4話
超能力仲間ができた。
あ、餓鬼が逃げだす!
餓鬼は障害物を利用しながら器用に逃げていく。
自分たちとは反対方向のスーパーがある方面だった。凄まじい速度で犬型が追走していった。
ここから離れてくれるのはいいが、探索するならまた出会うことになるかもしれない。
できれば2度と出会いたくないが。この気配を殺す術をうまいこと使っていかないと、
「──私はあっちのほうを見てくる。ここより安全な場所か、避難できそうな場所が無いか確認したい」
「──OK、分かった。俺もあっちを見て来る。20分以内にはここに戻ってくる、それとももっと早い方がいいか?」
「──ううん、それでいい。また集まって安全に話が出来る場所に移動しよう。服も着ておいてほしいし」
「──ああ、服は調達しておく」
そう言うと彼女はうなづいて1階右側へ降りて行った。
左手には百貨店のテナントがあり、そこから右手のほうへ進んでいくともう1つデパートがある。
多分彼女はデパート方面に向かうようだ。確かに入り口が複数ある場所の方が逃げやすいか?
狭い店舗に入ってシャッターを下ろして籠城するべきなのか、どちらが安全なのか。
こんな化け物が現れた経験もないし、わからない。
俺は2階から左手の百貨店に入る。
何気なく吹き抜けから1階を見た。
……イヌ型のエイリアンが倒れている。
イヌ型の体から出てきてる霊気の動きでなんとなそれが生きていることがわかった。
よく見ればわずかに呼吸している。
とどめを刺しといたほうがいいか。
いや、武器なんてもっていないし。とりあえず、瀕死なんだろ、ほっとこう。
デパート入口のすぐ近くに服が並んでいる。
そこで服を拝借しよう、ついでにそのほかの物も物色。
いくつかのブランドを手に取る。
高いけれど結構気に入っているやつもあった。
紺のパンツに紺のセーターでいい。
あの化け物が居ない内にさっさと着替えてしまいたい。
素早くTシャツやセーターに腕を通していった。
ついでに靴も履き替えたい、デパートの奥の靴売り場に頑丈な革靴あったな。
トレッキングシューズ代わりに使えそうなやつで家にもあるやつにした。
店の中を物色する間も霊気の様子を頼りに索敵していく。
隠れている存在は居ない。気配感じとるのもコツがつかめてきてる気がするが、どこまで万能かわからない。実際に間違えなければ答え合わせすらできない。
あ、モップを見つけた。
またモップかよ。
慣れた手つきでブラシ部分を外せた。
槍のように構えてみる。
霊気を込めていってみるが、期待していたほどには込められない。それでも丈夫になった気がする。
今度は纏わせるように霊気を誘導してみる。
うっすらと霊気が棒の周り、表面を流れていく。
とりあえず、空をついてみる。
!
結構な風切り音。
強そうな突きが出た。
「…………」
すぅ。
呼吸を整えながら、自分の体にも霊気を通す。
体に霊気がみなぎっていく。
もう一回。何か空回ったような感覚。
首を傾げる。
……もうちょっとだ、もう少しな気がする。
纏わせるだけじゃなくて、自分の体だけでもなく、棒の芯にまで霊気を通すように。
ビュッゥン!
衝撃波の音が聞こえそうなほどの突き。
それはグリズリーの頭をもかち割ってしまいそうな、あの犬型エイリアンでも倒せるんじゃないかと思えるほどの突きだった。
「…………」
恐る恐る、あの瀕死の犬型のいる場所へ向かった。
犬型の周りの霊気が少しづつ抜けていってる。
まるでフルートグラスの中で立ち昇るシャンパンの気泡のように……
「──よし、やるぞ」
棒を逆手にもち、先端に霊気を多めに溜める。
さらに己の身体を強化するように。
渾身の突きを繰り出して、犬型の頭部を突いた。
犬型エイリアンの頭が爆発したように打ち壊された。
身体からこぼれ出ていた霊気がもっと出てきて俺の中に入ってきた。
「──あ、祈り。瞑想するか」
今まで取り込んだ感じよりさらに多くが入ってきていた。
頭がクラクラする。
酩酊状態に近いような不思議な感覚だった。
脳がジンジンしているみたいだった。特に外側が顕著だった。
多少心地いい感じもしたものの、何処かで身を隠しながら休みたかった。
右手の服屋の横にトイレが視界に映り込んだ。
霊気の流れが穏やかで、危険はないように思えた。
通路に入ってみると、いくつかの亡骸。
そのうちの一つに目が吸い寄せられるように動いた。
多目的トイレの前の死体。
車椅子に座っている老紳士の死体だった。
黒いスーツにハットの初老の男。
通路の他の死体と何か違う。
ステッキを持っている。車椅子に座してるこの死体からのみ微弱な霊気を感じた。
……生きているのか?
近づいてまじまじと観察するが、確かに死んでいるように思えた。
霊気を自分のほうに吸い取るように誘導していってみる。
ピクリと老人の死体が動いた。
死体がうっすらと目を開ける。真っ赤な目だった。
なんとなくだったが目の前の老人を人とは違う何かのように感じた。
老人はよろよろとこちらに手を突き出して立ち上がろうとして倒れた。
地面に突っ伏しながら手をこちらに向けてきた。
手の中に何かある、目が合った。
目で伝えてくる。
確証はないが、とどめを刺してくれ…… だと思った。
持っていたモップで老紳士の頭部を突く。
霊気を棒先から老紳士の脳にまで伝えて破壊するイメージ。
生々しい破壊音の後、霊気が放出された。
俺の中に急速に霊気が入って来る。吸っていないのに。
だんだん頭がグワングワンしてきた。平衡感覚を一瞬失いそうになる。
足を数秒踏ん張って何とか倒れないようにしなければならなかった。
あと老紳士の手の中にアンク。
あの円に十字がくっついてるようなエジプトの十字架……
雰囲気のあるANKH。
白金色でスマホよりも大きい。
なんとなくアンクをポケットにしまった。
倒れている老紳士を多少マシな格好で寝かせた。
「──ダメだ、おれも気を失いそうだ。もうあと1分も持たない……」
車椅子を拝借してトイレに入りカギをかけた。
車椅子に座り、目を瞑った。
休まないといけない、そうだ、あの子の場所にもいかないと……
眠気が……
瞼が重い。
疲れた……
@@@
ぼんやりとしていた。
意識が覚醒するにつれ、既に目は開いていて部屋の壁を見ていることに気づいた。
薄暗い多目的トイレの中で、車椅子に座っていた。
まだ意識がハッキリとしない。
もう少しだけボーっとする。
あれ、電気ついてなかっただろうか。
どっちだけか。覚えていない。いや、こんなことはいい。
それより肩と首の筋肉に違和感を感じた、全体的にも体が痛む。
全身軽い筋肉痛のようだった。眠気はマシになったが疲労感は残っていた。
車椅子から立ち上がるも、すぐにトイレの床に仰向けに寝転がった。
汚いが、そんなことはどうでも良かった。
心身ともにぐったりとしている。床がひんやりとして気持ちよかった。
しばらく神経が休まらない日々を送った後のような疲れ。
ゆっくりと立ち上がったもののそのまま部屋の角にいき壁に背を預けて床に座りなおした。
瞑想でもしようかと思った。
ポケットに何かある……
アンクだ。あの老紳士のアンク。ANKH。
何となくアンクを握りしめながら瞑想した。
脳をスイッチオフするような感じで休め、目の焦点を一点で固定する。
次は額の肌の感覚と耳がどんな音をとらえているかに意識を持っていく。
適度な呼吸で脳に酸素を送る、吐き出したタイミングで脳がジンジンとし始める。
脳の後部と前部がマッサージされているような感覚になった。
集中が途切れたり強く集中しすぎたら、力を抜き、気長にまた始める。
力まないでいい。ただ淡々とやればいい。
脳に霊気が循環し始めた気がする。特に脳の外側。
体の霊気も整ってきた。意識が鮮明になった。
時が停まった世界で自分がメンテナンスを受けているような感覚。
10分ほどそのまま瞑想を続けて切り上げた。
まだ本調子じゃないかもしれない。
しかし遥かにマシになった。
水……
喉が乾いたな。水が欲しい…
周りを自然に見渡しつつ、途端に記憶が戻って来た。
「──あ、あの子どうなった……、マズイ」
俺を待ってるはずだ。戻らないと。
現実に引き戻される。もう約束の30分なんて、余裕で過ぎてるだろう。
この非常時に何やってんだ、俺。
通路にあった自販機が、半ば開いていた。
隙間からミネラルウォーターを2つ取る。飲みながら屋上駐車場前の出入り口に向かう。
前よりも全体的に電気が消えていた。非常灯とほんの少しの電気だけが点滅しながらついてるだけだ。
メイン通路は明るかったのに。
前みたいに霊気を操作して、薄明りに溶け込むように気配を消しながら進んでいった。
なにか動くものが見えた。
身構えたがネズミのモンスターだった。
干からびた死体に噛り付いてる。
そんなに大きくないな、25センチくらいか。いや、十分大きいか。
2匹20メーターくらいの距離があるが、こちらには気づく気配はなかった。
どのくらい気づかないものなのか、10メーターまで近づいても気づいていなかった。
視界に入ってるはずだが。
3メーターほど近づいてなにかに気づいたような様子を見せた。
もう一歩近づいた。
──瞬間
1匹が飛びかかってきた。
霊気を込めた裏拳で弾くように打った。
ネズミは斜め前の床に叩きつけられてぐったりとして動きを止めた。もう1匹はあたりを見回してようやく俺に気づいて逃げ出そうとしたところを逃がさずに棒で打ち抜いた。
うっ……。
霊気を吸うと、なんか気持ち悪い、また魔力酔いか?
もう霊気でも魔力でもなんでもいいや。
ネズミ型からすこし霊気が入ってくるが、ストップする。
ポケットからアンクを取り出して呼吸を整えると、すこし楽になった。
駐車場出入り口に到着。
「──誰もいない」
まぁそりゃそうか。
自分でもどのくらい寝ていたのかわからない。あの子もずっとは待ってられないだろうし。
まだ施設内にいるとは思うが。
もっと安全な場所へ移動しているかも。
ふと名前を聞くのもお互い忘れていたことに気づいて溜息をついた。
その後ひととおりショッピングモールを探索。
何匹かのネズミや弱った犬型を発見して倒したが。
彼女は見つからない。
もしかしたらこの施設から出て行った可能性もあった。
「もう、ここには居なそうだな」
施設から出るまえに必要物資を車に少しづづ積みこむ。待ち合わせ場所の手すり近くに何か落ちていることに気づく。
メモ用紙に殴り書き。
《 追われてる! またどこかで! 》
何かに追われてる? 俺が寝てた間に何かに遭遇した?
大丈夫なのか?
何に追われていたんだ? ここに落ちてたってことは彼女はこの施設から出た可能性が高い。駐車場屋上から外を見てももちろん誰もいない。
上から降ろす周りの住宅地は静かで人の気配は無さそうだった。
こんな事態だ、避難したのだろう。
いったん家に帰ろう。途中で見かけたら乗せていけるが。
車を出そうとエンジンをかけて立体駐車場を車で降りていくと、そこには──
──巨大な蜘蛛がいた。




