2
「キィヤァァァァァ!」
「キィヤァァァァァァ!」
「ウワアアア!とびつこうとするな!こっちくるなぁーー!!」
異世界ですか?俺です。主人公です。
音声だけだとたくさんのヒロインが恥ずかしがりやのモテモテ主人公を追いかけているラブコメに聞こえるでしょうが、違います。
現在、ー『挑発』というクソスキルによるゴブリンの群れから逃げきるイベントー絶賛発生中です。
来てまもない初心者になにしてくれてるんですか、異世界。
現実世界にいた時は、ゲームでゴブリンはいやというほど倒したことはある。
ある程度レベルが高ければ複数いようがあっさり倒すことができたが、今はそう簡単にできるわけもなく。
レベル2の主人公があのゴブリンから逃げ回っているってなんなん!!
もっとこうチートスキルがあるとか街にいってすごい装備やらアイテムやら揃えてクエスト受けてかわいくて最強のヒロインと共闘するみ・た・い・なかんじで良かったんですけど?
異世界ィー!!これどうなってんだよー!?
木々の間をくぐり、岩をとびこえ、とびかかるゴブリンやたまに投げてくる石斧を避けながら慣れない森の中を走りっぱなしで、忍者とはいえさすがに足が疲れてきた。
そういえば、どのくらい逃げ回ってんだ?俺。
日が傾いてきたのか、さっきより周りが暗くなっている。
この状況で夜行性のモンスターにも出くわすのもごめんだ。
「ゼェ、ゼェ、なんとかしないとな・・・」
息があがって苦しい。
肺が痛いのをこらえようと見上げてふと思った。
忍者なら、木にとびうつって移動できるんじゃね?
息を整えて爪先にぐっと力をこめる。
動きをイメージしながら、斜め上の太めの枝めがけて飛び上がった。
スタッと軽やかに一回転して着地ならぬ着枝した。
「でっ、できた!!」
見下ろすと、ゴブリンたちが木の周りをウロウロしながら武器を振り回して俺を指さして騒いでいる。
悔しいだろうが、忍者なんでね。
短い間だったが、あいつらと遭うことはないだろう。
いや、もう遭いたくないマジで。
「お前ら、達者でな。今度会う時は――」
言いかけたところで、急に下が静かになった。
「ん?」
あのゴブリンたちが一匹もいなくなっている。
「諦めてひきかえしたのか。俺も疲れたから少し休んでから行くか。」
幹にもたれようとしたその時。
ガツッ、ガッ
ガツッ、ガッ、ガツッ
金属で木を削る音が聞こえてくる。
しかも、徐々に下から近づいてきているのが恐ろしい。
おそるおそる確認すると、俺は目を見開き固まった。
あいつら、鉤爪をはめて登ってきやがる。
用意周到すぎるだろ、どっから持ってきたよそれ!
周囲の木々から同じような音とゴブリンの鳴き声が響いている。
しかも、増えていないか?
どうやら囲まれたようだ。
やばい、やばすぎる。
背中を冷たい汗がスッと流れていく。
あぁ、こんなところで詰むのか。
今度は、最初からチートにしてくれよな。
諦めかけたその時、カッと空が急に明るくなった。
見上げると、光る二つの魔方陣が重なってグルグル回っている。
「な、何だあれは!?」
しばらく点滅していたが更に眩しく光り始め、真ん中から召喚された茶色い煤けた物体が頭上から降ってきた。
「おっと!」
とっさに横抱きしたものの、これは・・・茶色い煤けたローブに黒長のブーツ。
ヒトには違いない。
が、ふしぎな柔らかい感触に白い手足。
フードを目深にかぶっていて顔が見えない。
眠っているのか、スゥスゥと寝息が聞こえる。
「わ、わわッ!」
急なことでのけぞりそうになったが、抱え直して体勢を整えフーッと息をゆっくり吐く。
お、落ち着け。
目が覚めていない間は物を運んでいると思って・・・いや無理あるだろっ!
緊張しすぎて心臓が鳴りっぱなしだ。
架空のヒロインとのイメージは尽きないが、実際の状況になるとどうしていいか分からなくなる。
「とりあえずはここから逃げてから・・・だな。」
ゴブリンたちはというと、さっきの魔方陣に目が眩み落下してうずくまっていたりキィキィ喚きながらもがいていたりいる。
魔方陣のおかげで隙ができた。
今のうちに少しでも遠くに逃げよう。
俺は限界寸前の身体に力をこめた。
飛び移りながら、あいつらの姿が見えなくなったことを確認してホッと息をつく。
すでに疲労を通り越して疲れているのかよく分からなくなっていた。
「撒くことができたし、そろそろ降りるか。今日はここら辺で降りて寝る場所を探すか。」
呟いたその時、茶色のローブがビクッと動いた。
「・・・あ、あれ?ここは、」
「あ、起きた。」
一瞬キョトンとしていたが、ヒュッと息をのみ悲鳴をあげた。
「キャーッ!放してェっ!!」
「ちょッ!お、おち、落ちるって!!」
目覚めてパニック状態の彼女を慌てて支えるが、手足をジタバタさせて叫んでいる。
チラッと真下を見ると、さらにヒートアップした。
「イヤーーッ!降ろしてッ!降ろしてよぉーー!!」
半泣きになりながらあまりに暴れるので、一度立ち止まり枝の上でなんとかバランスをとろうとする。
高い所が苦手ではないが、さすがにこれはヒヤヒヤする。
「わ、分かった分かった!降りる!!降りるから、な?な?泣くなって。」
宥めると、コクッとうなずき首に両腕を回してギュッとしがみついた。
降りようと足を宙に伸ばそうとした瞬間、ふと思った。
待てよ?
これまでの流れからしてまさかとは思うが、実はゴブリンが化けてました的な展開にならないよな?
いやいや、それはさすがに・・・。
勢いよく地面に降り立ったその時、フワッとフードがめくれた。
「!?」
茶色の布の下から現れたのは、肩まで伸びたサラサラストレートの銀色の髪と冬の澄みきった夜空のような濃紺の瞳。
そして、額にさっきの魔方陣と同じ形のタトゥーがある少女の顔だった。