またクスクスと笑いが漏れてしまう。犬歯を舌でなぞるように触れる。
指先、爪からも少し血を吸っていた。
血が自分の中に巡っていく感覚が心地いい。
もっと戦いたい! もっと殺したい!
ふふふ、血も吸おう。
蝙蝠女のほうが美味しかったなぁ。
でも……
「あー♪ 気持ちいぃ…」




