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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第1章 崩れ去る日常
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第7話 大切なモノは作らない

 同じ頃。

 学校を早退した長峯は、家に帰る気にもなれずコンビニでマンガを立ち読みしていた。


常盤(ときわ)と一緒なんて……文化祭までどうしよう)


 体調不良と嘘をついてまで学級活動に出なかったのは、彼が常盤(ときわ)にイジメられているからであった。

 派手に暴力を振るわれたりしている訳では無いのだが、冴えない見た目をけなされたり、暴言を吐かれたりしている。


(先生に相談……するほどの事もされてないんだよなあ)


 一つ一つの行為を見れば小さなものに見える。

 しかしそれでも、毎日やられていれば心はヒビ割れていくものだ。

 いっそ思いっきり顔面にパンチでももらった方が、親や教師に相談するきっかけになったかもしれない。


(もう学校行きたくないなあ)


 母親に心配をかけまいと無理をし続けてきた彼の精神は、もう限界だった。

 肩にかけたエナメルバッグを少し開け、右手を突っ込む。


(これ……使ったらどうなるんだろ)


 指先で感触を確かめる。

 それは目的を深く考えずに購入した、護身用のスタンガンだった。


常盤(ときわ)のやつ、まだ学校いるかな……)


 もう何も考えたくない。

 何も考えなくて良い様にしたい。


──母さん、ごめん。


 決意を込め、スタンガンを力強く握った。

 その時。


「え?」


 頬に生ぬるい感触が走ると同時に、開いていたマンガのページに深紅の液体が滴った。

 視界が赤い。


「お、お客様! 大丈夫ですか!?」

「いや、あの……ングッ……」

「お客様、顔から血が……おい誰か! 救急車呼んで!──」


 赤い涙を流しながらも、彼はスタンガンを握りしめた手を緩めなかった。


***


 あれから二時間ほど経過した家庭科室には、芥、夜島、常盤の姿があった。

 塾がある横井は先に帰宅したので、今残っているのはこの三人という訳だ。


「もう六時半だし、そろそろ終わりにしねえー?」


 常盤の一声で、彼らは片付けを開始した。


 面倒な事が起こらなくて良かったと、芥は胸を撫で下ろす。

 長峯と江村の事は少し気になるが、今日来た四人に関しては無難にやっていけるかもしれないと思うと気が楽になった。


「糸の取り外しとかあるし、ここの片付けは私がやるよ」


 夜島が言った。


「あ、じゃー俺も手伝う。ミシンとか運ぶの力要るだろ」


 と常盤が続けた。


「じゃあ俺は、この作りかけのやつ教室に持ってくね」


 芥は作りかけの衣装と残りの生地を袋に入れて持ち、家庭科室を出て行こうとした。

 その時、常盤が芥を呼び止める。


「おい、そのまま帰れるように荷物持ってけば? また階段上ってくんのめんどいだろ?」

「まあ、そうだな」


 芥は言われるがままに自分のリュックも持ち、家庭科室を出た。


 鍵の事は二人がやってくれるはずだ。

 夜島と常盤を二人で残すのは少し不安だったが、今日の様子を見る限り心配は無さそうだ。


 それに、夜島と帰るタイミングがかぶると非常に気まずい。

 先に帰ってしまおうと考え、芥は早足で階段を降りた。


 芥は教室に持ってきた衣装と生地をまとめて置くと、すぐに下駄箱に向かった。


「喉乾いたな」


 自動販売機に寄ってから帰ろうと、ブレザーの内ポケットに手を入れる。


「……あれ?」


 財布が無い。

 作業時に邪魔だったので家庭科室の机に置いたのを、すっかり忘れていた。


 芥は階段を駆け上り、家庭科室のドアに手をかけた。

 鍵が閉まっている。


 二人とも既に解散したらしい。

 という事は、また一階の職員室まで降りて鍵を借り、ここまで上らなきゃならない。


(最悪だ)


 背負ったままだったリュックを床に置き、階段を降りようと踵を返した瞬間。


「……めっ」


 家庭科室の中から、微かに声が聞こえた。


(中に誰かいるのか?)


 ドアには確かに鍵がかかっている。

 芥は音を立てない様ドアに耳を近付け、中の音を聞いた。


「やめてっ、はなして……」


 夜島の声だ。


「夜島さんってさあ、彼氏とかいないんでしょ。男子と話してるの見た事無いもん」


 これは常盤の声。

 どうやら不安が的中してしまったようだった。


「や、だぁっ」

「やっぱねー、よく見るとけっこう可愛い顔してんじゃん」

「やめてってば!」


 ドンッと、壁越しに振動が伝わる。

 状況はかなりヤバそうだ。


 現時点で彼女を救える唯一の存在である芥は、迷っていた。


 人に優しくしたって、ロクな事にならない。

 だから大事なモノは作らない。

 そう決めて、高校生活を送って来た。


──仮に今、俺が助けに入ったとして何になる?


 これからずっとアイツの傍にいて、卒業まで守りきるとでもいうのか?

 それができないのなら、一度だけ助けたって意味が無い。

 今回は偶然出くわしただけで、次回も出くわすとは限らないしな……あのチャラ男に目を付けられたが最後、運が悪かったと諦めてもらうしかない。

 それに半端な覚悟で止めに入って、俺が常盤たちの陽キャグループに目を付けられでもしたらどうする?

 第一、助けようと思ったって鍵が──


 何気なくポケットに突っ込んだ左手に、冷たい何かが触れた。

 それは屋上に忍び込むために常備していたワイヤー。

 これを使えば、ここの鍵だって秒殺だ。


 しかし、芥はまだ迷っている。

 ここで彼女を救ってしまったら、二度と引き返せない何かが生まれてしまう気がしたのだ。


『何で切ったの、それ』

『ハサミ』

『へえー。私カミソリ派』


 どうしてこんな会話を思い出すのだろう。


『アクヤ。アクヤ良いじゃん』


 あだ名をつけてもらった。

 正直、嬉しかったような気がする。


『改めて宜しくね、アクヤ』

『お、おう』


 柔らかく温かい握手の感覚が、右手の平に蘇る。


『別に、今までもずっと一人だったし。あなたもそうなんでしょ』


──そうだ、俺もお前も一人。今までも……そしてこれからも。


 結論は出たはずなのに、まだ迷っている。


(俺……迷ってる……?)


 それこそが何よりの答えであると、芥は気付いた。


 夜島と出会う前の彼なら、迷う事すらしなかったはずだ。

 彼女を見捨て、一度も振り返らず帰宅していた事だろう。


 しかし今は、迷っている。


 自分の心に芽生え始めた意志を、無視する事はもうできなかった。


 ワイヤーをポケットから取り出し、震える手で鍵穴に差し込む。

 数秒で開いた。

 ドアを勢いよく開きながら、芥は言い放つ。


「悪い。忘れ物したわ」

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