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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第1章 崩れ去る日常
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第8話 バケモノとの邂逅

「アクヤ……」


 夜島(やじま)は、家庭科室に入ってきた芥を涙目で見た。


「チッ、鍵閉めたつもりだったんだけどな」


 常盤(ときわ)は小さく呟き、夜島へ伸ばした手をひっこめた。

 やはり噂通りのクズっぷりだと、芥は失望に似た感情を覚えながら話しかける。


「何してるの、常盤くん」

「いや、何でもねーよ、ちょっとからかってみただけ。ほら、夜島さんって可愛いからさ」

「……」


 夜島はジッと常盤を睨んだ。


「そんな怖い目で見るなってー。冗談だよ、冗談」


 悪びれる様子も無くヘラヘラとそんな事を言う常盤(ときわ)に対し、芥の視線も自然と鋭いものになった。


「なーに芥怒ってんの? 珍しいじゃんそんな……あ、もしかして芥って夜島さんとデキてる?」

「別に、そんなんじゃないよ……」

「ははっ、ウケる」


 常盤は半笑いで芥を見た。


「じゃー俺帰るから」


 自分のカバンを肩に引っ掛け、常盤はドアの方に近付いてくる。

 すれ違いざま、彼は芥の肩に手を置いて呟いた。


「ま、あんまカリカリすんなや」


 常盤はそのまま家庭科室を出て行こうとしたが、ドアの向こうに佇む誰かに気付いて立ち止まった。


「おい。誰だお前?」


 家庭科室の入り口に立ち尽くしているのは、うなだれる様に下を向きだらりと腕を下げた女子生徒。


「ゆうじくん……ゆウじくん……」


 ”祐二(ゆうじ)”とは、常盤の下の名前である。

 乱れた前髪に覆われた顔は見えないが、その声は確かに、学級活動の途中で消えた江村のものだった。


「マ、マユちゃん? どうしたんだよ」

「ゆうじくぅン……ゆうじくんゆぅうジくん……」


 江村は下を向いたまま、半開きのドアに手をかけた。

 学校指定のセーターから覗く指先には血の気が無く、青白い。


(何かおかしいぞ……?)


 芥は、先日校内で目撃された”青白い肌の不審者”の話を思い出し叫んだ。


「常盤君! ドア閉めろ!!」

「え?」


 常盤が反応するより早く、江村の右腕が蛇の様に伸び、うねりながら家庭科室へ入り込んできた。

 そのまま素早い動きで夜島の身体に絡みつく。


「キャッ……!?」


 長く伸びた江村の腕、もとい触手は夜島をグルグル巻きにした。

 今もなお伸び続ける触手が、床や壁を這うようにして覆っている。


「苦……しい……」

「ゆうじくん……なンでぇ……ゆうジくンユッぅじくんゆぅじくん──」


 ”江村だったもの”は顔を上げた。

 両頬には鮮やかな血痕があり、瞳は真っ赤に染まっている。


「どうしちゃったんだよマユちゃん!?」

「ゆうじくんなンで……ななんでここここんなオんなばっかぁりィ……ぅぅウうああアあああアアあ!!!!」


 青白く血管の浮き出た触手は、ギリギリと夜島の身体を締め上げる。


「助け……て……アクヤ……」


 芥は咄嗟に食器棚を開け放ち、包丁立てに並んだうちの一本を手に取った。

 床の上を蠢く触手に全力で突き立てる。


「ぃャぁァアアアあああゥあ!?!?」


 バケモノは絶叫を上げ、触手が猛烈にのたうち回る。


 包丁が勢いよく振り飛ばされ、芥の頬を掠めながら一直線に壁へ突き刺さった。

 触手に刻まれた切創は、ミチミチと湧き出る肉によってすぐに回復した。


「治った……!?」


 ゾンビを彷彿とさせる見た目から見当はついていたが、包丁が通用する様な相手では無い。

 しかし今この瞬間も、夜島の寿命はギリギリと音を立てて削り取られているのだ。


「ゆうじくぅ……んユウじくん……」


 元は江村だったバケモノは、『祐二(ゆうじ)君』とうわごとのように繰り返している。

 しかも、最初に襲った相手が目の前にいた常盤ではなく、夜島。

 芥は何となくバケモノ──江村の意志を汲み取った。


「常盤君! 江村さんを何とかできるのはたぶん君しかいない!」

「へ? ……何とかって?」


 腰を抜かし、バケモノと見つめ合ったまま尻もちをついている常盤が、情けない声を出した。


「何かあるだろ!? 謝るとかさぁ!」

「あ、謝るって、何を?」

「知るか!」


 少しでも触手の動きを鈍らせるため、芥は二本目の包丁を突き立てた。


「うゥォぉぉおンおぁぁアああアああ!!!!」


 怒りの咆哮を上げながら、バケモノはもう一本の腕を触手と化し芥を捕らえた。

 そのまま夜島と同様に締め上げる。


「うぉっ、死ぬッ……!」


 すごい締め付けだ。

 こんなのにもう一分ほど耐えている夜島は、いつ死んでもおかしくない事に気付く。


(自分が死にそうだってのに、アイツの心配か……)


 薄れゆく意識の中、芥は自分の変化を実感していた。

 そして、ここ数日の気まずい日々が始まったきっかけを思い出す。


『一緒に飯食うの、もうやめよう』

『……そう。どうして?』

『俺は一人が好きなんだ』


(どうせならちゃんと、友達に戻ってから死にたかったかもなぁ……)


 後悔の渦に飲まれながらも、視界は暗黒に染まっていく。


 絶体絶命の芥と夜島。

 未だ動けずにいる常盤。

 バケモノと化した江村。


 その背後で、大きな青い閃光が稲光の様に明滅した。

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