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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第1章 崩れ去る日常
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第5話 ずっと孤独だったから

「はい、じゃあ他に何かありますか」


 学級活動の時間、教壇に立った学級委員長が言った。


 黒板の中央上部には大きな字で『文化祭のテーマ』と横書きされており、その下には皆の意見が羅列されている。

 メイドカフェ、お化け屋敷をはじめとしてタピオカ、もぐらたたき、脱出ゲームなど様々な出し物の案が連なる。


「じゃあ多数決取りまーす。一人一回挙手してください」


 正直何でもいいというのが芥の本音。

 一番多そうなものに便乗して上げておく事にした。


「という事で、このクラスの出し物は『男装・女装喫茶』で決まりです」


 なんじゃそりゃ。


 男装に女装。

 という事は、自分も女装させられるのだろうか。

 そう考えると自然とため息が出る。


 衣装はどうするのだろう。

 いつかの昼休みの会話を思い出し、芥は夜島の方を一瞬だけ見た。


 あの日から一週間、彼女とは一言も喋っていない。

 彼は昼食を、校庭の隅にある目立たない段差に腰掛けて食べる事にしていた。

 別れ方は少し強引だったかもしれないが、自分を保つためには仕方ない。

 彼女は危険だ。

 俺は直感していた。

 彼女といると、”心の奥底に氷漬けにしたはずの何か”が溶け出してしまう気がする。


 学級活動は進み、やがて係の班分けが始まろうとしていた。

 芥が誰に声をかけようか狙いをつけていると、


「では、班分けはくじ引きで行います」


 と委員長が言った。

 この決定には不平を漏らす者もいるが、彼にとっては好都合。


 副委員長が箱を持って立ち、クラス全員がその中から紙を一枚ずつ引いた。

 彼の引いた紙には『B』と書いてある。


(誰と一緒なんだろ……ま、誰と一緒でも同じか)


 いつも通り、ハリボテの笑顔で協力的な男子を演じるだけだ。

 しかし今日は、班分けの結果を早く知りたいと思ってしまう。

 心のどこかでは後悔しているのだろうか。

 彼は自分らしくない動揺をかき消そうと、小さくかぶりを振った。


 いよいよ全員がくじを引き終わり、班ごとにまとまって座る事になった。

 B班のメンバーは、男子三人、女子三人。

 ここのバランスは申し分ない。

 だが些細な問題が一つあるとすれば、そう。

 幸か不幸か、芥は夜島と同じ班になってしまったのだ。

 気にしないように努力はしたものの、やはり気まずい。

 当人はずっと下を向いて静かに座っている。


 このままでは、班活動に支障が出るかもしれない。

 文化祭を成功させたいなどという熱は少しも持ち合わせていないが、班員に迷惑をかけて目立つ事だけは避けたい。


(後で一声かけておくか……だるいけど)


 班分けが完了した所で学級活動は終わり、放課となった。

 夜島の席を見ると、彼女はもういない。

 芥は急いでリュックを持ち廊下に出た。


──いた。


 見つけた後ろ姿に走って追いつく。


「あのさ」

「何?」


 振り返った彼女は、別に気まずそうでもなく平然としていた。


「ヤミコ、こないだはごめん。急に飯やめようなんて言って……怒ってる?」

「いや別に」

「そ、そっか」


 あまりに自然な態度に、芥は拍子抜けした。


「別に、今までもずっと一人だったし。あなたもそうなんでしょ」


 そういう事かと、芥は納得した。


 彼女は元々、自分と同じなんだ。

 心の底には、どうしようもない孤独感がいつも渦巻いている。

 それは、誰かといたって同じ。


「……おう」


 芥は夜島と違い、いつも演じている。

 友達がいて、人当たりが良くて、明るくて、人間らしい”クラスの一員”を。

 それでも彼女には見抜かれていた。

 孤独な仮面の下。

 分かる者には分かるのだ。


「じゃあね、私帰るから」

「……じゃ」


 妙にしゃんとした後ろ姿を見つめ、芥は考える。


 きっと、血迷ったんだろうな。

 同じように闇を抱える俺と一緒にいれば、何か変わるって。

 友達とか友情とか、そういう生ぬるいものに触れられるって。

 でも、それは間違いだよ。

 俺も捨てたんだ。

 友達とか、もういらないんだ。


 ヒーローに見えたのかもな。

 死のうとしてる所に突然現れて、手を差し伸べた俺。

 かっこよかったかな。

 でも、違うんだ。

 別に他人を助けてみたかった訳じゃない。

 自分の悪ふざけのせいで死なれたら、後味悪いじゃんか。

 俺は自分を守っただけ。


 だからもう一緒にはいられない。

 いる必要が無い。

 友達になる必要も、分かり合う必要も。

 闇を抱えているどうしで傷をなめ合うなんて、無意味で情けない真似するつもりも無いし。


 ぐるぐると考えているうちに、彼女は視界から消えた。


「これで良かったんだ」


 自分にしか聞こえない様、芥は呟いた。


 彼女が怒っていないと分かっただけで充分。

 今まで通り、何のしがらみも持たず一人で生きていけば良い。


 家までの短い道のり。

 自転車を漕ぎながら、斜め上を見上げる。


 どんよりと街を覆う厚い雲は、今にも泣きだしそうな空を支えているように見えた。

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