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すれちがうふたり

作者: 空木 想


 クラスメイト(好きな人)には想い人がいるらしい。



「女子が喜ぶアクセサリーってどんなん?」


 パーティー開けしたポテトチップスを口に放り込みながら慶斗が何の気なしに発した言葉はなかなかの爆弾だった。


「なんで? あげたい子でもいるの?」

「んー、まあねー」


 平静を装った質問はあっさり肯定された。ショックで呆然としたが、ポテトチップスに夢中な慶斗は気が付いていない。


「女子って言われてもなぁ。人によるじゃん、そういうの。私服にもよるしさ……」

「えー。そんなん言われてもわかんねぇよ。亜未だったらどんなのが嬉しい?」

「私だったら……? うーん、学校に着けて来れないネックレスとかブレスレットよりも、ヘアピンとかのほうがいいかな……」


 私じゃない女の子にあげるもののアドバイスなんかしたくない。そう思って言葉を濁したが、亜未だったらと言われてつい正直に答えてしまった。実際慶斗からプレゼントしてもらえるんなら、それがネックレスでもでっかいぬいぐるみのストラップでもどうにかして毎日持ち歩くけど。

 そんな私の思いをよそに慶斗はうんうん頷いている。


「なるほどなー。あ、そうだ! 今週の土曜部活ねーし、二人で買いに行かね?」

「えっ!?」

「一人でアクセサリーショップ入るのちょっと無理あるし、一緒に選んでくれよ。いいだろ?」

「う、うん……」


 勢いに押され、了承してしまう。


「じゃあ土曜十時に駅前集合で!」


 慶斗は嬉しそうに念押しすると、いつの間にか食べきっていたポテトチップスの袋をゴミ箱に投げ入れた。



 土曜日、私は駅前でそわそわと慶斗を待っていた。これってなんだかデートみたい。プレゼント選びに付き合わされるだけだとわかっていても、浮き立つ気持ちが抑えられず目一杯おしゃれして来てしまった。


「亜未、早いな!」


 慶斗が私を見つけて走ってきた。悪いと謝る彼に首を横に振る。家にいても落ち着かなくて三十分も早く来たのは私だ。


「学校と雰囲気違うな!」

「それ、ほめてんの?」

「褒めてる褒めてる」

「うそっぽ」


 軽口を叩きつつ、これ着てきて良かったーと内心でガッツポーズした。慶斗はシンプルなシャツとジーパンの組み合わせだ。

 もとの素材がいいからシンプルでもかっこいい。と思ってしまうのは惚れた弱みかなと、にやけ顔を見せないようにうつむき加減で改札へと向かった。


 二駅移動して、このあたりで一番大きな駅併設のショッピングモールに入る。母にお出かけ用の服をねだる時くらいしか縁のない場所なので、ついあちらこちらの店に目が行ってしまう。それは慶斗も同じのようで、目を輝かせている。


「な、ゲーセン行かね?」


 慶斗がソワソワと言った。これは当初の目的を忘れてるな。まあ私としてはそれでいいんだけど。なんてずるい思惑を含んで頷いた。


「私、シューティングゲームやりたい!」

「タッグ組めるやつにしようぜ」

「足引っ張んないでよ?」

「言ったな?」


 私たちは三階のゲームコーナーを目指した。



 十分後、リザルト画面を見て私は憮然としていた。


「誰が足を引っ張るって?」


 ドヤ顔が腹立つ。慶斗は私が思っていたよりもずっとシューティングゲームが巧かったのだ。素直にすごいねとは言えなくて、プイっと顔をそらす。

 こういう時「すごーい!」って言えたらとは思うけど。普段言いたいことをバンバン言ってしまっているだけに、今さら素直になんてなれない。


 お互いそう多くはないお小遣いの残りを気にしながら、他のゲームにもチャレンジした。レーシングゲームは二人ともどっこいの成績だったけど、慶斗は音ゲーが苦手のようだった。わたわたしてるのが面白くて、さっきの仕返しもこめて思いっきり笑ってやった。


 ひとしきり楽しんだら、ショッピングモール内のテナントを冷やかした。

 遊べる本屋さんを見つけたので入ってみた。文具コーナーに面白文具がたくさんあって、お互いにひときわ変なのを薦めあう。結局私は鳥のくちばしホチキスを、慶斗は調味料そっくりのペンを買うことにした。

 普通の本屋さんにも寄って、学生らしく参考書を見たりなんかした。私も慶斗も買わなかったけど。

貴重なお小遣いで参考書は買わないよね。またお母さんと来た時に見よう。


 駄菓子屋さんでも盛り上がった。小学生の時の遠足で鉄板だった当たり外れのあるガムを買って二人で食べてみた。私が外れを引いたけど、昔みたいに「すっぱーい!」とはならなくて、普通に美味しかった。大人になっちゃったんだなぁ。慶斗はいつも弁当までもたないからと言って安くて量のある駄菓子をごっそり買い込んでいた。


 あっという間に昼を過ぎてしまったので、フードコートに移動してお昼ごはん。

 私はハンバーガーとポテトのセット。慶斗はラーメンとチャーシュー丼のセット。しかも大盛り。


「よくそんなに入るよね」

「成長期なの」


 慶斗はサッと私のポテトを1本奪って口に放り込んだ。


「ちょっと! 私の!」


 さらにポテトを狙う手を払い除けて、慌てて自分の分を食べる。せっせと食べたのに、食べ終わるのは慶斗の方が早かった。

 お腹はいっぱいだったけど、フードコートのアイスパーラーでダブルのアイスをシングル価格で食べられるキャンペーンをやっていたから半分こすることにする。

 期間限定のアイスが大ヒットだったようで「うめー!」と顔を綻ばせている慶斗を横目でそっとうかがった。


 ゲーセン行って、買い物して、ごはんシェアして食べるなんて、もうこれは完全にデートじゃないか。慶斗は気心の知れたクラスメイトとしか思ってないのは分かってるけど。浮かれちゃうじゃない、慶斗のばか。

 どうしてもふわふわと幸せになってしまうのを内心で八つ当たりしながら、最後の一口をゆっくり口に入れた。


「よっしゃ、腹もいっぱいになったし。ピン? 見に行こうぜー。さっきまでいた階にはなかったよな?」


 ばかは私か。膨らんでいた気持ちがぺしゃんと潰れた。最初からそういう話で、それでもいいって今日来たんじゃない。しっかりしろ。

 落ちた気持ちを表情に出さないように自分に喝を入れる。


「見てないなー。多分一階じゃないかな」


 明るい声を意識して返事すると、さっさとエスカレーターに向けて歩き出す。今この瞬間は慶斗の顔を見ていつも通り話せる自信がなかった。



 アクセサリーショップがなかなか見つからなかったおかげで、私のテンションもそこそこ持ち直した。

 ショップから漂うオシャレ感に昨日も無理あると発言していた慶斗が明らかに気後れしている。男子にはちょっとハードルが高いよね。

 あーあ。今さらごめん無理とか言えないし。

 ふん、と息をついて私は率先してショップに近づいた。


 髪留め関係は店頭の目立つところに並んでいたので、通路に立って物色する。店内に入らなくても良くなって少し気が楽になったのか、慶斗の及び腰状態も落ち着いてこちらの手元を覗きこんできた。

 どんな子なの。と尋ねて個人名なんか出されたら最悪だ。色んなパターンをこっちから挙げて薦める。


「髪の長い子なら、これくらいシンプルな飾りのヘアゴムなら着けてても怒られないんじゃないかな。縛るほど長くないならこういうパールついてるのとか。このへんのピンも使いやすそうでいい感じ」


 慶斗はうーんと言って紹介したあたりのヘアアイテムを眺め始めた。

 義理は果たしたし、積極的に相談に乗るのはちょっと勘弁してほしい。私は慶斗が居づらくならないようにつかず離れずの距離を保ちつつ、自分も商品をチェックすることにした。


(わ、かわいい)


 見始めてすぐ目に飛び込んできたのは、花のバレッタだった。淡い色で統一された小花がいくつもついていて、繊細な造りだ。手に取ってひっくり返す。


「すみませんでした」


 速攻で元の位置に戻した。思わず小声で謝るレベルで予算オーバーだった。量産品じゃなくてクリエイターさんが卸しているものみたい。細部まで凝ってるもんね、納得。

 諦めて他のアクセサリーを見て回るけど、さっき運命の出会いを果たしただけにこれというものはない。でも普段買ってるアクセの三倍以上もするアイテムは、さすがに手が出ない。未練がましくチラチラと目をやりながら私はため息をついた。



「いやーわかんねー。せっかく色々説明してくれたのに悪いな」


 しばらくして。私と慶斗は某コーヒーショップのテーブル席に座っていた。二人ともクリームマシマシのコーヒーを注文して一息ついている。

 慶斗はすまなさそうに私に向かって手を合わせた。髪が邪魔じゃなくなれば何でもいんじゃね?というスタンスの慶斗には説明されても違いがさっぱりだったとのこと。よくアクセサリーを買おうと思ったなと思う。


「いいよ。これおごってもらったし」


 むしろ私は目の前で買われずに済んでほっとしている。


「アクセなめてたわ」

「それはホントにそう」


 大きく頷く。十年早い。

 それから私たちは小さいサイズのコーヒーをチビチビ飲みながら、何でもないようなことをだらだらと喋った。部活のこと。先生のこと。もうすぐやってくる中間試験のこと。

 ずっとこうやって話していたかったけど、女子高生の多くには門限というものが存在する。私がチラッとスマホの画面を確認したのに気づいて、慶斗が立ち上がった。


「そろそろ帰るか? でもちょっと待って。その前にトイレ行ってくる」


 店内にトイレはないので、慶斗は足早に通路に出て行った。


 ……失敗した。いや帰宅後のことを考えるとむしろありがたいんだけど、駅で別れてから家まで走ればあと三十分……は無理でも十五分くらいならまだ話していられたのに。

 後悔しつつも慶斗がいない今のうちにコソコソと手鏡でメイクを確認した。うん、飲むとき気を付けたおかげでリップは取れてない。身だしなみもざっと確認して、戻ってきた慶斗と店を後にした。



「今日ありがとな。これ、お礼」

「えっ!? あ、ありがと……?」


 最寄り駅に着いて、名残惜しいけど「じゃあ月曜にね」と別れようとしていた私を引き留めて、慶斗はやや強引に私の手に何か押し付けてきた。

 訳が分からないままお礼を言って受け取る。見るとさっき案内したアクセサリーショップの袋だった。いつの間に。

 開けると中にはさっき泣く泣く諦めた花のバレッタが入っていた。


「嘘。なんで……?」

「だーかーらー、今日のおれい! 亜未、それ欲しそうにしてただろ?」


 私はとっさに言葉が出なかった。

 ヘアピンがどれも同じに見えるとか言ってた癖に。ばか。こういう所だぞ。

 そんな風に私のこと気にしてくれるから、好きな人がいるって分かっても諦められない。

 すごく、嬉しい。


「……うん、大事にする。ありがとう」


 改めてしっかりお礼を言って、万が一にも壊さないよう慎重にカバンにしまった。

 駅からは反対方向なのに慶斗はもう遅いからって家が見えるところまで送ってくれた。そういう所だぞ。ばか。


 翌々日。つまり週明けの月曜日。

 私は席についてこっそりため息をついていた。朝散々悩んだ挙句、もらったばかりのバレッタはケースに入れた状態で通学カバンの中に入っている。

 だって!友達にそのバレッタ可愛いね、なんて言われたら絶対変な反応しちゃうし!場合によっては慶斗からもらったってバレちゃうかもしれないし!それで騒ぎになったら慶斗の好きな子に誤解されるかもしれないし!これはそう気遣い!気遣いだよ!と自分を正当化する。

 勇気が出なかったわけではないのだ。断じて。


「亜未おはよー、あれ?」


 後ろからかけられた声に肩が跳ねた。この声を聴き違えたりなんかしない。


「おはよ、慶斗。どした?」


 いつも通りの笑顔で振り返る。いつも通り……できてるかな。

 慶斗はちょんちょんと頭を指すと私の耳に顔を寄せて小声で「つけてないじゃん」と言ってきた。急な接近に顔が熱くなる。


「あ、あんまり可愛くて、もったいなくて。お出かけの時につけようかなって」


 早口で答えると「ふーん」と頷いて慶斗は離れていった。本当に全然意識されてないんだなぁと私は一気に鼓動が早くなった胸を押さえた。




 ――危なかった。

 慶斗は耳たぶを触った。普段はひんやりしているはずのそこはだいぶ熱を持っている。このぶんじゃ見た目でも赤くなっているのが分かるだろう。

 今日も可愛いしなんかいい匂いした。

 そこから一気にいかがわしい方向に膨らみそうな妄想を、やや荒くカバンから荷物を出すことで彼方へ飛ばす。

 でも、亜未のほうは全然動じてなかったな。むしろ素っ気ない感じだった。


「はぁ」


 荷物を出し終えて、机にだらりと突っ伏す。

 好きな奴にプレゼントしたいって誘って、帰りにアクセサリー渡したんだからもしかしてって思えよな。

 それとも、亜未のほうは楽しくなかったんかな。あの花のアクセ、外した?

 アクセサリーショップでこっそりうかがってた横顔が輝いたから「これだ!」って思ったんだけどな。

 いや、お出かけの時にって言ってたから、もしまた誘ったらその時は……?


「……バイトしよ」


 俺が決意した時、前方のドアから担任が入ってきた。バイトより先にまずは勉強しなきゃいけなさそうだった。



このお話は冬場に考え付いたので、二人合わせると暖かそうな感じになります。

慶斗はトイレに行くと言ってダッシュでバレッタを買いに行っています。

裏設定として、バレッタは3000円ちょい(税抜)くらいの価格だったので、高校生のお財布には結構な打撃がありました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初々しくて可愛いカップル未満の、ハッピーエンドまでの続きが欲しいと思いました。
[良い点] ほわほわするような暖かいすれ違い、いいですね。 ゲーセンで色々遊んだりお昼食べたりで、もしかしたら結構慶斗のお財布的にはギリギリだったのかな。 ちょこちょこ亜未が慶斗の行動に対して『ば…
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