16話 元通りの日常へ・祈るような日々
元通りの世界?
----Cindy SIDE
「はい!よろこんでー!」
バーテンダーは忙しい!
仕事がひと段落すると冷静になって来て
なんであの世界から命からがら抜け出せたのにこんなに忙しく働いてるんだよ!
等と独り言ちながら帰り支度をする。
あの日。港倉庫から出て家に戻ると警察から行方不明扱いされていて、
元々住んでいたシェアハウスにはもう人が住んでいた。
正直に説明しようとすると精神科医を紹介したり、入院も出来るかもしれない
等と言われた。という訳で正直に説明するルートは閉ざされてしまった。
仕事終わり、Barの裏口から出て
隣接するビルの入り口横にある階段を降りて行く。
ここに今の住処があるのだ。
部屋に入ってすぐ着替えと掃除を済ませる。
テント作成を応用して作った一人掛けのソファに
倒れこむように体を沈めた。
ぼうっと天井を見ていると玄関のドアが開く音。
外に見回りに行ってたハチが帰って来たようだ。
ソファに近づいてきて頭を私にこすりつけてきた。
ハチを抱きしめながらまた思考に耽る。
(なんでこんな風に暮らしてるんだろう…
身体能力上がってて疲れないからいいけどさ。いや、良くないし。)
せっかく超能力を得たのに
時給で報酬をもらってる時点で時間の無駄じゃない?
凄くもったいない気がする。
今からでもフリーランスで仕事を始めるべきかもしれない。
ついつい思ってしまう。
(弟子の技を使ってさ、こう、何か… えーと戦闘力がUPしても
高給でボディガードに雇ってくれるだろうか? いや能力説明できないし…
見た目で落とされちゃうか… 師匠たちの技は… 呪術に槍、魔道具つくりに魔物を仲間にする技に…)
そこまで考えて全部大っぴらに使えないじゃん!
と思ってまた今度考えることにした。
今は職場の隣の建物の物件を紹介してもらってそこに住んでいる。
エリザベスとハチはあたしがひそかに飼っているけど。
いつか見つかっちゃうかも。不安だな。
いや、別に見つかったところであの2匹なら逃げれるか。
エリザべスもといベスは時折ふと何処かへ行ってしまう。
ベスはうるさいから出てっても文句はないけど。
心配になるときもある。でもあの狂人の話とかいう技があるなら
問題なくこの世界で生きて行けるのかも。
ソファの上で伸びをして、そのまま少しストレッチをする。
数分でやめてキッチンから水を取って来る。
今の生活が嫌かと聞かれたら正直悪くない。
命の危険はほぼ無いし、疲れ知らずな体も有難い。
夜の街も怖くなくなった。ついでに酔っ払いも。
物覚えは別に悪い方ではなかったけど、野良弟子のジョブのおかげか
以前と比べても格段に学ぶのが得意になったのも悪くない、それどころか素晴らしい。
テント作成があるから正直清潔にしてられる場所であれば
住居は何処でも良いし。
現在の給料は週に800ドルとチップが少し。
休みの日に2人の師匠を探しているけど、
あの二人も行方不明扱いになってるのだろうか。
それか、まだあの世界にいるか…
いや、それともこの世界が…
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「祈るような日々の」
州都--東部地方
TONY SIDE
あの日。籠城していたスーパーマーケットが焼け落ちてしまった日から…
皆で協力しながら北上。いくつかある湖の近くの街へ来た。
幸運なことにそこでは
他の人間たちのグループを見つけて合流することができた。
出会った時彼らは丁度湖の南東の街のはずれにいてゴブリンを追い返しているところだった。
そこへ俺たちのグループが加勢に入ったんだ。そこでジェイソン達と出会った。
彼らがいた場所は警察署と酒屋。あとは農場と住宅地しかないような場所。
15名くらいのグループで俺たちより僅かに人数が少なかった。
そのグループの代表者ジェイソンと話し合い、グループを合流させ俺と
ジェイソンが二人でリーダーを務めることとなった。
ジェイソンは熊のような大男で、その体躯に負けない程に声がデカい。
身長おそらく195センチ体重は… 不明。大きな腹の持ち主で恐らく150kg以上。
黒いスーツに黒いハットを着ている。40代で俺と同い年だった。
雰囲気は外見とは裏腹に柔らかで、
どちらかというと頭脳労働者タイプの人間のように思えた。
気配りもできるやつで、こちらのグループのことを気遣ってくれた。
ジェイソンも力に目覚めた人間だった。
このグループ内だと俺とジェイソンのみ。
大男には奥さんと娘と息子がいてまだ20歳くらい。
彼らの父親ほどではなかったが2人とも体が大きい。
「やぁ、俺はトニー。えぇと。俺から何ができるか言えばいいかな?
すまん、こういうの慣れてないから」
「いや! 全然かまわない。お互い様だ。あ! それと俺のほうから一応自己紹介させてくれ。
俺はジェイソン、これは話したか。えーとそうだ! タイプは木こりだ」
ほれ、といっていつの間に手にしていたのか、右手に斧、左手にチェーンソーを持って見せてきた。
何処から取り出したのか全く見えなかった…
びっくりした顔をすると。
「驚いたか! そうだ! あれだ。こうやって何もないところからでも頑張れば取り出せるんだ。」
「え? そんなことどうやってやるんだ?」
「えーと、できないのか。うーんと…
原理はさっぱりわからんがこのマナみたいなものを練り上げて
ずーとイメージしてしかも自分が詳しくないといけない。素材や触媒のどちらかが必要だ。」
「それをやってると物質化するんだ。」
「へー、それ俺にもできるかな?」
「うーむ、わからない…、もしアレだったら教えるぞ?」
「えーと、じゃぁあとで教えてもらってもいいかな?」
「わかった!」
「そうだ、銃は?」
「ああ、銃はあったが正直効果が薄い。」
「弾にマナが通ってないからか?」
「そうだが厳密には違う。まぁ要は使い捨ての武器は効率が良くないんだ。
それでもゴブリンくらいなら射殺できるが、けっこう心もとない」
「そうなのか…」
「ああ、しかし一応ここの女性たちには銃を持たせている。」
それ以外にもジェイソンと能力やマナについて話した。
恐らくスキルやらをレベルと共に取得できる以外に自分で修行しても多分取れること。
俺は技を取得する感覚がほぼ無いのだが。いつの間にか理解する感じで。
ジェイソンは選んでいる感覚が少しあると言っていた。個人差があるのかも知れない。
それに獲得できる技は元々その個人が持っている「適正」が
かなり関係してるんじゃないかとジェイソンと話していた。
ジェイソンが作った銃に俺がマナを込めて撃つとジェイソンよりも
ちゃんとマナが込められていたのが試射していた時にわかった。
ただし、込めるのに時間がかる。それに矢のようにマナがなじんだものを
後で回収して使いまわした方が威力も消費効率も良さそうだった。
弾丸の生産も俺には出来ない。
結局矢で戦うのは変わらなそうだった。
因みに物質化は俺にとっては恐ろしく難しかった。
やはり適性というものだろうか…
ジェイソンは一度物質化したものは消したり取り出したりは
かなり無駄にマナを使うからやめたほうがいいと言ってた。
さっきはたまたま消してたところだったから取り出しただけで
本来ほとんど消さないらしい。
それと物質化するものにはそれに近い材料があったほうが良いだとか。
そんな話を聞きながらなんとなく魔女の技を思い出していた。
彼女もアイテムを作っていたけれど… 確かに素材が必要だったな。
その日から俺とジェイソンで魔物に対抗できるようなグループにするべく
みんなの意見を聞きながら話し合いを重ねていった。
ここら一帯はシカのようなフォルムのエイリアンと
普通より一回り大きめの小鬼たちが出るらしいが積極的に襲ってはこないとのこと。
ただし近くの村に小さなゴブリンの群れがいて
そいつらは攻撃的なうえにしつこいという。
数日後には俺と共にジェイソンもレベル2になった
----ジェイソン
木こり レベル1→2
技
「対植物補正 」 「頑丈な体」
「物質化(斧)」 「物質化」 「怪力(小)」新!
----トニー
射手 レベル1→2
有効射程(200m)
技 「射撃好き」 射撃武器使用時 冷静さ維持 命中補正
「早撃ち」new!
そして… あのマリオも力を得た。
----マリオ
投石手 レベル1
有効射程(250m)
技 「投石威力up (小)」new!
射程はマナをどのくらい遠くまで消失、霧散させずに使えるか。
俺もだがマリオはかなり射程が長い。
ジェイソンに斧投げや、弓にマナを込めてもらって測ると結果は明らかだった。
彼の斧も弾丸も20M~30Mほどでマナが霧散。
いきなりではなくて例えば10m先の敵に斧を投げたときの攻撃力が100だとすれば
30m遠くの敵に届くころには30ほどになってしまうという感じ。
たった30mで7割減だ。俺たちは50mでも100m先でもそこまでは下がらない。
これが「適正」ということなのだろう。
多分オレとマリオはマナの有効射程、術者からの距離、速度。
そして恐らくマナを保存できる時間が他より長い。
マナエネルギーの維持に適性があるってことか。
ジェイソンの適性はなんだろうか?
力か?
射程は短いが常に身にまといながら戦うような適正が高い?
それとも…
いや俺やマリオよりは高いかもしれんが…
そこじゃなさそうだ。物質化だろうか?
……よくわからん。また今度考えよう。
マリオが投石を覚えて一気に戦力は飛躍的にアップした。
投石は素晴らしいスキルで命中率も高く威力も申し分なかった。
頭に当たればシカのエイリアンに対しても大きなダメージが与えられる。
毎度一撃で倒せるわけではないし、
一度エイリアンが突進してきてあやうく殺されそうにもなったりもしたが。
それでも頼りになる技だった。
(そのときはジェイソンがシカ型をチェーンソーを振り回して倒してくれた。
シカ型エイリアンは強くて二度と突進されたくない相手になった。)
マリオはあれからかなり協力的になった。
あのとき俺たちを裏切ろうとしていた男を殺してから一気に腹を決めたらしい。
いまだに子供っぽいところもあるが…
仕方ない、そういう性格なのだろう。
------------合流3日目
ジェイソンたちとのグループとはよく交流できている。
みんなもう一つのグループのように協力し合えているのは
彼らが善良でまじめな集団なのか、もしくはあの熊のようなリーダーの影響か。
マリオやジェイソンとどうにかして
俺たちのように力に目覚めるメンバーを増やせないかという話になっていた。
魔物やエイリアンはたまにみんなに止めを刺させているが、誰も力に目覚めない。
何か条件があるのだろうか?
------------合流6日目
ジェイソンに魔女について話した。
俺たちのリーダー。
それとも元リーダーと言えばいいのだろうか。
恩人であることには間違いない。
あきらかに他の人間より強かった。
特別な人間というのはやはり時折現れるものなのかもしれない
というくらいで話は終わった。
それよりも深刻な議題があったからだ…
食料が少なくなってきた。
どこかに調達しにいかないとまずいことになる。
あのスーパーマーケットで起きた経過をここでもなぞりたくはない。
翌日マリオからここら周辺の霧が酷くなってきたとの報告。
なにかヤバい気がする。
話し合ってバリケードを強化することにした。
それにそろそろ食料も調達しなければ……
酒屋の外では霧の中に入ったゴブリンが絶叫をあげて消えたのを見た。
霧が無くなった後確認すると小鬼の亡骸は無かった。一体何処に行ったのか。
俺とジェイソン、マリオ他皆も霧に恐怖した。
日中は外に出れそうなときはみんなで作った投石紐を使って全員投石の訓練。
一応弓の訓練も毎日している。時間は有り余っている。
弓もいいが投石は弾の補充と確保が容易だし威力も申し分ないので
マリオがみんなの師匠となって教えることに。
マリオや俺がマナを込めてやれば能力者でなくとも
モンスターに当てることさえできればダメージを与えられた。
威力は落ちるが。それでもマシだ。
投石は素晴らしい。
ただし石に込めたマナは10秒も経たずに霧散する。
そして素早く動き回るような相手や、
すでにこちらに気づいてる相手に対して命中させるのは難しい。
投石紐を回している最中にターゲット変更がほぼできないからだ。
基本的には敵わなそうな相手や、群れている魔物は
今のところ籠城してやりすごしていくしかない。
---------合流8日目
夜の帳が降り始めたあたり。
暗い酒屋の窓につけられたバリケードや
トタン屋根は機関銃の銃撃でも浴びせられたかのように激しく雨に打たれていた。
合間に合いの手の様に雷が落ちる音。
嵐が来た…
みんなで電池式のランプを大事に使いながら
じっと豪雨をバリケードだらけの酒屋でやり過ごす。
見回すと今更ながら誰一人酒を飲んでいないことに気づいた。
そんな場合じゃないからだが、普段からだ。誰も投げやりになってない。
やれることをやってる。
バリケードを作ってるときに
警察署よりこちらのほうがいいとなって酒屋に移動したのだが。
酒浸りになるやつなどが出る可能性など全然考えていなかった。
皆良くやってくれてる。
酒の代わりにひそひそとみんなが話している。
オレは話には加わらないで心をクリアにしようと集中していた。
ジェイソンは木を加工して何か作っていてそれに夢中だ。
雨や雷に混じって外でギャァギャァ叫び声が聞こえてきた。
バリケードの隙間。外が見える場所にいって見てみる。
予想通り小鬼たちだった。
(なにか争いあっているのか?
もっと大きいゴブリンたち?)
違う、もっと大きいゴブリンじゃない!
なんだ? 人間の死体?
バリケードの隙間から見えた光景に思わず唾を飲み込む。
アイツら人間の死体と戦っている!
死体が動いているんだ!
ゾンビだ。フィクションの中の化け物が現実に現れたのだ。
ゾンビ。動く死体。リビングデッド。足がガタガタと震えていた。
意味不明な魔物達や、小鬼で精いっぱいなんだぞ…
世界を呪いたくなると疲労感が増す。
動く死体達はゴブリンに襲い掛かっていた。
噛みついたり、体を引きちぎろうとしたり無茶苦茶な攻撃方法。
とても理性は持ってなさそうな化け物たちに
体の中に冷たいものを当てられたような恐怖を感じた。
それに数が多くなってきた。何体いるんだ?
体の動かし方などは恐ろしく不格好で非効率的。
20体ほどいた小鬼は数で上回るゾンビに殺されてしまった。
ゾンビたちも数体やられた。
こちらの数少ない明かりをけして、音を立てないようにみんなでやり過ごす。
こいつらにバリケードをこじ開けられたら終わりだぞ…
ここからこの数相手に投石は出来ない。
至近距離で紐を回してる間にかみ殺されてしまうだろう。
俺とジェイソンだけで戦える気もしない。
どのくらいゾンビたちはそこにとどまっていただろう。
ゴブリン達を豪雨の中食い散らかして半分以上は何処かへ去っていった。
問題なのは殺されたはずのゴブリンたちが起き上がってゾンビ化して
自分たちを襲ったゾンビと共に消えていったこと。
やっぱりゾンビだった。フィクションの中だけじゃない。
本当に感染するのか… 畜生! 最悪だ!
それから数時間ゾンビ化した小鬼たちの多くは何処かへ行った。
今俺たちの近くにいるのは恐らく10体ほどだが。
それでも戦闘になればキツイ。
近距離でモンスターと
戦えるのは俺とジェイソンのみ。
それにまだ他のゾンビどもがどこに潜んでるのかもわからない。
頭を失ったゾンビは動いてはいないが、弱点は頭部なのだろうか。
この状況で食料を調達しに行く?
確実に数日前より状況が悪くなっている。
残りの食べ物を節約していく取り決めをする。
俺は缶詰め一つとプロテインパウダーやオーツでもあればいい。
雨は長い間降り続いている。雨具を着て
雨に打たれながら俺とジェイソンとマリオで外に出る。
一体の小鬼ゾンビ。
明らかに他のゾンビより離れた方向へ行ったのでそいつを狙い撃ちにする。
距離は60m。
まずマリオが投石をゾンビの頭に命中させた。
ゴッ!
という音がした後動く死体が倒れた。
(よくやった!)
思わず口に出したくなるがゾンビはまだ生きてる、
少しだけゾンビが呻いた。すぐに頭部に矢を放つ。命中。
手応えはあった。フラフラと近づいて来るが遅い。
マリオが二発目で頭をつぶしてようやく動かない死体となった。
ジェイソンは周囲の様子を窺がっていた。
このくらい綺麗に始末できればさすがに感知されないか。
一応俺達でも倒せる相手なのも分かったが。
こいつらが大勢で集まってくるのはヤバい。
ジェイソンも白兵戦でゾンビは
「4、5体も倒せたらいいほうかもしれないからあまり頼りにするなよ!」
と言っていた。
ジェイソンならもっと倒せてもおかしくはないが、感染をしないように立ち回れば
そのくらいに見積もっておかないとまずいのだろうと思えば納得だった。
それから数日して何体かのゾンビを倒しては隙を見て外に出たりしていた。
まだあまり食料を持ち帰れてないが…
これから大丈夫だろうか。
この時の俺たちは只々祈るような気持ちで過ごしていた。
ジェイソン
木こり レベル2
アビリティ「対植物補正」 「頑丈な体」
skill 「斧具現化」 「チェーンソー具現化」 「怪力」
トニー
射手 レベル2
有効射程(220m)
アビリティ 「射撃好き」: 射撃武器使用時 冷静補正(中) 命中率補正(小)
スキル 「早撃ち」
マリオ
投石手 レベル1
有効射程(330m)
スキル 「投石威力up (小)」




