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鉱山の入り口に到着した俺たちは、外へと流れ出てくる異様な空気に身体が一瞬強張った。
「なんだか・・・ひんやりしますね。」
「あぁ。それに、奥の方から何かの気配がするな。」
さっきよりも増している冷気に加えて、攻撃的でピリピリとした殺気に似たようなものも感じられる。
鉱山に隠れ棲んでいるモンスターたちがこちらの動きを気取りながら、暗闇に潜んで様子を伺っているらしい。
地面や岩壁を見ると、鋭い爪で何度も引っ掻いたような跡が無数に刻まれている。
まるで、縄張りを主張しているかのように。
「奥にいるのは、相当慎重な奴みたいだな。注意しながら進んでいくか。」
「MPもむやみに消費しないようにしないとですね。」
「あぁ、命大事にだな。」
入り口に転がっていた太めの木の枝にラピスの『ファイ』を灯して、ジグが話していたモンスターを討伐するべく鉱山の中へと足を踏み入れた。
奥へと歩を進めていくうちに、肌寒さが徐々に増していく。
ラピスも、両腕を擦って震えながら後ろをついてきている。
このままだと風邪ひいちまうよな。
ジャイアントシープの毛で何かできないかとジグに聞いた時、伸縮性があって首に巻くだけでもマフラー代わりになるって言っていたっけ。
「ラピス、さっきのジャイアントシープの毛は持っているか?」
「はい、ありますけど・・・。」
ラピスがアイテムバッグから片手分のモコモコの毛の塊を取り出した。
「これ、持っててくれないか?」
「は、はい。」
俺は松明を持たせると、受け取った毛をほど良い長さに伸ばしてラピスの首に巻いた。
「これで、少しは暖かいだろ?」
「トキヤさん・・・ありがとうございます!」
首元が暖められたからか、ラピスの頬が赤くなっていた。
「トキヤさんも巻いて下さい。今度は、私が作りますから。」
「お、おう・・・」
ラピスも、俺と同様に毛でマフラー状のものを作って首に掛けてくれた。
彼女から手作りマフラーをもらって首に掛けてもらうってこんな感じなんだろうな。
想像すると、顔がボッと火がついたように赤くなった。
「あ、ありがとなっ!」
ラピスからサッと離れて、松明を片手に先へと早歩きで進んで行った。
「ト、トキヤさーん!置いて行かないでくださいよー!!」
ラピスが慌てて後ろからついてくる。
身体が火照って、手のひらに汗が滲む。
ラピスが巻いてくれたマフラー、暖かすぎかっての!
いや・・・待てよ。
さっきよりも周りの気温が高くなっているような…何でだ……?
しかも、前方から何かが近づいてきている。ドドドッという足音が近づき、全身に熱気が纏わりつく。
すると、奥の方からいくつもの炎の塊が飛んできた。
「避けろ、ラピスッ!」
俺は松明を投げ捨て、ラピスを庇うように覆い被さり地面に伏せた。
「きゃあッ!」
「まさか、モンスターか!?」
頭上を掠めていった炎攻撃の後、勢いよく赤黒い何かが顔めがけて迫ってくる。
「うわっ!」
ラピスを抱きしめたまま、転がりながら横に避けた。
ジュッという音の後に、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
見ると、真っ黒に焼け焦げ抉られた地面が落とした松明の明かりに照らされていた。
もし避けていなかったらと思うと・・・
背中にひとすじの冷たい汗がスッと流れた。
「ト、トキヤさん!・・・あれです。」
ラピスが震えながら、上を指差している。
おそるおそる見上げると、巨大な赤黒い蠍がへばりついていた。
硬い殻から熱気が吹き出していて、その周りが歪んでみえる。
まるで自分たちを挑発するかのように揺らしている尾と鋏は赤黒い炎を纏っていた。
「あいつか!」
鑑定すると、『バーニングスコーピオン』炎攻撃 火炎毒 毒耐性
と表示されていた。
焼け焦げた地面とあの燃えている尾から察するに、さっきのが火炎毒か!
火炎に毒とか、組み合わせが最強すぎだろ!
くらったらほんとにヤバイな・・・。
先ずは、どの攻撃が有効なのか見極めないと。
「もしかして、あれがジグさんの言っていたモンスターでしょうか?」
「素早く動くと言っていたから可能性としてはそうかもな。」
俺は、クナイと爆弾手裏剣を取り出して目の前の敵に向かって構えた。
「ラピス!防御魔法の準備を!」
「は、はい!」
ラピスがバッと両手を前に出して、いつでも魔法が発動できるよう背後で身構える。
「どこまでダメージが通るか、だぜ!」
爆弾手裏剣とクナイを投げてみるが、尾で弾かれた。
「これは、どうだっ!」
毒針で頭や足などを狙ってみるが、硬い殻で覆われているからか全く刺さらない。
そうだ、こいつ毒耐性あるんだった。
「うぁ、意味ねーじゃん・・・」
額に手をあてて肩を落としていると、奴は鋏から火炎攻撃を繰り出してきた。
「トキヤさん!」
ラピスが咄嗟に『ライトガード』を発動して防いでくれた。
「すまない、ラピス。」
「火属性なら、水が苦手な筈です!私が、水属性の攻撃魔法を使えたら良いのですが・・・。」
「何かアイテムバッグにあれば良いんだが・・・そうだ!あれを使えば。」
「あれって?」
「ラピス、あの洞穴でモイストマッシュルーム採っていたよな?」
「はい、素材として必要な分を採取しましたけど・・・。」
ラピスがアイテムバッグからいくつか取り出したそれを受け取った。
「さっきの動きからすると、目が弱点か?」
尾で目に刺さろうとしたクナイを弾いた瞬間を見逃さなかった俺はモイストマッシュルームを奴の目に向かって放り、針で狙って投げ刺した。
弾けたモイストマッシュルームからプシュッと水が吹き出し、鈍く光る両目にかかった。
ギイイイイイィッ
鋏を振り上げて叫びながら地面へと落下し、ズズゥンという地響きと共に足下がグラグラと揺れる。
何とか体勢を整えながらバーニングスコーピオンの方を見ると、溶けた目の周りから蒸気が立ち上ぼり仰向けになって悶え苦しんでいた。
「よし、今だ!」
俺は、クナイを柔らかい腹に勢いよく突き刺した。
ギギィッ、ギィイイイイイッ
紫色の液体が吹き出して、顔や手にかかっていく。
一瞬、熱した油が跳ねて飛んできたかと思った。
「ッ!?」
思わずクナイを持つ手を緩めそうになり、暴れる鋏が両側から身体を掠めていく。
「こ、いつっ!!」
倒せるチャンスは今しかない、多少の火傷なんか気にしてたまるかよ!
グッと握り直し、ズブズブと深く抉るように刺していく。
ギギギィイイイイッ・・・ギッ
洞窟内に響くほど叫び鳴いた刹那に全身を硬直させたかと思うと、力が抜けた鋏がグラリと揺れて地面へと振り落とされた。