3話
気が付くと洞窟にいた。
何を言ってるかわからないと思うかもしれないけど、私だって状況を把握出来ていない。ここは何処? 図書館じゃないことはわかる。洞窟なのに岩壁の前には何故かボロボロの便器があった。
起き上がり冷たい地面の上に座る。意味不明な状況に次から次へと放り出されて、疲労が溜まっていた。瞳から涙が溢れ出そうになる。溢れる前に拭うと目の前の床に転がっているダイスが目に入ってきた。
「あ、これ。 あたしのだ。あの時貰ったダイス。」
ダイスを手に持つと右手に吸い込まれていった。ギョッとして目を見開いて右手をまじまじと見るがダイスはもう何処にもない。ダイスが手の中に入っちゃった… 不思議なアイテムが体内に潜って消えるとか、何それ。どう思っていいものか分からなかった。夢でも見てるのかもしれない。頬をつねろうかな。
幻覚でも見ているのかも知れなかった。もうずっと奇妙なことばかり起きつづけているし、疲れているんだ。冷たい風を首の後ろで感じて身をすくめる。少々寒い……
違う場所に来たことは前にもあったけれど。ここは安全なのか。まさかまたあの人類文明が滅びた世界に戻って来た? あの魔物だらけの? エイリアンとかが居て…
こういう時はどうしよう。師匠その2の劣化隠形を使用、気配を消して立ち上がる。とりあえず動こう。音を立てないように道を進んでいく。辺りを見渡して進んでいるうちに洞窟の作りに違和感。何処か見覚えがある。
階段のように段になっている地面が上の階へと続いていた。階段周囲の廊下に脇道に小部屋の感じもだ。この間取り… 知っている間取りだ。魔物が潜んでいないか気を付けながら階段を上ると小部屋になっている場所がいくつかありそこを順番に覗いていく、何もない、誰もいないけれど間取りは予想通りだった。嫌な予感がして息が苦しくなる。鼓動が速まる、緊張する。図書館に似てるんだ、この場所。
一つの小部屋の前に立つ、目当ての小部屋だった。思い切って中を覗くとテントの残骸のようなものと人間の死体をむさぼり食べている化け物の姿があった。
ワシ鼻に頭部にぼさぼさの髪の毛をまとめている、灰色の体は歪な骨格でガリガリに痩せている。人間の両腕の二の腕部分の皮膚がまるで蝙蝠のように胴体と一体化していた。
人外がこちらを振り返る。あの女だった。私が叩きのめしたあの殺人鬼。霧に飲まれて死んだはず。
―ギシャァー!
威嚇するような叫び声を出しながら顔を歪めて怒りの感情を露わにして此方を睨む。劣化隠形を使ってたのにあたしに気づいた。確かに劣化版だけど、それでも気づくのが早い。殺人鬼が威嚇してくるが微妙に目を向ける方向がずれている。まさか見えていない? 鼻が良くなったとかそんな能力を化け物化して獲得したのかも。
しかし次の瞬間にはそんなことはどうでも良く思った。そいつの横にあるものが一気に怒りを上昇させたから。蝙蝠人間の脇には司書の女性らしきバラバラ死体があった。あのひとを食べてたんだ。こいつは!
瞬間的に距離を詰めてそいつの顔面を殴りつけた。馬乗りになって何度も何度も。そいつは耳障りな絶叫を上げながら爪で引っ搔いて応戦しようとする。あたしは徹底的に殴り続けた。一発殴りつけるたびにそいつの骨にひびが入り、砕けていく。10秒ほどで化け物の体からマナが一気に抜けていくのが見えた。炭酸の泡のようにマナがどんどん漏れ出ていく。止めを刺そうとした時。
「ちょっと待って! お願いだから! チョットダケ!!」
死にゆく前の人外が言った。
「何?」
「助けておくれよぉ、ヒック、悪気はなかったんだよぉ… ヒック」
「おい、お前」
「ヒア、ハィィ…」
「なぜこの人を襲ったの?」
「ししし、知らな、いやわかりません…」
「と、とにかく助けて!? オネガイ、改心するから…」
「ふーん、じゃあこれを飲んで。」
「え? これ?」
「いいから飲め!」
クリニックでとって来た、粉末の風邪薬を飲むようにいう。
「早くして。」
殺人鬼の化け物はあたしから受け取った粉末を飲むふりをして口に含んであたしに吹きかけた。そいつはこの粉末がせめて毒なのを期待してたようであたしが意に介さないのを見て希望を自らの手で消してしまったような顔をした。それが蝙蝠女の最後だった。
図書館と間取りが酷似しているこの洞窟を探索。また違う小部屋に入ってテント作成。部屋の中の石や岩を使って
簡単なバリケードとは言えない程度の侵入を阻害する障害物を入口に置く。死体の近くにあの司書の女の人のカバン。ピンクの革のバッグ。
IDの写真をみると名はアネッサ。26歳。茶髪で顔立ちは整っていて愛らしい人だった。あの蝙蝠女とは知り合いだったのだろうか。今となってはわからない。
武器が欲しい。あの女は人間だったと思うんだけど何でモンスターみたいになったのだろう。とにかく他に強力なモンスターが出たらまずい。少しだけヒト型エイリアンに似ている感じがした。顔つきや骨格がほんの少し。
劣化隠形を使いながら洞窟内を探索。間取りは似てるけど図書館ではなさそう。100年経った世界に来たとかでも無い。壁の素材は本物の洞窟だ。でもならば何故間取りが似てるのかもわからない。わからないことだらけ。洞窟の壁には鉱石のようなものまである。
この黒い石って黒曜石かな?違うかもしれない…でも似ている。ガラスみたいな感じが。石を近くにあったほかの石を使って壁からどうにか取り出し石と石をぶつけあって割る。素材にしてマジックアイテムDIYでナイフを作る。
>>マジックアイテムDIY
>>黒妖石のナイフ:出血ダメージ+
鋭いナイフが出来上がった。柄を握りこみ手のひらから魔力を通す。衝撃には弱そうだけどマナの通りもいい。他にもいくつかこの黒い石を見つけてリュックに入れていく。図書館の出入り口があった場所に向かうと行き止まり。そこは壁だった。ここから出られるんじゃないかと期待していたのに。壁を触ってみても出口が隠されているとかもない。下半身にマナを込めて思い切って蹴ってみる。だめだ、びくともしない…
この洞窟に閉じ込められた可能性を感じて焦りの感情が心に灯った。他に出入り口らしき場所はないかと探す。
図書館カウンターだった場所は岩と鍾乳石が並んでいた。飛び越えてその奥の部屋の中を覗く。部屋の真ん中に蓋のようなものがある。蓋が少しズレてる。
「マンホールだよね? これ。」
鉄製の蓋をひょいと持ち上げて、改めて自分の身体能力の向上に驚く。40キロはありそうな鉄蓋を片手で難なく持ち上げているのだ。今の私には数キロほどにしか感じなかった。
そっと地面に落としてみると
ガタン! 大きな音が部屋に響いた。
どう思っていいか分からなかった、強くなったおかげで今の状況でも冷静さを失わずに居られるのも、人間離れして行く自分に何処か戸惑っているのも、その何方ともが事実だった。蓋があった場所の穴を覗くと梯子が下へと続いている。
「……真っ暗だし、降りたくないんだけど。」
でも2階も異常なし。ここにはもう私しかいない。
そして出口がないんだ…
「ふぅ……」
一つ息を吐いて覚悟を決めた。マンホールを下に降りていく。狭いけど思ったほどじゃない。ずっと下にまで続いてる。一体いつまで続くのか、マンホールの穴を下がっていったことなどないけれど昔遊んだビデオゲームではここまで長くはなかったのは覚えていた。
建物3階分くらい降りたんじゃないかという程度で梯子が無くなった。器穴から顔を出して周りを確認してみると、
どこか恐ろしく広い洞窟の天井の穴から自分が顔を出している状態だと気づく。天井の鍾乳石が邪魔でどういう場所なのか良く見えない。洞窟ではあるようだけれど…
すぐ下の地面までは3メーターほど。飛び降りることはできる。 …どうしようか。今から戻ったところで仕方ない。よし、飛び降りるぞ! 猫のようにくるりと体を反転させて着地出来た。思わず「よしっ!」と小声で言う。
洞窟内は意外と明るい。光源の場所の為か手前の岩や石柱が黒く見える。切り絵などで背景が明るくて手前に黒い山や木などが見えているデザインに似ていた。
光源は…
周りを見渡すと草みたいな緑のものが光っている。苔が光っていたり、壁もあちこち煌めいている場所がある。満遍なくと言うよりもムラがある感じ。神秘的な場所だな、と思った。デートで来れたり友達とこれたら良かったのに。
ぼうっと洞窟内を眺めていると目の前に明滅する光。蛍だ。あっちにも…
吹き抜けのようになっている場所から下の階が見える。そこにもいくらかの蛍、それに小さな蛇型エイリアン。狂暴そうではない。マイペースに我関せずと言った具合に身体をくねらせながら左手側から右手に進んで岩陰にスルリと消えていった。
少なくとも、動物やエイリアンがいた。もっと危険な場所かもしれないけど、誰もいない世界よりは良くなっている。拳に少し力を入れて握る。
「前よりもちょっとマシだよね。 うん、ちょっとはマシ!」




