愛おしい彼〜メイ〜
私の隣にはいつも彼がいた。
親同士が幼馴染で、私達も同い年。誕生日は5日違い。物心ついた時からもうずっと彼は私の隣にいた。それが当たり前だと思っていた。
頭が良くて顔も結構イケてて、それでいて穏やかで、思いやりがあってよく気が付いて、運動神経はそれなりだけど、ピアノも弾けるような非の打ち所がない彼は、昔から女の子にも男の子にも人気でいつも輪の中にいた。
私は昔から絵を描くのが好きで、ずっと絵ばかり描いていた。彼はどんな時もそばにいて私を守ってくれた。私は彼から片時も離れず、高校も同じところに行きたくて、彼に勉強を教えてもらって何とか同じ高校に合格できた。
「京!私受かったー!」
「当たり前だろ。誰が家庭教師したと思ってるんだよ」
彼はそう言って笑った。
春から同じ高校に行き始めた。同じクラスにはなれなかったけど休み時間や登下校、ずっと一緒に居るから、私が京と付き合ってると思っている子も少なくないらしい。そんなだから周りの子の私への感情は、嫉妬とか羨望とかそんなのばかりだった。
入学してから数日経ったある日、後ろから声がした。
「ねぇ!絵、めっちゃ上手いね!」
たまたま私がノートに落書きしていたのが見えたらしく、後ろから声をかけてきた。
「私、徳井美鈴。友達になってよ!」
「私、立花メイ。よろしく!」
「じゃあメイって呼んでいい?うちは美鈴でいいから!」
「うん。美鈴って関西のひと?」
「中2からこっちにおるけど、それまでは大阪。言葉直そうと思うけどどうしても出ちゃうからたまに変な感じになってるかもやけどごめんな」
「大丈夫。可愛いと思う」
「ありがとう!でさ、一個提案なんやけど、私将来小説家か脚本家になりたいと思ってんねんな。色々物語を書いてるんやけど、よかったらそれに挿絵を付けてほしいねん。それか漫画一緒に書かへん?メイが漫画を描いて、私がストーリーを考える!どう?」
突然の提案に私はすごく驚いた。
彼女が書いたストーリーを1つ読ませてもらった。ラブストーリーだった。主人公は気の弱い男の子。相手の子はイケメンでサッカー部のエース。つまりBLってやつだった。初めてBLの物語を読んで私は意外にもハマってしまった。
その時美鈴が言った。
「新しい物語を描き始めたんやけど、なんかこうイメージがわかなくて困ってんねん」
「…それならちょうどいい人がいる!」
私は昼休み、美鈴を京に紹介した。
「京。この子徳井美鈴ちゃん。私の後ろの席の子で、今日仲良くなった!美鈴。こっちは幼馴染の冴島京君」
「あ。徳井美鈴です。冴島君て、入学した後すぐにあった実力テストで学年1位になった子やろ?メイの友達やったんやな」
「冴島京です。メイに女友達が出来るなんてすごいな。男にはモテるけど女の子には全然話しかけてもらえないのに」
と言いながら京は笑った。誰のせいかわかってんのかな。わかってないんだろうな。
「私達、2人で漫画描こうってことになったの。美鈴がストーリーを書いて私が絵を描く。出来上がったら読んでよね!」
「わかったよ。早く食べないと昼休み終わるぞ」
「うん」
それから私達は学校の中では3人でいることが増えた。
美鈴はサバサバしていて、言いたいことはハッキリ本人に言っちゃうタイプだ。空気が読めないと思ってる子もいるみたいだけど、その裏表がない感じが私には心地良かった。
今まで私に話しかけてくる女の子は、私の向こうに京を見ていた。私をダシに京と仲良くなろうってゆう魂胆が丸見えなんだもん。
でも美鈴は違う。そう思った。
「本当に京君とメイは仲良いよね」
「もう物心ついた時から一緒にいたからねー」
「そうかー。でも2人は付き合ってないんだもんね。こんな可愛い幼馴染がいるのに、京君別に彼女いるの?それとも男が好き?BLの素材としてはそうだとテンションあがるんやけど…」
「残念ながら男の子が好きなわけではないと思うよ。女の子から告白されたりもしてるけど、全部断ってるみたい。好きな子がどうとかって話は私達したことないからわかんないなー」
と話していると京が迎えに来た。
「メイー!帰るよー」
「はーい。美鈴、また明日」
「うん。またね」
夏休み、私達は漫画合宿をした。うちの家に美鈴を呼んで2人で話し合った。でも夏休み明けの実力テストが怖かったから、京もたまに呼んで家庭教師をしてもらった。
美鈴は次のストーリーの主役は京をモデルにして男女のちょっと悲恋な感じにしたいと言ってた。
8月中旬。
「メイ、ストーリーが仕上がった!私も手伝うから画を描いていこう!」
「そうだね!頑張る」
話のクライマックスは、主人公がずっと大好きだった幼馴染の女の子に告白するけど振られてしまう。
女の子も主人公が好きだけど、大好きだけど、いつか来るかもしれない別れを考えて臆病になっていた。最後にその女の子は「あなたのことは出会ったときからずっと1番大切な人。でも1番は手に入れてはいけないの。1番を失うのは人生の生きる意味も失うことになる。自分と同じように相手にも求めてしまう。そしてダメになってしまう。私はそんな日が来ることを考えるくらいならあなたとずっと幼馴染でいたい」
と告げる。
ちょっと心がキュッと締め付けられる気がした。
私達は時間を見つけては作品を作っていった。
冬が来て、もうすぐクリスマス。ようやく2人の共同制作が仕上がった。
「お祝いしよ!」
「そうだね!」
と言ってクリスマスパーティも兼ねて食事に行くことになった。
「京君にも見てもらわないとねー」
「そういえば、なんで今回はBLにしなかったの?」
「うーん。京君にも見てほしくて。いきなりそっちの話だと引くかと思って。俺の幼馴染を変な沼に引き込むなって怒られたら嫌やん?」
「そっか。じゃあ次の作品はBLにする?」
「…そうやねー」
2人はデザートのケーキまで食べて別れた。
元旦には3人で初詣に行く約束をした。
10時に待ち合わせした
私が着くと美鈴と京はもう着いていて、京は私達の描いた漫画の原稿を手にしていた。
「もう見せたの?」
「うん。ちょっと早めに着いたら京君もいて、暇そうだったから見てもらった」
「京、どうだった?」
「…うん。良いと思うよ」
「えー!なんかあんまり興味なさそう!」
「そんなことないよ。ちゃんと仕上げるの大変だっただろ?すごいと思うよ」
「よかった!美鈴、次はどうする?」
「また、ストーリー考えとくね」
3人でお詣りをして帰った。
3学期終業式の日、美鈴は言った。
「私引っ越すことになったの」
お父さんの仕事の都合でタイに引っ越すことになったらしい。
「どうして言ってくれなかったの?友達なのに」
「だいたい3年くらいで毎回引っ越ししてきたからもう慣れちゃって。言うの遅くなってごめんね。次の漫画一緒に描けなくて、それもごめん。」
「でも、離れててもメールでやり取りとかできるし、これで終わりじゃないよね?せっかく仲のいい友達が出来たのに」
「メイ。私メイのこと大好きだった。本当に」
「私もだよ。せっかく仲良くなれて大好きなのに、もうお別れなんて…」
「違うよ。メイ。私の大好きとメイの大好きは違う。私の好きは、メイが京君を好きという気持ちと一緒。でもメイの私への好きは違うやろ?だからこれでお別れ」
「え?」
「気持ちはずっと伝えないつもりやった。私の1番は絶対手に入らないってわかってたから。ずっと見てたからわかるよ。メイは京君しか見てない。多分京君も。でも2人は付き合いもせず、ずっと友達ごっこしてるね。うちの書いたストーリー読んでなんも感じんかった?」
「…」
「あの物語と同じ結末か、別の結末か、選ぶのはメイだよ」
と言いながら美鈴は泣いていた。
「後悔はしないようにね!」
と言ってタイへと行ってしまった。
美鈴はいなくなったけど私は漫画を描き続けた。京の事をずっと描いていた。大学も同じところに行けるように勉強もした。大学に行き始めて同じマンションの違う階に住むことになって、ほぼ毎日話すのに、私達の関係は幼馴染のままだった。美鈴が言ってた”友達ごっこ”って言葉を思い出して辛くなった。
京のお父さんが再婚することになって、弟ができるって聞いた。しかも最近話題のモデルのRYOだって。なんか漫画みたいと思いながら笑ってしまった。
京が諒の誕生日プレゼントを一緒に選んで欲しいと連絡してきた。
「いらっしゃい」
「ごめん。遅くに」
「それはいいよ!あのね、プレゼントを選ぶ前に話聞いてくれる?」
「どうした?」
「私ね。ずっと京が好きだった。だったっていうか今も好き」
「え?」
「京は出会ったときからずっと特別で大切な人。私の1番はずっと京なんだよ。でも1番は手に入れてはいけないって。1番を失うのは人生の生きる意味も失うことになる。自分と同じように相手にも求めてしまう。そしてダメになる。私はそんな日が来ることを考えるくらいならあなたとずっと幼馴染でいたい」
「そのセリフ…」
「覚えてた?」
「覚えてたよ。ちょっとドキッとさせられたから…」
「そっか。美鈴と会った最後の日、大好きだったって言われたの。私も好きだよ!せっかく仲良くなれたのにって言ったら、私の好きは、メイが京君を好きという気持ちと一緒。でもメイの私への好きは違うやろ?だからこれでお別れって言われた。」
「そんなことがあったのか…」
「あの物語と同じ結末か、別の結末か、選ぶのはメイだよって美鈴は言ってた。私、ほんとは別の結末を選びたかったのに。でもやっぱり選べなかった。怖かったの。京は?京もそうだったんじゃない?」
だめだ。涙がこぼれる。
「そうだな…一緒にいるのが当たり前になってて、それが変わってしまうのが俺も怖かったんだ。始まってもないのに、終わりを考えるなんておかしいと思うけど、メイは俺にとって特別だから、1番大切だから選べなかった。慎重になりすぎたのかな。でもそんなの言い訳だな。優柔不断でごめんな…」
「良かった。同じ気持ちだったんだね。1つお願い聞いてくれる?」
「何?」
「私のこと…抱いてくれない?」
軽蔑される?怒られる?呆れられる?困らせる?もうどれでもいい。
「え?」
「軽蔑されてもいい。嫌われてもいい。でもこれから先、京より好きな人は出来ないと思う。お互い1番の結末は選べなかった。でも初めては1番好きな人がいい…京がいいの」
もう涙は止まらなかった。
「…」
しばらく考えて、京は無言のまま私の手を引いてベッドに連れて行った。そして私の唇にキスをした。私の身体に触れる京はあったかくて優しくて、それが何より嬉しかった。最初で最後の夜だった。
2人で隣り合わせでベッドに横になりながら私は聞いた。
「なんでお願い聞いてくれたの?絶対断られると思ってた」
「…メイがあんな風に泣くの初めて見た。泣くって心の苦しみを吐き出すことだって聞いたことがある。メイの心から溢れ出た苦しみを、今受け止められるのは俺しかいないと思った。それに勇気を出して気持ちを吐き出したメイに無理だから帰るとは言えなかった」
「そっか。やっぱ京は優しいね。昔、お母さんがね。恋愛とか結婚は勢いとタイミングが大事だって言ってた。私達は勢いもタイミングも逃しちゃったんだね…そろそろシャワー浴びて諒のプレゼント選ぼっか!」
私達はシャワーを浴びた後、朝まで諒の誕生日プレゼントを選んだ。
朝、京が部屋に帰る時、私は京にハグをして
「これからも一緒にいてくれる?幼馴染として」
と聞くと京は
「…もちろん。メイは今までもこれからも特別で大切な人だよ」
と言った。
京と私と諒と薫で一緒に居ることが多くなった。
京の家に行くとコルクボードに写真がある。
カメラ越しの京を見つめる諒の写真と、カメラ越しの諒を見つめる京の写真。2人とも同じ眼をしてる。愛おしい人を見つめる眼だと思った。
「好きなんだなーきっと」
と呟いた。
私の愛おしい彼は今日も隣にいる。1番の友達として。