第6話 表面上うまくやれよ
夜に雨が降ったので、翌朝の道には水たまりが散在していた。
文化祭が近付いているので、学級活動では文化祭の準備が行われる。
芥と夜島の属するB班は、衣装作りを担当する事となった。
6人班のはずだが、長峯という男子が早退したため5人での話し合いが始まった。
「じゃーどうする? ちゃちゃっと終わらせようぜ」
勢いよく喋り出した常盤は、明るい茶髪の典型的なチャラ男。
先生に手を出したとか、すれ違うだけで妊娠するとか、そういった噂が絶えない。
「裁縫とか得意な女の子、いないの? マユちゃんとかいけそうじゃん」
マユちゃんこと江村は、金髪の白ギャル。
よく常盤とつるんでいる様だが、芥はこの二人がそこそこ苦手であった。
「えー私? 流石に服なんて作れないよー。あ、そう言えば夜島さん去年、衣装作ってなかった?」
「うん、まあ」
その発言に、常盤がすぐさま食いついた。
「えっ、そうなの? 夜島さんすげーじゃん。じゃあ今年も任しちゃって良い感じだよね? ね?」
「……」
芥は、夜島が一人でやらされる事になりそうな流れを感じ取った。
何か言うべきか迷っている時、夜島の言葉が脳裏に蘇る。
『別に、今までもずっと一人だったし。あなたもそうなんでしょ』
動きかけた口が閉じた。
「まーあと二週間あるし、大丈夫じゃない?」
と、江村が勝手に答えた。
「んーじゃ、あと宜しくね。俺トイレ行くわ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
立ち上がった常盤を、もう一人の女子メンバーである横井が止めた。
「何だよ横井? トイレっつってんじゃん」
「全部夜島さんにやらせるつもり? それじゃ班の意味無いじゃん!」
「だからトイレ行くだけだって」
「スケジュールとか、話し合い終わってからで良いでしょ?」
「うるせー、ブス」
常盤はそう吐き捨てると、教室を出て行った。
ガヤガヤした教室では、一人出て行ったくらいで誰も気にしない。
不機嫌そうに眼鏡を拭いている横井に、夜島が話しかけた。
「横井さんごめんね。私のために」
「良いわよ別に。あれ、江村さんは?」
ふと見ると、いつの間にか江村も姿を消している。
「三人になっちゃったけど、準備する日決めましょ。今日も出来る事だけやっとこっか」
「……そうね」
「芥君は、今日この後とか大丈夫?」
「俺は部活やってないしいつでも……二人に合わせるよ」
芥は夜島の方を一瞬だけ見たが、目は合わなかった。
その後も常盤と江村は戻って来ず、話し合いでは放課後に家庭科室に集合する事だけが決定した。
芥はため息をつく。
早退した長峯はともかく、チャラ男とギャルが参加してくれるとは思えない。
もっとこう、表面上だけでもうまくやっていく気は無いのだろうか。
***
「あー、だり。……パフェ食お」
江村は裏口から学校を脱出し、最寄りのファミレスへと向かう。
本当は常盤とだべりたかったのだが、彼は男子トイレで他のサボり勢と合流していたため、その輪には入れなかった。
ピコピコッ、とチャットの通知が鳴る。
『放課後、家庭科室に来てください』
横井からのメッセージに、江村は既読を付けないままスマホをしまった。
常盤からの連絡かも、と期待した一瞬を返して欲しかった。
──本当はもっと一緒に居たい。
そんな事、言える訳なかった。
常盤の周りには可愛い女子が沢山いる。
どんなに沢山連絡したって、貢いだって、あの中で”特別な一人”になるのは無理だ。
いっそ、他の女子たちをみんな消してしまえば……或いは、自分の事しか見えない様に常盤を監禁してしまえば。
そんな現実味の無い事を考えていると、胸が苦しくなる。
自然と涙が出て来た。
「何……これ……?」
内臓が押し潰されそうな程の苦悶と共に溢れ出たのは、赤黒い血の涙だった。
***
芥、夜島に横井を加えた三人は放課後買い出しに行き、衣装作りのための素材を買い揃えた。
教師に鍵を借りて家庭科室へ向かう。
「既存のコスプレグッズを多少改造して、オリジナリティを出しましょう」
衣装作り経験のある夜島の提案に二人は賛成し、とりあえずミシンの準備をする事に。
その時、家庭科室のドアが開いた。
「わりー遅れたわ。チャット気付かなくてよー」
そこに立っていたのは常盤だった。
「あら、アンタ来ないと思ってた」
横井が目を合わせずに言う。
「横井さん、そんなカリカリしないでよ~。あ、さっきブスって言ったの怒ってる?」
「……もう良いわよ。ちゃんと来たんだから、江村さんよりはマシね」
こうして男子二人、女子二人での作業が始まった。
意外にも真面目に取り組んでいる常盤を見て、芥は思った。
(こんなチャラ男にも一応、クラスの一員としての自覚があるのか……?)
持ち前の人間不信から深読みしまう自分に嫌気が差す。
芥はかぶりを振り雑念を消すと、作業に集中した。