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加護「神の寵愛(激重)」

作者: 聖なぐむ

 極貧スラム生まれ、世に見棄てられた孤児院育ち。

 自分たちの食いぶちは自分たちで稼ぐのだと年上の子どもに教えられ、最初の「稼ぎ」は持ち逃げした露店商の売上金だった。


 生肉を盗んでそのまま食らい、腹を壊して死んだ奴。

 盗んで逃げるのに失敗して袋叩きにされ、そのまま意識が戻らず死んだ奴。

 割れたガラスを踏んだ足を放置して、次第に身体のあちこちが黒くなって熱で死んだ奴。

 もちろん、ただ飢えて死んだ奴もいるし、寒い夜にカチカチに固まって死んだ奴もいるし、知らないうちに弱って死んだ奴もいる。



 死ぬのは簡単だ。

 何もしなければ、サボっていれば死ぬ。飯を確保できなくても死ぬし、怪我や病気にならないよう気をつけていないといつの間にか死んでしまう。


 オレ達が気軽に「死んじまえ!」と悪態をつくのは、死ぬのがそのくらい身近なものだからだ。


 オレ達は自分を生かすのに必死だから、自分の狩り場に横入りしてくる他の子どもは敵なのだ。獲物はいつも有限で、分け合える程は手に入らず、奪い合いになる。

 だから、「とっとと死んじまえ!」「てめぇが死ね!」と罵って互いを牽制する。死ぬのは、負けるのと同じだ。
















 ……そんな風に思っていた時代もありました。



 私は穏やかに微笑んだまま、祭壇の前の階段を上がる。


「おぉ……聖女様!」

「聖女マルグリア様!!なんと優雅でお美しい」

「聖女様の朝のお勤めを拝見できるとは、なんて幸運!」

「ありがたやありがたや」


 毎日、私を一目見ようと人々が教会に集まり、私を崇めている。

 私は微笑んだまま、祭壇に置かれた神の像の前で跪いた。

 その途端、光に包まれる。


 どっとわいた人々の歓声が一瞬で遠退き、荘厳な教会の景色が白く霞んで消える。

 真っ白な空間に跪いていると、ふわりと神の像のあった位置に編み上げサンダルの足が降りてきた。


「おはようマルグリア!」

「リデュアス神、本日もご機嫌うるわしく」

「固い固い!もー、ユアと呼んでくれていいと何度もいっているだろう?」

「恐れ多いことでございます」

「まじめだなぁマルグリアは。さぁこちらへおいで」


 世界の秩序と安寧を司るリデュアス神は、気安い調子で私の手を掬い上げると、いつの間にやら出現した薄紫の花が咲き乱れるパーゴラへと誘った。パーゴラの下にはベンチブランコが吊り下げられ、その傍らにはみずみずしい果実を積んだ高足の陶器皿が乗るミニテーブルがあった。


「さぁ、今週はどうだった?嫌なことはなかったかい?悲しいことや、腹立つことは?」

「とくにはございません。リデュアス神のご加護のもと、おかげ様で穏やかで優しい日々を恙なく過ごしております」

「そうかい?何かあったら必ず私に言うのだよ?マルグリアの望むがままに、私が天罰を下してやるからね」

「私はリデュアス神の敬虔なる信徒。心は常に世界の平和を望んでおります」

「はっはっは、またまた~」

「……つまんねーくらいの平和が一番だなーと常々感じてんだから、無駄に波風立てようとすんなとリデュア神にはお願い申しあげたく!」

「でも、今でも淋しいでしょ?親しい友のひとりもいないじゃない」



 ア ン タ の せ い だ よ…………!!



 リデュアス神は、何故か大変私のことを気にかけてくださって(こうして直接お声をいただけるために「聖女」なんて称号をつけられてしまったのだが)、私の不用意な一言で気軽に神の奇跡を起こそうとされるのだ。友だちなんてできるわけない。


 おかげで私は常日頃から無駄口を一切叩くことなく、気安い冗談なんかもってのほか、お淑やかで慎ましく引きこもりがちで無口な聖女ライフを強制されている。

 スラム時代のように気軽に「死ね!」と言おうものなら、神の奇跡で相手は即死するだろうことは目に見えている。なんなら、既に何回かやらかされてしまっている。実証済み。怖い。


 私には、超厚手な「神の加護」が纏わりついているのだ。そんな危険人物、好んで親しくしようとする人間なんていないだろう。他人事だったら、私だって距離を置く。









 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆











 世界の秩序と安寧を司り、この世界における創造神・唯一神とされるリデュアス神は、実はとっくにこの世界の管理運営に厭きていた。

 神のご加護を!などと唱いながら、領土争いで繰り返される戦争。

 リデュアス神は「秩序と安寧」の神である。殺し合いの勝敗には無関係であり……なんなら人間は知らないようだが「戦」や「争い」が専売特許な神も別にちゃんといる。

 神が地上に蠢く有象無象全てを見ているわけもなく、人間ひとりひとりの暮らしなど目を通すほどに暇でもないのだ。しかも数多に際限なく届く祈りの声は私利私欲の声と混ざり混ざって雑音のようであり、言葉として聞き取ることも難しい。

 全てが面倒になったリデュアス神は、一度この世界を閉じて仕切り直ししようと本気で考えていた。


 ……地上から、幼い女の子の声で、「ブッ殺すぞゴルァ!」という怒声が聞こえるまでは。






 「ブッ殺すぞゴルァ!」は、どう受け取っても祈りに使う言葉ではない。

 さすがに何事かと地上を見下ろすと、薄汚れた幼女がニヤニヤした数人の男に追い回され、今にも捕まりそうになっているところだった。幼女は簡単に折れそうな棒切れを重そうに振り回して、必死に男たちを威嚇している。


 なるほど、これは祈りの声のようだ。救いを求める声だ。


 リデュアス神は久しぶりにその力をふるい、男たちに天罰を与えた。

 目の前で男たちが不自然に死んだにも関わらず、幼女はきょとんとしたままで怯える様子もない。それどころか、男を棒でつついて確かに死んでると確認すると、死体の懐から金目のものを漁り始めた。


 リデュアス神はこの状況に美しい眉目を寄せる。

 幼女の様子が気になるもののずっと見ている余裕もない。リデュアス神は自らの加護を幼女に与えた。「神の加護」とは対象者を自動的に追跡して見守りを行う仕組みである。



 それからというもの、リデュアス神の日々は更に忙しくなった。

 何しろ、唯一加護を与えた人間が毎日のように死にかけるのだ。

 「ふざけんなクソが!死ね!」と叫びながら、彼女からは確かに祈りの波動が届く。リデュアス神は苦笑いしながら、幼女の祈りに応えて次々と地上に天誅を下していった。

 もとよりこの世界は消し去る予定であったのだ。寵愛の不平等や世界の均衡など気に掛ける必要もない。


 しかし、幼女は長じるにつれ、自らの周囲に局地的な異変が起きていると気付いた。疑り深い眼差しを天に向け、滅多なことでは相手の死を望まなくなった。


 周囲も死を撒き散らす彼女と距離を置く者は多かったが、それでも尚、美しく成長していく彼女をどうにかしようとつけ狙う者は尽きることがなかった。


 ……その日も、彼女は廃墟となった教会に連れ込まれそうになったが、彼女は決して相手の死を望む言葉を吐かなかった。

 しかしリデュアス神は、即座に彼女に群がる男達の心臓を止め、その魂ごと消し去ったのだ。

 彼女は激怒した。

 半壊し、祈る者もいないスラムの教会で、売り払う価値もないと放置された神の像を睨み付け、すらりと伸びた手足で地団駄を踏みながら「余計な手出しすんじゃねーよ!」「誰が殺せと言った!」と怒鳴り、手当たり次第に石を投げて神の像を破壊していった。


 少女からは、その口で発せられる「神の憐れみで傷つけられる自尊心の言葉」ではなく、「無為に喪われていく命への哀しみ」ばかりが伝わってくる。


 それは、リデュアス神が悠久ともいえる時の中で失っていった「愛」そのものであった。


 ……リデュアス神が彼女……後に教会に拾われ、マルグリアと名をもらう少女を、心底愛したのはこの時からである。

 本来、世界の生きとし生けるもの全てへ平等に注がれるべき神の寵愛は、この瞬間にマルグリア一人に注がれることとなった。


 彼女に与えていた「加護」は「寵愛」と名を変え、リデュアス神の思いを知ろうと必死に神託をかき集めている高位神官達にも伝わる程になった。高位神官達は少女を探し出し、「聖女マルグリア」として祀り上げ、リデュアス神の世界と繋がる祭壇に登壇させている。









 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆










 陶器皿からぱつんぱつんに張った葡萄を一粒、美しい指先で優雅にもぎ取り、笑顔のリデュアス神はそれを私の唇に押しあてた。

「むぐ」と呻いたものの、素直に唇を開く。

 神の庭の果物は抜群に美味しいと知っているので。


「美味しいものも、美しいものもたくさんあるよ。早く私の庭においでよマルグリア」

「私は生きてる人間ですので、神界には住むことはできません」

「そんな厳密な決まりごとはないのに~」

「リデュアス神が御作りになられた世界を、私はまだまだ満喫できていないのです。私の寿命が尽きるまでの短い間くらい、お待ちいただけると信じております」

「ユアと呼んでよマルグリア。そうしたら、私も君をマリーと呼べる」

「お そ れ お お い こ と で ご ざ い ま す!」

「ははは」




 初めてこの美しい神のお姿を目にしたのは、スラムに来た教会の使者に連れられて、この祭壇に上がった時だ。

 若い男性の姿をした神様の名前を私は知らなかったが、初めて訪れた神の庭を警戒する私に、キラキラ光るみずみずしい林檎を手渡し「私は君たちの住む世界をこれっぽっちも愛していないけれど、君のことだけは心から愛しているよ」と微笑んだ。

 私は戸惑うしかなかった。

 「愛している」なんて、言われたことない。

 ただ、かじりついた林檎は今まで食べた萎びた林檎とは全く違っていて、びっくりした私の目からは何故かぼろぼろと涙が流れた。

 私の頭を撫でながら、神様は「君の望みは何でも叶えてあげよう」と囁く。


「富も、幸運も、美貌も、破壊も、全て君の望むままに。ただし、君の愛は私だけに捧げなさい。約束できるね?」

「いやだ。そんなのはいらない。……なにもいらないけど、またこの林檎みたいな美味しいものを食べてもいい?」

「愛おしいマルグリア。(わたし)が見棄てた世界に、唯一残された寵愛。私は君の望むままに与えよう。そして、私は君に愛を乞おう。可愛い私の宝物、君だけが、この世界を生かす理由だ」


 惜しみ無く注がれる神の愛情を、荒みきったスラムから出てきたばかりの、ほんの少し身綺麗に整えられただけのゴミ屑だった子供が理解できるはずもない。

 リデュアス神の言葉は、美しい天上の調べのように聞こえた。


 神の庭から祭壇へと戻った私は、神官達から教養や常識を教わりながら、リデュアス神の思し召し通り、日の数が一周する7つめの朝は必ず、庭の美味しい果物を朝食に戴く生活を送ることになった。


 ここには、孤独に死んでゆく人もいなければ、他人の生きる糧を奪おうと狙う者もいない。……いないと学習するまで、かなり神経を張り詰めていたが。


 みんながみんな、リデュアス神を敬い、リデュアス神に祈り、リデュアス神に感謝を捧げて過ごしている。





 聖女と呼ばれる私の役割は、「純粋に、リデュアス神を信仰している人々」と「人間その他諸々に全く興味なしな創造神」に板挟みとなることだ。

 幼い頃には理解できなかったが、今ならわかる。


「君がいるから、この世界は閉じられずに存続している」


 リデュアス神はそう言った。

 神の望むままに、私が天に召されれば……そのまま居を移すという意味なのか、死ぬという意味なのかはわからないが……この世界は消えるのだろう。

 スラムの隅で生きるか死ぬか運次第だった私を、人間扱いしてくれる人たちはどうなるのか。

 「世界が閉じる」と、そこに生きる人々はどうなるのか。


 なにもわからない。


 神の庭は大好きだ。

 静かで、穏やかで、美味しいものがあって、隣にはリデュアス神がいらして……7日に一度だけではなく、本当はずっといたいと思う。思うけど、まかり間違っても、それがリデュアス神に伝わってはいけない。

 私はリデュアス神とのんびり神の庭で語らう時間を過ごしながら、実はこの世界の存亡について重い責任を背負っているのだ。




 はぁ。今日の葡萄も本当に美味しい。

 でも、聖女ってツラい。



たぶんグダグダと引き伸ばしてるうちに世界延命成功すると思います。

ありがとうございました。

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