10
「あれ、美味しかったな。」
朝早くに食べたヒートボアの肉の味を思い出しながら、俺は呟いた。
「そうですね!また食べたいです。」
ラピスも空を見上げてウットリとしている。
薄く切り取った肉を焚き火の前で木の枝に刺して焼いただけなのに、味もついていて柔らかくて噛む度に肉汁が溢れた。
解体する時は固い皮と格闘していたが、クナイを消費しながらなんとか食べられそうな肉の部分を切り取ることができた。
使う度に消耗してしまうので、クナイはできるだけ武器として使いたいところだ。
解体専用のナイフが売っている店を探すしかないか。
そういえば、いつか野外でステーキを食べるのが夢だったな。
まさか異世界でそれが叶うとは、以前の俺には予想もつかなかった。
週末はオンラインゲームに夢中だったからな。
今思うと本当にもったいないが、気持ちに余裕がなかったのは確かだ。
ゲームをすることで、外でのストレスを発散させていた。
モンスターを倒しまくって、レアな装備を手に入れて、レベルを上げて、カンストして、パーティーに入れてもらえるようになって――。
周りを蹴落としてでもノルマを達成しなければいけないという枠にはめられて窮屈になっている現実とは真逆の立ち位置だが、本当の自分はどこにいるのかと疑問に思ったその時だった、姿を変えて異世界に転移したのは。
レベル1から始まり、モンスターに遭遇し続けた。
一時はどうなるかと思ったが、出会ったラピスに治療してもらってから生きるということを改めて実感した。
あの時、サベジグリズリーの餌になっていたかと思うと今でもゾッとする。
現実世界でやりこんでいたオンラインゲームとは違う命のやりとりがこの異世界にはある。
いつどうなってもおかしくないこの場所で俺は強くなる。
そして枠にとらわれない自分を見つける、この『兼役』スキルで。
朝食の後、ラピスが血で汚れた服を洗って縫い直してくれた。
多量の血が染みついていたが、ヒートボアがめり込んだソプルの木からしみ出していた樹液とモイストマッシュルームから搾り出した液を丸底フラスコに入れて混ぜて作った液剤できれいになった。
もちろん、ラピスのお手製である。
泡立っていてドロドロしたそれは、現実世界でいう液体洗剤のようだった。
「村では自給自足の生活が主でしたので、よく作っていたんです。」
近くの川で洗いながら、ラピスが教えてくれた。
「そういえば、あの木になっていた白い実は食べられるのか?」
俺が尋ねると、
「あれは・・・ソプルの実は味も果肉もあまりないので、食用には向いていないです。」
「そうか。食べても影響はないよな?」
「お腹を下しますので、強力な下剤を作る時に使うことが多いです。」
「・・・ちょっと行ってくる。」
美味しそうに見えたが、どうやら違ったらしい。
俺はサッと立ち上がり、グルグル鳴り始めた腹を押さえながら走って行った。
「なあ、ラピス。」
「どうしたんですか?」
アイテムバッグから取り出した裁縫道具の針と糸で俺の服を縫い直しているラピスが顔を上げた。
「街って、ここから近いと思うか?」
「うーん、どうでしょう。森がどこまで続いているかにもよりますね。」
「そうだよな・・・。」
試しに『パラモス』に変化してみたが、そこまで高くは飛べなかった。
「この辺りの地図か転移性魔方陣があれば良いのですが。」
「転移性魔方陣?」
「特定の場所に移動ができる魔方陣です。
たまに、旅の途中で冒険者が消し忘れていくことがあるそうです。もしあったら、魔力を感知して光って反応するんですけど。」
「それって、誰でも書けるのか?」
「書き方自体は難しくはないのですが・・・違う場所に転移してしまうことの方が多いです。上位ランクの魔法使いであれば、正確な位置に転移できる魔方陣を書くことができますよ。」
「なるほど・・・ラピスは?」
「私も簡単なものであれば書けますが・・・方向音痴なので難しいかと。」
はい、速効で詰んだ!
とすれば、『兼役』のスキルに頼る他ない。
「よし、鳥系で大型のモンスターを探そう。俺が『兼役』で変化できるようになれば、ラピスを乗せて移動できるからな。」
洞穴を見渡しながら、ラピスに提案する。
「しばらくは拠点をここにしないか?この中なら、雨が降っても大丈夫だろ。」
「そうですね、この近くにはアイテム合成に必要な素材もたくさんありますから。」
ラピスも賛同して頷いた。
「今日は、どこでレベリングするかだな。先ずは、鳥系のモンスターを見つけないと――」
「湖なら、アレがいるかもしれないです。」
「アレ?」
「ネギカモという鳥です。昨日、群れを見かけたので。」
「ネギ・・・カモ?」
「はい、ネギカモです。」
何とかは葱を背負ってくるって言葉があるけど、なんか似てるな。
名前からして、レベル上げに都合は良さそうだ。
湖に行くと、水の上をスイスイ移動している茶色と黒の二色の鳥の群れが遠くにいる。
俺とラピスは一緒に草むらに身を潜めた。
なるほど、あれか!
こちらには気づいていないようで、水中に頭をつっこんでいる。
隙をみて、クナイで急所を狙って無双できそうだ。
ただ、ここからだと遠すぎて届かないな。
「もう少し近づいてみるか。」
俺が草むらから立ち上がったその時、
「あっ!トキヤさん待ってください!!」
ラピスが慌てて腕を引っ張った。
「ど、どうしたんだ、ラピス?」
その時、俺に気づいたのか首をもたげたままじっと視線を向けている。
「ネギカモは敵におそわれないように群れをつくる習性があるんです。それと――」
バサバサバサバサバサバサ
「うわああぁッ!!」
「キャアアァッ!!」
群れの中から数羽ほど飛んで来たネギカモたちは、サベジグリズリーの倍ほどもある巨体だった。
大きな翼をひろげてグワグワと鳴きながら、おそいかかってくる。
俺たちは草むらから飛び出して全力で逃げた。
「気配を察知する能力が高くて、レベルが低いほど攻撃力が高い個体がたくさん集まってくるんです!」
「それを先に言ってくれー!!」
「トキヤさんが近づこうとするとは思わなかったんですよー!!」
確かにラピスの言うとおりだけども。
「ところで、こいつら何食べるんだ?」
「雑食で何でも食べます!」
食われるの、確定じゃないか!!
ネギカモとは、要は逆に都合が良くないってことだな。
なるほど・・・その発想は俺にはなかった。
レベリング中の俺にとっては、都合は良いけどな!
もう一度振り返って『鑑定』してみるか。
『ネギカモ』レベル11 『羽攻撃』
そこまでレベル差はないが、これだけの数を相手にすることになると話が違ってくる。
羽攻撃も気になるが、1羽ずつ倒していけば何とかなりそうだ。
「これでもくらえッ!」
それぞれの首に爆弾手裏剣を投げていく。
グワーッ グワアッ グワッ
「よしッ!効いているな。」
後ろの1羽が翼を構えたかと思うと、俺に向かって羽を飛ばしてきた。
薄い羽の先端が鋭く空気を切り裂いてくる。
「なっ!?」
身体を反らして避けながら、後ろを垣間見た。
木に斜めに刺さっていたり、数本の木がスパッと切れて倒れている。
おいおい、切れ味良すぎだろ!
カモにされて切り刻まれて食べられるとか、ないわ!
「トキヤさん、あぶないっ!!」
後方のラピスの声に気づいた時には、目の前に次の羽攻撃が迫っていた。
ヤバイ、避けられない!
両腕で庇いながら目を瞑ったその時、目の前に光る薄い壁が現れて飛んできた羽をバキンと横に弾いた。
「ラピス!?」
「防御魔法です!これなら、私もトキヤさんを守れますよね?」
「ナイスサポートだぜ、ラピス!」
俺はラピスがいる方に拳を掲げ、最後の1羽に向かって爆弾手裏剣を投げた。