3話
一体何が起きているんだ…
窓から身を乗り出して外を見る。
河馬型エイリアンが暴走していた。
以前追いかけまわされた時の河馬型よりも
二回り以上巨大な漆黒の個体だった。
酷く荒ぶっている。
正気ではないような、怒り狂っているような…
只でさえ前に見た個体だって格上の魔物だったのに。
この漆黒の個体は他の河馬型とは一線を画していた。
圧倒的な強さで周りの魔物を蹂躙する。
突進されたイヌ型が掠っただけで動かなくなった。
異常だったのは黒河馬だけでない。
周囲の魔物達は何故か逃げることもせず。
逆にどんどんと、ここに集まって来ていた。
それどころか黒河馬に一切怯むことも無く向かって行く始末。
アムスたちと成り行きを見守っていたが、次第に
イヌ型エイリアンの群れやチンプの群れが入り乱れて
戦争の様相を呈して来た。
「何が起きてるんだ?
霊気の流れも乱れている…」
そこでヤツを見つけた。
少し先のビルの一階の柱の裏…
チンプのボスが隠れながら黒い河馬をみて醜悪な笑みを浮かべていた。
あいつか…
相変わらずだな。
忌々しい嫌悪感を掻き立てる猿の魔物を見てウンザリする。
河馬型エイリアンはあの黒い個体が群れを形成していたのか、
他の河馬型たちも10匹以上加勢して他の魔物に攻撃し始めた。
縄張り争いの規模では無くなっている。
まるで魔物たちの大戦争……
大乱戦。
河馬型エイリアン 11匹
小鬼 200以上
イヌ型 200以上
チンプ 40以上
ヒト型 30ほど
鳥型、鳥系 数百以上
ネズミ 無数
小鬼達はこれは勝ち目はないだろう。
イヌ型エイリアンも同様。
…戦闘力の差があり過ぎる。
恐らく河馬型1体だけでゴブリン百体、簡単に蹴散らせる。
チンプはどのほど強いのかわからないが。
精々がイヌ型と同じかもう少し強い程度。
マナを観察した限り。
それぞれの強さは
河馬型を2百として
ヒト型 45
チンプ 17
イヌ 15
カラス 1
ゴブリン 1
ネズミ 0・3とかかな?
前に戦った陸竜が河馬と同じくらいかもしれない。
でもこの計算だとヒト型5体でカバと同じくらいかというと、
正直きついと思われる。
やっぱりやめだ。
数値化は難しい…
もう少し大雑把に言うならば
河馬S
ヒト型A
チンプと犬B
それ以外がC
そんな所だろう。
この場で河馬型にダメージを通せるのは恐らくヒト型エイリアンのみ。
イヌも軽傷なら可能性はある。
あいつらの噛みつき攻撃は動物のカバなら倒せそうなほどだ。
ヒト型に至っては問題なく無傷で動物のゾウを殺せるだろう。
計算がさらにややこしくなるのはチンプのボスの呪いの力。
恐らくこの戦争を引き起こした張本人。
戦場に目をやるとチンプ達は河馬型とヒト型エイリアン達に
どんどん殺されていっている。猿たちに勝ち目がまるで無いことは明白だった。
無謀な作戦。こんな戦いを引き起こすべきではなかった。
ところが… あの呪い猿。全然気にしてない様子…
黒河馬に恨みがあるのか?
しきりにそっちを見て悪意に満ちた笑みを浮かべている。
ダメだあいつ、自分のことしか考えてない…
群れが無くなった後のことを考えていないのだろうか。
今のところ暴走状態にあったとしても河馬軍がやはり優勢に見えた。
ただしどれだけ敵を蹴散らしてもチンプボスの呪いで、
鳥にチンプ、イヌからヒト型までがボス個体の
黒河馬を優先して集中攻撃を仕掛け続ける。
苛立った黒河馬が電撃を巨体から発生させながら
駆け回る。それはまるで雷を帯びた戦車。それが…
こっちのビルに向かって突っ込んできた!
!!!!
戦艦の砲撃を浴びせられたんじゃないかというほどの衝撃。
結界に入った不快感で黒河馬は一気に放電。
放たれた電撃が建物の下層全域にまで広がり、
さらに本体がビルの中を暴れまわって支柱を破壊。
ヤバい! ビルが崩れる!
アムスとシンディをつれ脱出。
聖域化が解除された。
アムスとシンディにこの魔物たちを相手させるのは荷が重すぎた。
俺だって無理だ。2人に可能な限り遠くまで避難するように指示。
それだけじゃない。
アムスは新しい結界を貼ったら動けなくなってしまう。
2人の殿でも買って出ないと、と思った矢先だった。
あの忌々しい猿が俺に気づいたことに、気づいた…
糞猿との距離はまだある。
やつが隠れていた建物から飛び出してこっちに向かって走り出した。
俺たち全員に呪いの煙を吹きかけるつもりだろう。
同じ手が通用すると思っているのか?
あ、俺にもアイツが見えていることに気付いてないのか!
2人を脱出させ、逆にこっちから呪い猿に向かい駆け出してゆく。
隠形はかけたまま。
俺がアイツに気づいていることに奴もそろそろ気づくかもしれない。
だがアイツ以外が気づかないでくれれば十分。まだ奴は他の猿に何も伝えてない。
距離があと50mほどになった、チンプボスの前にヒト型エイリアンが
ビルの陰から姿を現した。
口を大きく開け銃口を向ける。
チンプボスが威嚇しながら距離をとろうとするが、
その瞬間に威力強化された散弾が放たれる。
回避が間に合わず散弾を食らって血だらけに。
そのまま着地して体制を立て直そうとするボス猿の
目の前に傷だらけのチンプが現れる。
ボスは部下を掴んで盾にしながら逃げようとするが逆に部下が全力でボスにしがみついた。
「そいつは俺の傀儡だよ、この糞猿。」
右手に持った槍に思い切り霊気を込めて投げつけた。
驚愕し必死に部下を引きはがそうとする呪い猿の眼前に
凄まじい風切り音と共に霊気の塊のような槍。
それがチンプボスが最後に見た光景だった。
霊気がふんだんに込められた槍が一撃で頭蓋骨を破壊。
破片となった頭蓋骨と脳髄を撒き散らしながら
あの忌々しい猿の体から
呪いの瘴気が大量に放出された。
あの糞猿が最後に残していった瘴気。あの呪いの瘴気に酷似していた。
恐らく同じ物。最低最悪の最後っ屁。
ここら一帯、奴の死に際周辺にいた生き物達が一斉にこのたった今死んだ魔物の。
この戦いを巻き起こした張本人の憎悪、呪いを受けることになる。
あの疫病神の糞猿!
最後の最後までうっとおしい!
思わず心の中で毒づく。まずいことになった!
近くにいた死んだ魔物で状態がいいやつをピックアップしていき傀儡化。
先ほどのチンプ部下に、ヒト型のデカい盾持ち、イヌとカラスも傀儡化して
ヒト型の大きいのは散弾吐き配下に。
操作する側の負担をこれ以上増やしたくない。
チンプボスの死体から微かに霊気がほとばしっているのに気づく。
頭の中に何かある。
跳躍して半壊している頭蓋骨に手を突っ込むと巨大な結晶!
脳裏にイメージが浮かぶ
幻視===
ユニーク個体 呪い猿の結晶頭蓋骨
===
持っていくか。何に使えるかわからなくとも。
強力なアイテムになりそうな予感がした。
もうかなり魔物たちに囲まれてる。
それぞれが異様なほど敵意をむき出しにして突っ込んでくる。
いや、敵意が増してる!
ちょっと待て、この結晶だ!
呪われている! やはり結晶は捨てていく。
河馬たちはできるだけ相手にしたくない。
踏んだり蹴ったりだが、ここが正念場。
頼むぞ、傀儡達。
戦闘しては障害物や隠れられそうな場所に入り
すぐに見つかっては傀儡を操作しながら戦闘するのを繰り返す。
俺が呪いでこんなに憎悪を受けている状況ではアムスたちと
合流なんてとてもじゃないが出来るわけが無かった。
呪いを解きたいのに、解呪できる奴から遠ざからなければならない皮肉。
アムスたちが駆けていった南西方面にはもういけない。
北東に向かい始める。切り替えるしかない。
一人で殿をやってるみたいだった。ちょうど自分のアパートの方面。
撤退戦の方向としてはふさわしいとも言えた。
向こう側では段々と魔物の数が増していた。
河馬の数はそんなにだが、イヌ型や鳥系がさらに増えて、
ヒト型も相当数加わっている。そこにでかい爬虫類が現れた。あの陸竜ではない。
少し鰐のようなフォルムのエイリアン。全長10メーター近くある、こいつも強そうだ。
遠くで黒い河馬が咆哮とともにおびただしい量の高威力の雷撃を周囲に放ちだした。
今までの雷撃の比じゃない…
次元が、存在の格が違うように感じた。
その破壊力に思わず息をのむ…
あの強力そうな鰐のようなのエイリアンが一瞬で焼け焦げて沈んだ。
あんなこと出来るの?
巻き込まれていたら終わっていた。
アレに近づかなくて本当に良かった。
……雷獣かよ。
足を休めずに北東方面へ
だんだんと戦いの中心地から離れていっている。
元居たビルがある場所。
1キロ向こうは地獄絵図と化していた。
花とかキノコみたいな見た目の頭部をもったヒト型エイリアンまで見かけた。
胞子みたいなものを出していた。
とにかく巻き込まれずに北上しよう。
気を抜かずに、少しずつ。
少しずつだ…
カトー(ジョン・スミス)による霊量の計測
黒い個体 ?
河馬型 2百
ヒト型 45
チンプ 17
イヌ 15
カラス 1
ゴブリン 1
ネズミ 0・3




