2話
「ショッピングモール、デパート横、立体駐車場、屋上」
意識が闇から浮上するように覚醒してきた。
自分が眠っていたことに気づく。
ゆっくりと瞼を開けると夜だった。
車のフロントガラス越しに星空が見える。
どのくらい眠っていたのだろうか。
着いた時は、……夕方だったっけ。服は寝ている間に脱いでいたらしく全裸だった。
「ちょっと冷えるな…」
思わず身震いするほどには気温は低かった。
「……なんだ?」
視界に違和感を感じた。
ダッシュボードのあたりの空気が動いている…
いや、違う。ハンドル周りに自分の手の周りの空気もだ。
炭酸の泡のようなものが動いたり……
「消えた?」
透明な動く気体のような気泡のようなもの。
ガスなどではない。
微小な気泡……
小さい泡。海の中でもないのに……
それはシャンパングラスの中の気泡のように、俺の腕や、身体から立ち昇っていた。
真冬に屋外で運動したときに体から立ち上る湯気などのように。
気泡自体の大きさは炭酸の泡ほどで立ち昇り消えてゆく。
俺の身体以外にも僅かだが、それとは別に大気中に漂っては消えたり現れたりしているのもある。
かすかにしか見えず、でも目を凝らすと見える。
いや、見えているのか。それとも感じているのか。
判断が酷く難しい。
纏わりついてきたり俺の中に入って来てもいる。
「——幻覚でもみてるのか? 俺は……」
混乱してきた、とりあえず瞑想しよう。
事実は小説より奇なり。
往々にしてこういうこともあるんだろう。
偶然「気」をマスターしたのかもしれない。
たっぷりと瞑想して——
……ふぅ、よし。もう夜だし家に帰るか。
あ、そうだ。何故まずショッピングモールに来てるんだ!
まず家に帰ってから着替えたり通報したりすれば良かったじゃないか。
最初っからそうすりゃよかったんだ。馬鹿だな。どれだけ混乱してたんだよ……
己の馬鹿さ加減に呆れながら、そんなことを思った時だった——
―きゃぁぁぁぁぁー!
悲鳴。
ショッピングモール施設内から……
あたりは無人。もう施設は閉まっている。
いくべきか判断に迷うな。女の声だった。
「……あの餓鬼じゃないだろうな」
夕暮れの公園で見た化け物の姿が脳裏に浮かんだ。
あれがショッピングモール内に出たのか?
「出ていっても、武器も無しにあんな化け物に勝てる気しないぞ……」
恐ろしかった。
あれがこのショッピングモールにいるのならそりゃ怖い。
でも……。もしあれが一匹じゃなかったら?
違う個体がいて、それがこのショッピングモールにもいるのなら? あの餓鬼のような化け物が何十体も現れていたら……
ほとんどの人はとっくに避難済みだったら?
つぎからつぎへとそんな可能性が浮かんでくる。
その可能性が怖いんだ。もしもそうならここで車で逃げるにしても、エンジンをかけて気づかれたらまずいかもしれない。
でも、女の声だったな……
「仕方ない。ちょっとだけ様子を見に行くか……」
スニーカーだけ履いて駐車場屋上から入口へ向かった。
「思いっきり何かが起きた後だな……」
入り口の自動ドアは破壊されていた。
ガラスの破片を出来るだけ踏まないように、音を立てないように入っていく。建物内は薄暗く、電気はついてるところもあるが非常灯だけが灯っている箇所と半々だった。
あの公園だけじゃない。
やはりここら一帯に何かがあったんだ。
確信しながらも、息を殺し、陰になる所へ移動。
状況を把握したい、聞き耳をたてる。
何かの息遣いのようなものが聞こえた、かすかに。
それに俺の身体から出ていた蠢いている気体? 微炭酸のようなエネルギーが空気中に漂っているように見える。
スピリットと名付けようか。
駐車場から壊れた屋内へ通じる自動ドアを抜けて踊り場に出ると、施設の中は漂ようスピリットが少し多い、なんか気が濃くなっている気がする。
そして——
「死体だ……」
階段踊り場横のエレベーター前に人間の死体。最初暗くてすぐに気づかなかったが、何体もある。
この非日常の中で、ふいに現実感が湧いてきた。
思わず身震いする。ちょっと待て。落ち着け、オレ。
大丈夫か? 頭がおかしくなったんじゃないよな? 多分、大丈夫だと思いたい。
えー、体調の方は……
そっちもおかしい……
謎に体の調子がいい、体が軽い、なぜか力がみなぎってる。
全身の筋肉に神経がいきわたり今すぐにでも爆発的な力が出せそうだった。近くに浮遊してきたスピリットが少し体に入ってきている。悪い感じはしないが……、意味がわからない。なんでこんな非常時にベストコンディションなんだよ。
とにかく様子を見に行こう。ここにいても仕方ない。
そうだ、悲鳴の主を確認しに来たんだ。
女がどこかにいたら、救助して……。
正直言えばこっちが助けて欲しいくらいなんだが……
踊り場から吹き抜けの方の通路は電気が付いていて良く見えた。
俺がいる場所のほうが暗い。吹き抜けの手すりから乗り出すようにして、施設内を見渡す。
そこにあったのは__
死体、死体、死体、死体、破壊されたショーウィンドウ、壊れたシャッター。
百人では効かないほどの死体の山。
人がこれだけ死んでいる割には床の血の量が少ないように思えるが。いや、こんなものなのか? どれだけ人が出血するかなんて俺にはわからない。
あの化け物。あいつがでたのか?
やっぱり一匹じゃなかったのか。これだけの人間を殺すなんてアレは何十体出たんだ。警備員や、警察は何をしていた?
通路脇の電灯が不気味に点滅を繰り返し惨劇の舞台を照らしていた。
ちょっとまて。こんな事態なのに何故だれも救助に来ていない。
警察は? 軍は? 救急車は? ヘリは?
もしかして世界中で起きていないだろうな、これ。
政府機能が停止していて……、他の人間たちは? 避難済み?
またアレに見つかったらやばい。あの悲鳴の主はどうなった。俺みたいにみんなが避難しているのを知らずにまだここにいた口か?
早く助けないとヤバいかも。
とりあえず、瞑想しよう。少しの時間でもいい。30秒ほどだった、たったそれだけでも少し楽になる。
よし、OK。これからどうする? 悲鳴の主はもう手遅れか、もしくは気配を殺して隠れているかだろ。
周囲を観察していると、ふいに大気の流れに意識が向いた。漂っていたスピリットの風向き、流れが変わったような。
吹き抜けになっている部分からスピリットを見てみると、脇の店の奥の通路のほうにスピリットがすこし流れて行っている。
それを確認した時。
ちょうどその店奥から毛のない灰色の犬。犬のエイリアンのようなものが出てきた。
アレじゃない……
あの餓鬼みたいなのとは全くの別物。
犬型の化け物。アルミ色の肌に目のないグレイハウンドを大きくして筋肉質にしたような生き物が、店前の死体にかぶりついた。食しているが、血を吸ってるようにも見える。
スピリットが死体からエイリアンドッグに流れ込んでいるのが分かった。
そいつから少し離れたところの空気が揺れた。
近くの廊下から2匹の同じ犬型の化け物が出てきて、そいつ合流。
一緒に食事をはじめた。仲間か。あのエイリアンドッグの。
足、早そうだな。見つかったら……、やばいぞ。
ていうか俺はどうする。このままここを去るか。
悲鳴の主だって見つからない。どうなったかわからないし。見つかるまでいつまでもここにいるのは危険すぎるだろう。
すぐにでも逃げるべきだ。警察や軍は何やっている。何故ここが放置されてるいるんだ。
本当にこんなのが世界中にこんなのが現れたわけないよな?
俺が寝てる合間にアポカリプスでも起ったとでも?
この化け物達、一体どのくらいいるんだ? そもそも逃げる場所なんてあるのか?
答えの出ない問いが湧き出てきて、考えるだけで頭がクラクラしてくる。
ここから逃げようにも車のエンジンなんてかけたらモンスターが一斉に集まって来る。
ショッピングモールから外に出ても逆に障害物が少なくなるだけだ。開けた場所で逃げ切れる自信なんてない。障害物も隠れる場所も多い場所がいい。
そういう意味ではここは悪くはないんだが。
思考で頭がいっぱいになっている時。
両脇の通路二階の左側の空気が揺れた。通路は坂になっていてこちらが坂の上。屋上駐車場へ続く3階の踊り場もある。上から見てみると何かがいる。
(……あいつだ、餓鬼だ!)
あのチンパンジーのような餓鬼みたいなやつが犬たちを
隠れながらみてる。アイツなぜ隠れているんだ?
あの餓鬼の化け物。……もしかして犬とは仲間じゃないのか?
二階にあったカフェの跡地の棚の上から何かを食いながら窺ってやがる。
……人間の腕だ。
人間の腕を食いながら犬たちを真っ赤な目で見ているんだ。
俺に気づく気配はない。
こっちも気づかれないように一層集中して気配を消す。ふとスピリットの、めんどくさいな。
もう霊気でいいや。これからは霊気と呼ぶ。
自身に纏わりついてた霊気の雰囲気が、動きが変化した。
より気配が消えた気がする。これ干渉できるのか。
静かに呼吸法を試す。
体内に取り込むように、霊気を呼吸で取り込んで循環させようとすると、消化されていくように体に溶け込んでいく。何かが変わったように思える。霊気を感じるのが少し上手くなった?
それに……、自分の気配がさらに希薄になった気がする。
ちょっと瞑想する。
気配を断ちながら瞑想。
少し落ち着いた。
ふとまた気配を感じた。餓鬼のいるカフェの前にあるエスカレーターのほうだ。
……人間だ!
人間がいる!
女だ! さっきの悲鳴の主かもしれない。
犬から距離をとりつつ気づかれないように身をかがめて隠れながら二階に行こうとしている。
おいおい、やばいぞ。
そっちにいくと角度的にあの餓鬼に視認されかねない。女がこっちをみた。目が合った!
が、何かおかしい。俺に気づいてない? 手を振るも、反応していない。
こちらを見て少し首をかしげた。
完全に気づかれないとか、見えてないとかではないのか。
そりゃそうだろうけど。
気配をもう少しだすか?
いやそうこうしてる間に人間が2階に上がった。餓鬼が女に気付いた!
明らかにヤツの雰囲気が変わった。
彼女を食いたいのか、しかし動かない。
もどかしそうに、犬をしきりに見ている。
やはり犬型エイリアンに気づかれたくないのか。
人間は女性で20代くらい。ブロンドで青目、上背は170くらいで、かなりの美人。
何か磁力みたいなものを感じさせるような女性だった。
餓鬼が物欲しそうな顔してみている。
とにかく気配をもっと出してその子に手を振ってみる。
なかなか気づかない……
頼む。気づいてくれ。
祈るような気持ちで試していると__
__気づいた!
彼女の目に感情が灯る。まるで花が咲いたような表情。
ジェスチャーで静かに! と注意を促して彼女から見て右手のほうのカフェに餓鬼がいることを伝える。
伝わるかな。なんか伝わったっぽい。
彼女がカフェのほうを見て固まった。
餓鬼としっかり目が合ってしまったようだった。




